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第140話  Duncan Mackay 『Chimera ‎』 (1974)

今夜の一曲 Morpheus


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こいつを手に入れたのは、確か世紀末前後だったと思う。ダンカン・マッケイの『キメラ』(Chimera)・・・おぬし、なかなかやるのぉ・・・ってヤツだ。こいつは衝撃的だった。感動の涙に身もだえした覚えがある(笑)。

当時、呆れるほど知名度低かったこの音源。中古円盤屋の某氏のご厚意がなかったら、2008年のSecond Harvest再発までは、その存在を知らなかったと思いますね。

EL&PやThe Niceに触発されたキーボード・ロックの一つの完成形に思えたし、UKのプロト・タイプにも思える先鋭さも兼ね備えていた、と絶賛しておこう(笑)。


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英米追従のヒットチャート・フォロワの印象が深い南アフリカ。彼(か)の地でトニー・オーランドとドーン(Tony Orlando & Dawn)の「黄色いリボン」(Tie a Yellow Ribbon Round the Ole Oak Tree)(1973)が大ブレークしたとか、ポップ・トップス(Pop Tops)の「マミー・ブルー」(Mammy Blue)のご当地カバー(1971)が12週連続ヒットチャートNo.1を記録した、と聞いても驚きはしない。

カナミー(Canamii)などのMORシンフォ・プログは例外として、異端児はどこの世界にもいるわけだ。フリーダムズ・チルドレン(Freedom's Children)やホーク(Hawk)を知ったのは随分後の事だったが、それでもオーティス・ウェイグッド(Otis Waygood)、サック(Suck)、アブストラクト・トゥルース(Abstract Truth)、マッカリー・ワークショップ(McCully Workshop)などは、異端審問に遭いかねない際どい香りがした。

が、何でまた『キメラ』がヨハネスブルク(Johannesburg)でレコーディングされたのか、大きな謎だった。まさかアリソン・オドンネル(Alison O'Donnell)のフリバーティジベット(Flibbertigibbet)みたいな逃避行(?)でもあるまいしなぁ。


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けれども、そんな謎も後発のCDリリースのライナーで一挙解決。それによるとだ・・・ダンカンはキーボード以前にローティーンにしてヴァイオリンの名手。1963年には、奨学金もらって、ダーウィン(Charles Darwin)やジョン・ピール(John Peel)を排出したイングランドのシュルーズベリー校(Shrewsbury School)で学んでいる。

60年代の後半には、はたまたどんな事情か、家族で南アフリカに居を移した。ダンカンは大学(Port Elizabeth University, Eastern Cape Province)で学士を取り、ヴァイオリンも教えていたらしい。キーボードも腕利きで、ローカルな活動で頭角を現し、1970年はセルジオ・メンデス(Sergio Mendes)バンドのメンバーとしてブラジル・ツアーにも同行した。

1971年、ダンカンはドラマーのマイク・グレイ(Mike Gray)と共にヨハネスブルクに移り、ホテルのキャバレーでギグっていた。そんな折、彼らの演奏を聴いて感銘を受けたスコットランド人のトム・ブキャナン(Tom Buchan)が、ある提案をする。


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かくして古レストランを改造し、そこを活動の拠点とした。そのステージ兼スタジオはニューヨークのジャズ・クラブにちなんで、「ブランチ・オフィス」(Branch Office)と名付けられた。そして、時間を忘れてリハーサルに明け暮れる。

キーボードが山と積まれ、レスリー・スピーカがぶんぶん回り、ダンカンはキーボードからキーボードの間を忙しく飛び回ってはペダルベースを踏みならす。それを煽るマイクのドデカいツーバス・ドラムスが雷鳴のように響きわたった。

来る日も来る日もリハを繰り返す。EL&PやThe Nice、Peddlersらの曲を交えながら、ダンカンのオリジナル曲が披露される。バンドはギグを繰り返すうち、一部のファンの間で熱狂的な支持を得る。ダンカンは兄のゴードン(Gordon Mackay)のヴァイオリンとキーボードを加え、三輪車(The Tricycle)と名づけたトリオ・バンドでの演奏に我を忘れる。

ある満員御礼のステージを見に来たのが、フォノグラム・インターナショナル(Phonoguram International)のピーター・ナイト(Peter Knight)。そんな彼に見初められたのを契機に、一気にレコーディング話が具体化した。


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1974年4月、ヨハネスブルクのギャロ・スタジオ(Gallo Studio)でレコーディング。費やしたのは一週間のみ。その間、スタジオとクラブを行ったり来たりで、重い機材を忙しく移動させている。アルバムはほとんどライブ録音されたらしい。

英国に戻ってコックニー・レベル(Steve Harley & Cockney Rebel)(1975 - 1977)に加入する前、ダンカンはコラシアムII(Colosseum II)のメンバー候補に挙がったが、最終的にはドン・エイリー(Don Airey)にその座を譲った。

ダンカンは1977年にセカンド・ソロ『スコア』(Score)をリリース。ジャケ写の彼は相変わらずだが、コックニー・レベルを支えた隠花植物のような腐臭は脇に置いといて、プレグレ風味のポップ・センスの炸裂する好アルバムに仕上がった。往年の夢を束の間見せてくれる白日の夢と言ったところか。


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このアルバムには前作『キメラ』と同じモチーフが立ち現れる。二作が兄弟の仕上がりというわけではない。日の当たる場所に出なかった『キメラ』を無きモノとして、再び秀逸な素材は使い回したいという、プロデューサのジョン・ウェットンとダンカンの意向が強く表れているのではないか。

「No Return」「Pillow Schmillow」などのジョン・ウェットン(John Wetton)のヴォーカルも役者だ。アンドリュー・マカロック(Andrew McCulloch)のドラムスも、骨太にアルバムを支える。

「Time Is No Healer」で流れるようなフルートのカウンターメロディを奏でているのはメル・コリンズ(Mel Collins)だ。スティーヴ・ハーレイ(Steve Harley)の艶姿(あですがた)も文句なし。

それにしても、クライヴ・チェイマン(Clive Chaman)がベースを担当しているのは異業種交流っぽく感じた。このミスマッチはかなり嬉しい驚きではある。

彼はジーザス・クライスト・スーパースター(Jesus Christ Superstar)やジェフ・ベック・グループ(Jeff Beck Group)、ハミングバード(Hummingbird)、ブライアン・オーガーズ・オブリヴィオン・エクスプレス(Brian Auger's Oblivion Express)、リンダ・ルイス(Linda Lewis)『Not A Little Girl Anymore』などでナイス・プレイ。彼の粘っこい演奏がここでどう活かされているか目(耳?)が離せないでしょ?





Duncan Mackay – Vocals, Grand Piano, Hammond B3 Organ, Denon Electric Piano, Clavichord, ARP 2600 & Odyssey Synthesizers, Bass Pedals
Mike Gray – Drums, Backing Vocals
Gordon Mackay – Violin, Electric Piano, Piano
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ジャンル : 音楽

第18話 Flibbertigibbet 『Whistling Jigs To The Moon 』 (1977) South Africa

今夜の一曲 Mariner Blues


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 うわっ。アリソン・ウィリアムスだ! 儚い、かげろうのようなアリソンのゆかしい歌唱が流れてきた瞬間、私の意識が飛んだ。「マリナー・ブルース」一曲だけで致死量いってますね。

 メロウ・キャンドルのアリソン(Alison Williams)とデヴィッド(David Williams)のカップルはヨハネスブルグで出会ったジョアンナ(Joanna Dudding)、バリー(Barrie Glenn)組とバンド活動を始めます。グループ名のFlibbertigibbetは「ちょっとお馬鹿でおしゃべりな女」ってところでしょうか。

 フリバーティジベット(Flibbertigibbet)はギグやTV・ラジオへの出演など、精力的に活動しましたが、1979年、ジョーとバリーの結婚に伴う脱退でメンバーの補充を余儀なくされます。ジョー&バリーはカナダへ。フリバーティジベットは1986年まで南アフリカやボツワナでひっそりと活動を続けたようです。


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 彼らの唯一作はコレクターでさえ、長きにわたってその存在が知られていませんでした。ヨハネスブルグのスタジオでひっそりと録音され(EMCEE Studios in Hillbrow, Johannesburg)、謎のStanyan Recordsから南アフリカのみリリースされました。

 しかし、リリース枚数は200 Copiesとされてますから、オリジナル盤は激レアですね。試しにeBay覗いてみると、2007年のオークションでしたが、落札価格は$606(\62,451)でした。

 Kissing Spell(英国)が1996年に秘密のヴェールを剥ぎ、Flibbertigibbetの存在を世に知らしめました。Si-Wan(韓国)の再発と合わせて、一気に数千枚が売れたというからびっくりです。

 オリジナル盤のクレジットにはThe Incredible String BandのRobin Williamsonへの謝辞が述べられていますが、アルバムのゲスト・ミュージシャンの名前には該当はありませんでした。

 アルバム全体のサウンドはメロウ・キャンドルのようなプログ・フォーク色は薄く、もっとアイリッシュ・トラッド寄りのサウンドとなっています。革新性もプログレ感もないアルバムですが、アフリカの南半球にありながら、ケルティック・ルーツを見直したような感覚が不思議に暖かく感じます。

 さて、「マリナー・ブルース」(Mariner Blues)。この曲のクレジットはソニー・コンデル(Sonny Condell)です。ソニーがレオ・オケリー(Leo O'Kelly)と組んだのがTir na nOgでした。

 その同名デビュー作『Tir na nOg』(1971年)のA②のカバーが「マリナー・ブルース」というわけです。グループ名に関しては、ティア(ティル)・ナ・ノグ(ノーグ)など、色んな表記があって混乱します。いずれも英語式の発音に準じた表記と言えそうです。でも、生粋のアイルランド人の発音を聞いていると、三人のうち二人がチア・ナ・ノーグって言ってました。

 「マリナー・ブルース」。私のお気に入りです。ケープ・ポイントから南太平洋と南極海とインド洋を見渡すイメージではなく、目を閉じて浮かび来るのは、アイリッシュ海の陰りのある情景です。

 『Whistling Jigs To The Moon』。AssieもDaveも、よくぞこの得がたい至宝を残してくれたものです。奇跡というのは起こるものなんですね。ああ、私の人生にも奇跡が起こってくれないかなぁ。


Alison O'Donnell / vocals
Dave Williams / guitar, vocals
Jo Dudding / vocals
Barrie Glenn / guitarist
Denis Lalouette / bass

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Author:ticca
 音楽ネタを中心とした雑記帳です。

 60年代後半から70年代にかけてのワールドワイドなロック、ポップス、プログレ、アシッド、サイケ、フォーク、ジャズロック、ジャズなどの話題を主に、ひっそりメモってます。

 それぞれの記事はその時々のフィーリングで書いていますが、基本形はある曲をきっかけに感じた雑感が題材になっています。

 私は単なる音楽愛好家ですので、記事に関しては、思い込みや勘違いがたっぷりあることかと思います。その点はご容赦願います。もし、お気づきの点があれば、ご指摘下さい。

 個人的に思い入れのあるものを主に綴っていますので、マイナーかつ気まぐれなセレクション、お許し下さい。

 それでは、今宵の音楽夜話におつきあい下さい。

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