第129話 Mia Martini 『Oltre la Collina』 (1971)

今夜の一曲  Lacrime di marzo


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さっそくですが、秘蔵の一枚を。スリーヴ・デザインを見てぶっ飛んだ人もいるのではありませんか。

売れないアーチストのミミ・ベルテ(Mimi Berte)はミア・マルティーニと改名し、クラウディオ・バリオーニ(Claudio Baglioni)の協力を得て、『Oltre la Collina』で大変身を遂げます。

本作はRCA Italianaから1971年11月4日リリース。クラディオ・バリオーニは、当時RCAの新進気鋭のアーチストでした。

かたやニルヴァーナU.K.(Nirvana U.K.)の『Local Anaesthetic』(局部麻酔)はVertigoですから、フィリップス/フォノグラム系(Philips/Phonogram)傘下です。レコーディング・デイトは1970年11月から1971年1月となっています。

両者それぞれのスリーヴ担当はどうでしょう。本作のグラフィックはフォリーニョ(Foligno)、フォト担当はラッキー(Lucky)となっています。


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一方、ニルヴァーナU.K.は言わずと知れたKeefです。彼はVertigoや、Neon(RCA)で活動していましたから、本作(RCA Italiana)の製作スタッフと関連がないとは言いきれません。

ゆり椅子の使い回し疑惑を含め、謎は深まりますな。場合によっては、よくこれで問題にならなかったものだと。どなたか謎解きプリーズ・・・と他力本願(笑)

本来、今回の夜話はミア・マルティーニ、オルネッラ・ヴァノーニ(Ornella Vanoni)、ミルヴァ(Mirva)、イヴァ・ザニッキ(Iva Zanicchi)のイタリアの元祖歌姫たちを・・・と思っていましたが、なんだか今夜は妙にミアにはまりまくりです。

「Minuetto」(メヌエット)これは、ミアの1973年のシングル・リリース。ダリオ・バルダン・ベンボ(Dario Baldan Bembo)作曲ということで、取り上げてみました。この時代のイタリアの音には格別な芳香を感じます。




「Gesù è mio fratello/Gesù caro fratello」こんな動画があるなんて知ったのは、つい最近のことでした。妙に感心した覚えがあります。ミア・マルティーニと仕掛け人のクラウディオ・バリオーニのヴァージョンを並べた面白い動画だ、こりゃ。




さて、ミアの妹はロレダナ・ベルテ(Loredana Bertè)です。これまた超個性的なシンガー。テニス選手のビョルン・ボルグ(Björn Borg )とくっついて話題をまき散らしたりですね。

ところで勝手にクイズです。 これから、5人のミュージシャンをピックアップしたいと思います。 その四人の接点は何だと思いますか?

まずは、一人目。 ミアの妹、イタリア人ロレダーナ・ベルテ。 代表曲「Sei Bellissima」こんなこと彼女に言われたら、デロデロってとけちゃいますね。

続いて二人目。 スイスのバンド、ブレインチケット(Brainticket)のキーボード・プレーヤー、ヨエル・ファンドゥルーゲンブルーク(Joel Vandroogenbroeck,)。 ベルギー出身。




それでは三人目。NT Atomic Systemの超絶ドラマー。 イタリア人トゥリオ・デ・ピスコポ(Tullio De Piscopo)。

四人目はレナート・ゼロ(Renato Zero)、イタリアン・シンガー、作曲家、プロデューサー、ダンサー、俳優。フェデリーコ・フェリーニ(Federico Felllini)の『Satyricon 』(サテリコン)(1969)にも出演してド肝を抜きました。

最後にビル・コンティ(Bill Conti)ロッキーのテーマで知られるアメリカ人映画音楽作曲家。

この鬼が出るか蛇が出るか状態のメンツでレコーディングしたのが、ティート・スキーパ・ジュニア(Tito Schipa Jr.) の『Orfeo 9』(オルフェオ・ノーヴェ)でしたよ!音楽の世界にはこんな奇跡が起こるから面白い。




<第100話 Nirvana U.K. 『Local Anaesthetic』 (局部麻酔)へ>

<第35話  Tito Schipa Jr.  『Orfeo 9』 へ>

<第69話  Tito Schipa Jr 『Io Ed Io Solo』 へ>
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第120話 New Trolls 『FS』 (エッフェ・エッセ) (1981)

今夜の一曲  Il Treno


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さて、おいしいワインを求めて遠路はるばるイタリアまで来てしまいました。まずは鉄道に乗ってワインさがしの旅ですよ。わ~い!

掃除していたら、キングのヨーロピアン・ロック・コレクションVIIのラインナップを告げるリーフレットが出てきました。そこには、「遂に、あの幻のレーベルMagma/Grogを獲得!」と書いてあります。

その裏表紙の片隅に告知されていたのが、ニュー・トロルス(New Trolls)の1981年作、『FS』(エッフェ・エッセ)でした。そのキャッチ・コピーは「このアルバムは間違いなく、次なる「コンチェルト・グロッソ N.3」(Concerto Grosso n゚3 )への荘厳なるプロローグだ!!」と書かれています。


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続いて、こうあります。「古巣フォニット・チェトラ(Fonit Cetra)に復帰したニュー・トロルス、長く暗いトンネルを抜けたN・Tの新しい旅が始まった・・・N・Tにとってこの久々のコンセプト・アルバムは、最近のイタリア国内のシングル指向に対する強烈なアジテーションだ!!」

「長く暗いトンネル」という表現、今振り返ってみると笑えます。ライターさんに他意はないにせよ、「1976年以来、君たちは一体、何してたんだね?」ってことでしょうか。確かに、その時期の彼らの音をプログレと評するには非常に勇気がいります。

ですが、いかに身びいきとなじられようが、私はニュー・トロルスが何やらかしても受け入れる広い心の持ち主なのです(笑)。もともと彼らは時代に合わせて、どんなサウンドでもモノにする器用さとセンスの良さを備えていました。


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えへん!彼らの手にかかれば、イタリアン・ディスコだろうがイタリアン・レゲエだろうがお手のもの。完ぺきに自分流に仕上げてしまいます。

だから、『アルデバラン』(Aldebaran)(1978)も『ニュー・トロルス』(New Trolls)(1979)も本作リリースの翌年に発売された『アメリカOK』(America OK)(1982)も嫌いじゃない。ポップな曲をやらせたらピカイチ。クイーン(Queen)のカヴァーなんてやらせたら本家に肩並べる勢いですぜ。

このあたりのアルバムのプロデュースは、ジャンフランコ・ロンバルディ師匠(Gianfranco Lombardi)です。音を知り尽くしたロンバルディがアレンジやオーケストレーション、プロデュースに名前を連ねていれば、それだけで安心材料とも言えます。プログレ好きにはクラウディオ・ロッキ(Claudio Rocchi)の『Volo Magico N.1』のコーラスにもクレジットがある、とだけ付け加えておきましょう。


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しかし、『FS』(エッフェ・エッセ)は単なるメロディック・ポップとは思えない壮大なテーマを掲げたアルバム。FSとはFerrovie dello Stato(国有鉄道)のこと。列車に乗降する人々の人間模様を描きながら「人生」に思いを馳せたコンセプト・アルバムです。

1981年にコンセプト・アルバムもクソもなかろう、と言う人もいるでしょう。しかし、彼らは『アルデバラン』や『ニュー・トロルス』を経て、ようやく原点に回帰したと言うべきでしょう。60年代から活動している化石バンドゆえのあの時代へのノスタルジアを、高い次元で昇華したような崇高さすら感じます。

これってある種の開き直りかもしれません。普通の感覚なら気恥ずかしくて出来ないことなのに、何かが彼らを駆り立てたのです。序章の汽笛のSEから重戦車のようなパワー・ポップ・サウンドが炸裂。冒頭からニュー・トロルスの健在ぶりを伝えます。


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サビメロに続くギターとシンセの分厚いレイヤーのテーマがグース・バンプ!Vittorio De Scalzi(Key, Vo)、Nico Di Palo(G, B)、Ricky Belloni(G, B)、Gianni Belleno(Ds)の鉄壁のラインアップですぜ、旦那。

彼らは本作をもってワーナー(Warner Bros.)を離れ、フォニット・チェトラに復帰したのですが、これが吉と出たのか凶と出たのか。チェトラはトロルスのやりたいことを認めてくれたのかもしれません。それに、当時チェトラの経営も悪化していたわけではありませんし。

プロダクションの積極的なサポート体制はどうだったのでしょう。ここでもっと強力なプッシュがあったならば、もっと別の展開があったような気もしますが、ワーナーにいても同じ結果だったのかもしれません。


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当初、アルバム・タイトルはオープニング曲の「Il Treno (Tigre - E 633 - 1979)」になる予定だったそうです。ですが、最終的には『FS』(エッフェ・エッセ)としてリリースされました。

曲名の後のかっこ内が気になりますね。電気機関車のE633系は、愛称がティグレ(タイガー)で、1979年に導入されたFS最新鋭の車種でした。ただ、プログラム上の設計ミスがあり、エンジンを改良。1983年になってようやく正式に北部イタリアで運用されたようです。

ですから、「ティグレ」は電気機関車であって、蒸気機関車ではありません・・・ってことは、ネット上に存在する圧巻のライブ映像も、スモークを使った演出はダメダメですよね(笑)。ま、何でもいいか、盛り上がれば(笑)


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本作には滅茶滅茶ポップな曲もありますが、ニュー・トロールスの演奏であれば、出されたのがエスプレッソだろうが、甘いシロップをたっぷり入れたカフェ・ラテだろうが、喜んで飲み干しますよ。恋は盲目といいます。わしのような筋金入りのファンを甘くみていけません。

結局、『Concerto Grosso n゚3』が完成したのは、『FS』(エッフェ・エッセ)から31年後の2013年のことでした・・・

ところで、あれ? ワインとはまったく無関係な話でしたね。こりゃまた失礼!


Vittorio De Scalzi - Keyboards
Nico Di Palo - Guitar, Bass
Ricky Belloni - Guitar, Bass
Gianni Belleno - Drums




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第78話  Banco Del Mutuo Soccorso 『自由への扉』(Io Sono Nato Libero)(1973)Italy

今夜の一曲 「政治犯罪者の歌」(Canto Nomade Per Un Prigioniero Politico)


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<スリーヴ写真の謎>

 ようやく、スリーヴ写真の目玉の正体が解けたぞっ!故フランチェスコ・ディ・ジャコモ様の目玉だったんだ。ありがたい、ありがたい。で、写真の扉は写真家チェザーレ・モンティ(Cesare Monti)が、ミラノのラヴァンダイ(Lavandai)の路地で見つけ出した。

 今じゃありえないけど、現地の撮影許可を取るわけでなく、バンコのメンバーを伴って、いきなり現地でのロケを敢行したって書いてある。扉から小さく顔と手だけのぞいてるのはロドルフォ・マルテーゼ(サン・ディエゴ在住)だったんだ。お茶目さんですねっ。

 ご参考までに、どうやって答を見つけたかと言うと、もともとはLinkiesta.itから辿っていって、チェザーレ・モンティのブログ(il blog di Cesare Monti)を発見!チェザーレと言えば、イタリアン・ロックでは重要アーチストですね。『自由への扉』をはじめ、彼の担当したジャケを前にすれば、あなたはきっと失神してしまうでしょう。

 一例をあげると、マクソフォーネ(Maxophone)、サンジュリアーノの『テイク・オフ』(Sangiuliano)、バンコの『最後の晩餐』(Come in un'ultima cena)、チェルベッロの『メロス』(Cervello)、アンジェロ・ブランデュアルディ(Angelo Branduardi)、アルベロモトーレ(Alberomotore)、カンツォニエーレ・デル・ラツィオ(Canzoniere del Lazio)・・・あれれ、反応もなく静かだと思ったら、もう皆さん既に気絶なさってるんですね。


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<政治犯罪者の歌>

 キングのユーロピアン・ロック・コレクション Part II。初めて耳にした異国情緒あふれる洪水のようなサウンド。英米の音に慣れ親しんできた私は、この何物にも似ていない独創性に満ちたサウンドに完全にノックアウトされた。

 勿論、注意深く聴いてみると、英国のプログレ・アーチストたちの存在なくして彼らが誕生することは決してなかった。YesやELP、Gentle Giantなど、実によく研究している。その上で彼ら独自のイタリア的叙情がコーティングされている。

 ノチェンツィ(Vittorio & Gianni Nocenzi)兄弟の重厚なキーボードのレイヤーは圧倒的で、そのオーケストレーションは広大無辺だ。表層的な理解かもしれないが、当時は一聴してPink Floydの『原子心母』(Atom Heart Mother)や、Moody Bluesのサウンドが頭に浮かんだ。


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 だが、これはバンコ・デル・ムトゥオ・ソッコルソ(Banco Del Mutuo Soccorso)の身に染みついたクラシックの素養と言うべきだろう。ここにフランチェスコ(Francesco Di Giacomo)のオペラチック・テノールが乗ると、まさに彼らの独壇場とも言えるクリエイティブな世界が現れる。

 どこまでがマルチェロ・トダーロ(Marcello Todaro)のギターで、どれがゲスト参加のロドルフォ・マルテーゼ(Rodolfo Maltese)のギターかは不明だが、4th『イタリアの輝き~バンコ登場』(Banco)(1975)以降、ギタリストが交代している。ゲスト参加の二人のパーカッショニストも曲の魅力を引き立たせる。曲中での緩急の付け方は自由自在。テンポ・チェンジに伴ってムードが一変する様は神業としか言いようがない。

 アコースティック楽器とエレクトリック楽器が巧みに融合しているのも神技と言えよう。複雑な曲構成だが、それを感じさせないのも不思議。とにかく、終始むせかえるようなイタリアの叙情に包まれていて、めまいがしそうだ。クラシカルでありながらロック的で、美しいテンションで塗り固められた1973年不朽の名作。


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 さて、今回取り上げたサード『自由への扉』(Io Sono Nato Libero)のアルバム・タイトルだが、これはA①「政治犯罪者の歌」(Canto Nomade Per Un Prigioniero Politico)の歌詞からの引用だ。英語に直せば I Am Born Free. とでもなろうか。日本語のタイトルの「政治犯罪者の歌」だが、原題のNomade(遊牧民の)の部分を訳しきれていない点を指摘しておこう。翻訳という作業は実に難しい。

 この曲はアルバムの核心部だろう。為政者にとって政治的に危険思想を持つ人物を刑務所に投獄する、という構図は特段珍しい事ではない。後のヴィットリオ・ノチェンツィ(Vittorio Nocenzi)のインタビューによると、この曲はチリの絶望的な政治的混迷を念頭に歌詞が書かれた。1970年、アジェンデ(Salvador Allende)による社会主義政権が成立する。だが、CIAの横やりでチリの社会はカオス状態に陥ってしまう。

 米国はドミノ理論を恐れた。チリの混乱が中南米や南アフリカを始めとする第三世界に波及することを危惧したのだ。こうした中で、米国が後押しするピノチェト(Augusto Pinochet)を首謀者としたクーデタが勃発。


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 かくして1973年、チリに軍事独裁政権が成立する。そして左翼思想を持った人物は危険人物と見なされ、投獄されたり、監禁されて拷問を受けた。カリブ海諸国をはじめとする中米や南米は、米国にとっては裏庭(backyard)そのものだ。米国政権にとっては最大の関心事。CIAが小国の政情に目くじら立てるのも無理からぬことだった。

 こうした、時の為政者による粛正や蹂躙は、隣国ブラジルでも同様だった。ジルベルト・ジル(Gilberto Gil)やカエターノ・ヴェローゾ(Caetano Veloso)らのミュージシャン達は、逮捕された挙げ句にロンドンへと国外追放となる。

 こうした状況がメタファ(暗喩)としてもシミリ(直喩)としても登場するのが、この曲「政治犯罪者の歌」だろう。それだけでなく、アルバム収録のそこかしこにヴィットリオのメッセージが織り込まれている。


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 「この独房は私の失望でいっぱいだ」「思想を理由に投獄しても、その思想を封じ込めることはできない」「たとえ拷問を受けても私の思想は自由だ」「私は生まれながらに自由を享受する身」「邪魔しないでくれ、私は空を飛んでいる夢を見てるんだ」「やつらは私がさげすむ戦争を正当なものだと言っている」「私の勇気ある行動はこの泥の中から始まるのだ」・・・

 自由への希望を捨てず、遊牧民の馬のように荒野を駆け巡り、鳥のように大空を飛翔することを夢見て・・・。そんな自由への希求の念が歌の端々からにじみ出る佳曲。偏狭な教義や、人為的な国境線、民族の血の呪縛から逃れられない人々が、世界にいかに多いことか。そんな定めを嘆く声は為政者には届かない。とめどなく繰り返される流血はごめんである。

 2015年。明けましておめでとうございます。苦境に立つ声なき人々に、あまねく幸せが届きますように。


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- Vittorio Nocenzi / organ, harpischord, synths
- Gianni Nocenzi / piano, keyboards
- Marcello Todaro / electric and acoustic guitars
- Renato D'Angelo / bass, acoustic guitar
- Pier Luigi Calderoni / drums, percussion
- Francesco Di Giacomo / vocals

Plus +
- Rodolfo Maltese / acoustic and electric guitars
- Silvana Aliotta / percussion
- Bruno Perosa / percussion


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 さて、新春第二弾は北欧でサイケ三昧です

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第69話  Tito Schipa Jr 『Io Ed Io Solo』 (1974) Italy

今夜の一曲 Alberto, Un Millennio Se Ne Va


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 ポップ・オペラの前作『オルフェオ9』(Orfeo 9)のスタイルを離れ、カンタウトーレのスタイルで歌い上げる1974年作。プログレッシブな感性がみずみずしい。落ち着いていて、それでいてシアトリカルな表情も見せる組曲が際立つ。

 ティート・スキーパ・ジュニアのメランコリックなヴォーカルを、心を解き放つようなオーケストレーションがしっとり包んでいく。さすが、ビル・コンティ(Bill Conti)。各楽器が自己主張しすぎず、バランスよく配置されていてアレンジの妙に舌を巻く。

 バックを固めるミュージシャンが技巧派ぞろい。一例を挙げるとdsのルジェッロ・ステファーニ(Ruggero Stefani)は、ルオヴォ・ディ・コロンボ(L'uovo di Colombo)、サマディ(Samadhi)でプレイ。もう一人のdsのウォルター・マルティーノ(Walter Martino)は、レアーレ・アカデミア・ディ・ムジカ(Reale Accademia di Musica)、ゴブリン(Goblin)、リブラ(Libra)でプレイした腕利き。


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 ギタリストのロベルト・ガルディン(Roberto Gardin)は、ラコマンダータ・コン・リチェブータ・ディ・リトルノ(Raccomandata con Ricevuta di Ritorno)、ベーシストのクラウディオ・バルベラ(Claudio Barbera)は、リブラ(Libra)でもプレイしています。

 キーボードのファビオ・リベラトーリ(Fabio Liberatori)の好演も見事だ。ファビオは映画音楽の世界でその鬼才ぶりを発揮しただけでなく、イタリア音楽界の重鎮、ルチオ・ダルラ(Lucio Dalla)のアルバムにも抜擢されています。

 本作『Io Ed Io Solo』(1974)は、前作と比べ、商業的な成功こそ収めませんでしたが、ティートの珠玉のメロディ・センスが楽しめる名篇となっています。個人的には、彼の主要な作品群の中でも、苦労の末に手に入れたという点で、最も印象深いアルバム。ピエトロ・パスクッティーニ(Pietro Pascuttini)のジャケットがこれまた渋い。

 この後、ティートはオペラ様式に戻った3枚組の大作『Er Dompasquale』(1980)をリリース。これは、19世紀前半のイタリアを代表するオペラ作曲家、ガエターノ・ドニゼッティ(Gaetano Donizetti)の「ドン・パスクワーレ」(Don Pasquale)をティート風に解釈したフォーク・ロック・バージョン。ルチオ・ダルラ参加。


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 第4作『Concerto Per Un Primo Amore』(1982)も私のお気に入り。うっとりするような色香に充ち満ちています。ティートがようやく自身のオペラ作品をモノにしたという印象。加えて、バックを固めているのは、あのHorusですから。


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 Horusは、その活動時期にはリアル・タイムでアルバム・リリースに至らなかったグループです。イタリアン・ロックがほぼ解明されてから、昔レコーディングされながらお蔵入りになった音源の発掘が始まりましたね。これもその一つで、メロウ・レコード(Mellow Records)から1993年に陽の目を見た、Horusのシングル+demo曲集(1978)です。


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 現時点での最終作『Dylaniato』(1988)は、ボブ・ディランの8曲の歌をティート自身がイタリア語に翻訳した企画ものです。アポテオージ(Apoteosi)のマッシモ・イダ(Massimo Idà)のサポートを得ています。批評家によっては1988年のベスト・ヨーロピアン・アルバムに選定されたと、ティートのHPに紹介されています。


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 その後彼は、作曲家、アレンジャーとしても活躍。映画音楽やロック・オペラを書いたり、オペラのディレクタのみならず、俳優までも務めています。また、ボブ・ディランやジム・モリソン関連本の翻訳、ラジオ作家、父でもある大御所、ティート・スキーパの伝記を手掛けたりと、まさにマルチ・タレントぶり。

 20代にして、既に免許皆伝の腕前だったティート。驚くべきは、いまだ涸れぬ創作への衝動だ。




Tito Schipa Jr. / vocals, piano
Fabio Liberatori / keyboards, Moog
Nicola Di Stasio / electric guitar
Roberto Gardin / classical guitar, bass
Mario Fales / acoustic guitar
Carlo Civilletti / bass
Claudio Barbera / bass
Roberto Cimpanelli / sax
Walter Martino / drums
Ruggero Stefani / drums


 さて、次回の音楽夜話。1968年、殺伐たるアメリカ社会に射した一条の光。私の好きなバンドの一つをご紹介します。

第35話 Tito Schipa Jr. 『Orfeo 9』 (1973)へ

テーマ : プログレ
ジャンル : 音楽

第54話  Gino D'Eliso 『Il Mare(海の詞)』 (1976) Italy

今夜の一曲  Non E' Solo Musica


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 イタリアン・ロックの全貌がほぼ解明されてから、コレクターの関心は、プログレの影響下にあるカンタウトーレたちの隠された名盤探しへと向かいました。

 私はコレクターではありませんが、かなり苦労して輸入盤を手に入れただけに、思い入れは深いものがあります。無作為にあげてみても、Franco Maria Giannini『Afresco』(1974)、Amedeo Minghi『same』(1973)、Mario Barbaja『Megh』(1972)、Gian Pieretti『Le Vestito Rosa Del Mio Amico』(1973)、Ninni Carucci『Il Buio La Rabbia Domani』(1973)、Paolo Frescura『same』(1978)、Gianni D'Errico『Antico Teatro Da Camera』(1975) などなど、枚挙にいとまがありません。

 ジーノ・デリーソ(Gino D'Eliso)は、エジソンの1990年再発によって公式に日本で紹介されました。邦題『海の詞(ことば)』。センシティヴなヴォーカルが、飛翔感のある繊細でドリーミーな演奏に乗って駆け巡る展開。ムーグやアコギ、フルートがひたすら美しい。


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 時折見せる地中海音楽的な要素が印象的。こうした素養は民族のDNAに刷り込まれているのか、PFMやイル・ヴォーロ(Il Volo)、アンジェロ・ブランデュアルディ(Angelo Branduardi)、ファブリツィオ・デ・アンドレ(Fabrizio De Andrè )らの曲を聴いても色濃く感じる事があります。

 本作のプロデュースは、アルバム中でフルートやサックス、キーボードを披露するクラウディオ・パスコリ(Claudio Pascoli)ですが、パンゲア(Pangea)と違って、さらに全面に出ています。パスコリのキャリアと言えば、PFMの『パスパルトゥ』(Passpartù)も忘れてはいけません。

 ジーノは学生時代には哲学や応用心理学を志し、イタリアのスロヴェニアン・マイノリティのための放送局(RTV Capodistria)でディレクターを務めながら、音楽の才能を活かしてミュージシャンとしての活動を開始しました。


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 残念ながら、セカンド以降はポップ化が進行します。やはり、1976~77年前後はいわゆるプログレにとって、一つのターニング・ポイントだったようです。ジーノの作風は、時代の波に揉まれて、Funk、Disco、New Wave、Electro Pop...と、ありとあらゆる音楽スタイルを吸収していきます。

 それでも、ジーノをバックアップするミュージシャンたちはそうそうたる実力者。セカンド『Ti Ricordi Vienna?』(1977)(RCA)では、元レアーレ・アッカデミア・ディ・ムジカ(Reale Accademia Di Musica)のフェデリコ・トロイアーニ(Federico Troiani)がキーボードでサポートしています。

 サードの『Santi & Eroi』(1979)には、ヴァイオリンにルチオ・ファッブリ(Lucio "Violino" Fabbri)(PFM)、ベースにボブ・カッレロ(Bob Callero)(Osage Tribe, Duello Madre, Il Volo) と、パオロ・ドンナルンマ(Paolo Donnarumma)(Claudio Rocchi, Roberto Colombo, Gianna Nannini, Alice, Mina)、 サックスにクラウディオ・パスコリ(Claudio Pascoli)(Pangea, PFM)らがバックアップ。

 ジーノ・デリーソはルチオ・バッティスティ(Lucio Battisti)のヌメロ・ウーノ(Numero Uno)からのリリースだったので、早くからその存在は耳にしてましたが、さすがに入手困難でしたね。友人などは、大枚はたいて買った直後にエジソンのリリースがあってショックを受けたと言ってました(笑)。


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Gino D'Eliso / vocals, acoustic guitar, keyboards
Claudio Pascoli / flute, sax, keyboards
Fulvio Zafret / drums, percussion
Paolo Donnarumma / bass
Goran Tavcar / electric guitar
Dario Capello / bass on "Il mare"

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第50話 PFM 『Photos Of Ghosts』 (1973) Italy

今夜の一曲 Rivers Of Life


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 1970年代のイタリアにおいて、多くのロック・バンドがインターナショナルな成功を求めて、英詩をつけたアルバムをリリースした事が知られています。

 Le Ormeは『Collage』(1971)を聞いたカリスマ・レーベル(Charisma)がアプローチしました。英国でツアーを行い、VDGGのピーター・ハミル(Peter Hammill)によって英詩が提供され、『Felona e Sorona』(1973)をリリースします。けれども成功には至りませんでした。


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 Premiata Forneria MarconiやBanco Del Mutuo SoccorsoはEL&Pのマンティコア(Manticore)からコンタクトがありました。

 PFMは、同レーベルで『幻の映像』(Photos Of Ghosts)(1973)、『甦る世界』(The World Became The World / L'isola Di Niente)(1974)、『クック』(Live In USA)(1974)の三枚をリリースしています。英詩を提供したのはピート・シンフィールド(Pete Sinfield)でした。


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 PFMはマネージャのFranco Mamone(Le Ormeのマネージャ)の尽力によって、三度の米国ツアーを成功させました。三枚のアルバムは1992年のBillboard 200 "Top Pop Catalog"にも選出されています。

 一方のバンコは『イタリアの輝き~バンコ登場』(Banco)(1975)『最後の晩餐』(As In A Last Supper / Come In Un'ultima Cena)(1976)の二枚をリリース。しかし、インターナショナルな成功を収めることはありませんでした。


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 他にも、イタリア語盤と英語盤が存在するグループがあります。たとえば、Maxophone『Maxophone』(1975)。これはUS、カナダ、ドイツ盤が英語で、よく中古盤市場にも出回りますが、イタリア原盤はレアです。


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 Uno『Uno』(1974)は、フランス・ドイツ盤を始め、ヨーロッパ盤がヒプノシス(Hipgnosis)・カバーの英語版で、本国盤がイタリア語版。


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 Il Rovescio Della Medagliaの『Contaminazione』(1973)は、本国やヴェネズエラ盤はイタリア語版のようですが、US、カナダを始め、ヨーロッパ盤は英語版の『Contamination』。この英語版はイタリア本国では、1975年になって初めて国内リリースされています。


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 Il Balletto Di Bronzoの『YS』(1972)には英語版が存在しますが、これは本国盤からの抜粋で、しかも完全に別アレンジ。いや、恐らく事実はその逆で、英語版は正式盤リリース以前のリハ音源(1971)ではないかと言われていますが真相は不明です。抜粋というよりも、他の楽章のレコーディングが未完だったのかも知れません。

 バレット・ディ・ブロンゾは『YS』を英国とドイツでもリリースしました。これは英国における初めてのイタリア語によるロック・アルバムだったようです。しかし、彼らの音楽はあまりに複雑で、英国はもちろん、本国においても受け入れられることはありませんでした。


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 イタリア語盤が存在せず、最初から英語で勝負しているバンドもあります。思いつくままに挙げてみると、Anonima Sound LTD.『Red Tape Machine』(1972)、Analogy『Analogy』(1972)、Acqua Fragile『Mass Media Stars』(1974)、Crystals『Crystals』(1974)、The Blues Right Off『Our Blues Bag』(1970)などなど。


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 ここまであからさまだと、国ごとのアイデンティティって何?・・・という気もしますね。勿論、そのアーティストにとって、英語が完全なる外国語の場合もあれば、はたまた第二言語である、と言う場合もあるので「アイデンティティ論」は、別のくくりで話題にすべきでしょう。

 国ごとのアイデンティティと言っても、曲の出来不出来の話ではありません。まして、そのアーティストの存在意義を云々するわけでもありません。ABBAの例を見るまでもなく、良い曲は良いのだし、語り継がれるべきは語り継がれていくのですから。


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 現在、世界人口70億人のうち、英語を母国語とする人はせいぜい4~5%と言われています。けれども、70億の人口のうち、その1/4が英語人口と言われています。単純計算でも17億5千万人ですね。

 それだけではありません。非英語圏の人々にとっても、英語の認知度が高いことを考えると、英語で勝負することで、母国語で勝負するよりはるかに巨大なマーケットで勝負できるわけです。


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 ちなみに、1970年の人口を調べてみると、イタリアで5366万人、フランスで5078万人、ドイツで7778万人となっています。ちなみに、当時の世界人口は36億9千万人だったと言われています。

 勿論、こうしたヨーロッパ諸言語においても、第二言語としての話者の数を考えると、移民や植民の歴史と共にもっと多い数字に落ち着くでしょう。それを差し引いても、英語の認知度が格段に高いという理由が、英語録音の理由(わけ)なのでしょうか。


Franz Di Cioccio / drums, percussion, vocals
Jan Patrick Djivas / bass, vocals
Franco Mussida / guitars, lead vocals
Mauro Pagani / violin, flute, vocals
Flavio Premoli / keyboards, lead vocals

<関連記事> 英語で歌うということ 第30話  Banzai  『Hora Nata』へ

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第45話  Opus Avantra 『Introspezione』 (1974) Italy

今夜の一曲  Il Pavone


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 ドネッラのおじさんは著名なテノール歌手。父もオペラ歌唱の先生。彼女は建築家への道を歩んでいました。大学の助手の口をオファーされながらも、最後の最後には音楽の道が諦められませんでした。そして、たどり着いたがこの世界。

 オパス・アヴァントラ(Opus Avantra)・・・作曲や指揮を一手に担うアルフレード・ティゾッコ(Alfredo Tisocco)のプロジェクトだと思われがちですが、実はそうじゃないんです。

 ジョルジオ・ビゾット(Giorgio Bisotto)と、ビゾットの友人でプロデュースを担当することになるレナート・マレンゴ(Renato Marengo)と、ドネッラ・デル・モナコ(Donella Del Monaco)。この三人が吹雪の夜にドライブしていて浮かんだコンセプト、ってのが真相。

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 ビゾットのクレジット(philosopher / ideologist)だけで、既に怪しさ炸裂ですね。しかし、ドネッラが言うには、ビゾットは厳密にはミュージシャンではないものの、文化人で教養が深く、現代音楽への造詣が深かった。

 ビゾット、マレンゴ、ドネッラの三人は、クラシックの素養とジャズ、現代音楽、情熱的でエモーショナルな歌唱など、様々なカテゴリーの音楽を融合させる野望を抱きました。そして、プロデューサ(Car Juke Box?)(or 編集者)のトニー・タジナート(Tony Tasinato)に話を持ちかけます。

 タジナートが紹介したのが、ティゾッコだったのです。彼らはすぐに意気投合、OPUS(work)+AVAN(t-garde) +TRA(dition).を結成します。命名はビゾットでした。ティゾッコがメンバーを集めます。トニー・エスポジート(Tony Esposito)だけは、レコ-ディング直前に参集。

 彼らの理想を具体化するには、厳密なルールを持つクラシックの世界では勝負できないとみて、様式に寛容なロックのフィールドで勝負することを決めます。リハーサルはティゾッコの家や、僧院の小さな劇場を借りることにしました。

 既存の音楽に新しい切り口を与えようとする意欲的な試みは、新鮮なものでした。けれども、彼らの音楽は難解すぎて、どのレーベルからも拒否されます。他のグループの音楽性とは違いすぎたのです。最終的に「勇敢にも」彼らを引き受けたのは、マレンゴが引き合わせたトリデント(TRIDENT)レーベルでした。

 彼らのファーストは、グループ名の Opus Avantra と、Donella Del Monaco の名前でリリースされました。今では慣例として、1曲目のタイトル『イントロスペツィオーネ(内省)』の名で呼ばれているようです。

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 近年、本作に絡んで、ステファーノ・アンドレオッツィ(Stefano Andreozzi)が興味深い指摘をしています。バックワード・マスキング(Backward Masking)についてです。

 オープニング曲の「イントロスペツィオーネ」“Introspezione”や「マーマレード」“La marmellata”の最後の「カリヨン」"carillon"の部分で、サブリミナル効果を狙うかのようにテープの逆回転が流れます。前者においては、古いドイツのミサの儀式の朗唱が逆回転になっています。こうした試みは、イタリアン・ロック(Rock Progressivo Italiano)では初めての試みだったようですね。

 この印象的なカバー・フォトについても触れておかねばなりません。ウンベルト・テレスコ(Umberto Telesco )による、悪夢を再現するかのようなカバー。サウンド・イメージをそのまま視覚化したかのような秀逸なスリーブ・デザイン。彼の代表作を以下にあげておきます。誰もが納得するマスターピースばかりですね。

Alan Sorrenti "Aria" (1972)

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Alan Sorrenti "Come Un Vecchio Incensiere All'alba Di Un Villaggio Deserto" (1973)

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Saint Just ‎ "Saint Just" (1973)

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Saint Just ‎ "La Casa Del Lago" (1974)

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 さて、彼らは決してレコーディング・バンドなどではなく、本拠地のヴェネト(Veneto)やローマ(Roma)で活発にステージ・アクトも行いました。

 セカンド・アルバムの『クロムウェル卿の奏する7つの大罪の為の組曲』(Lord Cromwell Plays Suite For Seven Vices)(1975)はドネッラ不在の作品。それでもティゾッコとドネッラのコラボは、その後も2008年の再編まで継続することになります。

 今夜の一曲、"Il Pavone"(イル・パヴォーネ)とは「孔雀」のことで、愛する男(ひと)の比喩として歌に登場します。

 『内省』・・・内容的にはピンと張り詰めた室内楽アンサンブルにドネッラの官能的なソプラノが乗るフォーマット。ただ、それが一筋縄ではいかない。美と狂乱のはざまで覚醒と昏迷を繰り返す様は、まさに比類なき世界。

 トリデント系の諸作が日本で大挙発売される以前に、縁あって入手し、衝撃を受けまくった私。以来、かれこれ四半世紀は聞いてきた勘定になります。儚い美しさと、狂気渦巻く特異な音空間はクセになりますね。


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 <追記> ビゾットはドネッラの夫でしたが、2011年7月、69歳で逝去されました。RIP



Donella Del Monaco / vocals
Alfredo Tisocco / keyboards, tastiere
Luciano Tavella / flute
Enrico Professione / violin
Pieregidio Spiller / violin
Riccardo Perraro / cello
Pierdino Tisato / drums
Tony Esposito / percussion, strumenti, effetti


テーマ : プログレ
ジャンル : 音楽

第35話  Tito Schipa Jr.  『Orfeo 9』  (1973)  Italy

今夜の一曲  Tre Note/Invito


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 こいつは凄い発見だった。『オルフェオ・ノーヴェ』(Orfeo 9) の動画だ!ドラムス叩いてる小生意気な男はトゥリオ・デ・ピスコポ(Tullio De Piscopo)だし、Voの左側の女性はロレダーナ・ベルテ(Loredana Bertè)だ。

 さらに、オルガンとシタールを演奏するのはブレインチケット(BRAINTICKET)のヨエル・ファンドゥルーゲンブルーク(Joel Vandroogenbroek)ではないか!

  トゥリオはニュー・トロルスの『NT Atomic System』(1973)への参加でおなじみ。ロレダーナは当時無名だったのに、鬼気迫る歌唱はさすが。レナート・ゼロ(Renato Zero)の出演も見所。この時点で『No! Mamma, no!』(1973)でデビューしていたのか不明。ティートにしても、本人よりテノール歌手の父親の方がはるかに有名だった。




 ピアノとオーケストレーションは、驚くなかれビル・コンティ(Bill Conti)。ビルはアメリカ人の作曲家(イタリア系米国人)だが、当時オペラの勉強のためにイタリアに住んでいた。そんな偶然でティートとの出会いがあったらしい。

 ビルは後に『ロッキー』(Rocky)や『007シリーズ』『ライト・スタッフ』(The Right Stuff)など、映画音楽の分野で、三度の「アカデミー賞」と「エミー賞」を受賞することになる逸材。

 そんな新進気鋭の奇人・才人が一同に会すれば、悪いものが出来るはずがない。Orfeo 9はティートが1969年から手がけ、翌年に上演開始、1973年にはアルバムが完成している。ギリシャ神話の『オルフェウス』をもとに、カルト的な解釈で展開するポップ・オペラ。

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 神話では竪琴だったが、映画ではギターに置き換えているのが現代的。複雑なヴォーカル・パート、巧妙なオーケストラ・アレンジ、テクニカルな演奏、前衛的な映像イメージ。思わせぶりなストーリー展開。どこをとっても興味は尽きない。演奏曲目も、"L'alba"とか"Vieni Sole"とか佳曲がいっぱい。

 当時は、アングラな演劇とか、サブカルなミュージカルとか、結構そういうのが流行った時代背景。不条理であればあるほどウケる、そんな土壌すらあった不思議な御時世。『オルフェウス』は神話であって、不条理ドラマとは思わないけれど、ミスティックな世界を題材にとったイタロ・オペラは個性的。

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 そういう意味では、マルセル・カミユ(Marcel Camus)の映画『黒いオルフェ』(Orfeu Negro)(1959)も面白かった。ギリシャ神話がカーニバルで盛り上がってしまう破天荒。ボッサの父、アントニオ・カルロス・ジョビン(Antônio Carlos Jobim)のサントラも文句なし。

 さて、ティートは本作以降も興味の尽きない作品群を創作し続けます。それはそれで、またの機会に・・・

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Tito Schipa jr. / Piano, VCS 3 Synthesizer, Percussions, Lead Vocals
Bill Conti / Keyboards, Moog Synthesizer, Orchestral Arrangements and Conduction
Joel Van Droogenbroek / Organ, Sitar
Tullio De Piscopo / Drums and Percussions
Andrea Sacchi / Acoustic and Electric Guitar
Massimo Verardi / Acoustic and 12-string Guitar
Sergio Farina / Electric Guitar
Mario Fales / Acoustic Guitar
Bruno Crovetto / Bass
Pasquale Liguori / Percussion

Chrystel Dane, Edoardo Nevola, Loredana Bertè, Marco Piacente, Monica Miguel, Penny Brown, Renato Zero, Roberto Bonanni, Ronnie Jones, Santino Rocchetti / Lead Vocals

Ann Collin, Danilo Moroni, Dino Comolli, Giovanni Ullu, Gisella Fusi, Mara Marzarotto / Backing Vocals

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第69話 Tito Schipa Jr. 『Io Ed Io Solo』 (1974)へ


テーマ : プログレ
ジャンル : 音楽

第32話  Triade 『1998: La Storia di Sabazio』 (1973) Italy

今夜の一曲  Caro Fratello

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 ずいぶん長い間、「トリアーデ」(TRIADE)というグループ名が謎のままでした。最初はカトリックの「三位一体」とか、音楽用語の「三部曲・三和音」に由来するのかな・・・とぼんやり想像していました。チャイニーズ・マフィアの名前にちなんだという説を聴いたこともあります。

 しかし、ある時ジャケットを見ていて突然、膝を叩きました。これは、ギリシャ神話のモイライ(運命の三女神)を指しているに違いありません。あの、クロートー(Clotho)・ラケシス(Lachisis)・アトロポス(Atropos)の三姉妹です。


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 その確信が深まったのは、意外にもというか案の定というか、EL&Pのデビュー・アルバム(1970)を引っ張り出していた時のことでした。アナログB①が、まさにその「運命の三人の女神」(The Three Fates)。日本語盤のクレジットは順に、クローソー・ラキシス・アトロポスの名前があります。


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 このグループがサウンド・モデルとしたのはNiceやEL&P、Le Ormeあたりでしょう。そう考えると、グループの採名がEL&P由来だと断じても、あながちハズれてないと思うのですが。

 さて、KingのNexus Internationalシリーズのオビには「限定発売;このジャケットは特殊装丁につき初版のみに限らせていただきます。マニアなら即、手に入れよう!」と書かれています。その後、再プレスされたという噂もありませんが・・・

 まして、ダービー(Derby)のオリジナル・プレスはmirror golden foil gatefold coverと表記され、あまりにデリケートな表装のため、スリーブが損なわれ易かった模様。

 それにしても、ジャケット写真を撮影しようと奮闘しましたが、うまくいきません。光線にテカるし、周囲を鏡のように写してしまうのです。素人には手に負えません。みなさん、どうやって撮影しているのでしょうか。

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 さて、ここに70年代イタリアのワン・アルバム・ワンダーがまた一つ。しかも、このバンドに関する情報は恐ろしく乏しく、不可解そのもの。Derby盤には、むさ苦しいメンバー写真と、申し訳程度のラスト・ネームだけの作曲クレジットがあっただけ。文字通りミステリアスでした。

 再発のヴィニル・マジック(Vinyl Magic)盤(1994)でも、バンドの正体は一向に明らかにされず、依然として謎のグループであり続けました。

 その謎が解かれたのは2003年、イタリアン・プログレ愛好家、アウグスト・クローチェ(Augusto Croce)の執念と、元カンポ・ディ・マルテ(Campo Di Marte)のギタリスト、エンリコ・ロサ(Enrico Rosa)の正確な記憶力に負うものだったようです。本稿もアウグストの資料を参考にしました。

 18歳のヴィンチェンツォ・コッチミリオ(ヴィニー)(Vincenzo Coccimiglio)と、24歳のアゴスティーノ・ノビーレ(ティノ)(Agostino "Tino" Nobile)の出会いが、トリアーデを産みます。

 キャンド・ヒートやVDGGもプレイしていたthe Space Electronic(フィレンツェ)で 出会った二人は、ヴィニー宅の居間でリハーサルに入ります。

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 才能と意欲がありながら未熟だったヴィニーと、ノイ・トレ(Noi Tre)で経験を積んだティノがうまく融合して生まれたサウンド。ノイ・トレは、センセイションズ・フィックス(Sensations' Fix)のフランコ・ファルシーニ(Franco Falsini)や、カリフィ(I Califfi)やアレア(Area)のパオロ・トファーニ(Paolo Tofani)が在籍した実力派でした。

 互いに書き上げた曲を持ち寄りましたが、それを演奏できるドラマーがなかなか見つかりませんでした。オーディションでは、イラッと来てスティックを投げ捨てたドラマーもいました。苦労の末、ジョルジオ・ソラーノ(Giorgio Sorano)に白羽の矢が立ちます。

 サウンド的には前述のようにEL&PとLe Ormeのハイブリッドという感じですが、チェロを加えて独創的。A①冒頭のダークなオルガンやチェロのオーバートーンに始まり、メランコリックなメロディー、ダイナミックな演奏も特筆ものです。

 ヴィニーは、キース・エマーソン(Keith Emerson)のフィルターのかかったバッハ、そしてショパンが好きだったようです。一方、ティノはストラヴィンスキーの『春の祭典』がお気に入り。彼の手による作詞は、フランスの詩人アルチュール・ランボーの影響下にあったようです。A面はヴィニー、B面はティノのペンになる作品。

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 当時、トリアーデはFranco Battiato やPFM、Bancoのサポートもしていたし、生きの良いライブ・バンドでもありました。

 PFMのコンサートでは、エージェントから使用可と言われていたPAが使えなかった苦い思い出もあります。一方、Bancoのフランチェスコからは、MCで過分なる声かけまでしてもらって好印象を持っています。何よりBMSのプロフェッショナルな姿勢に感銘を受けたようです。

 彼らはレーベルのサポートがなく消滅した、と伝えられています。その真相は、プロデューサーのエリオ・ガリバルディ(Elio Gariboldi) がミュンヘンに転勤になり、新しいマネージメントが、よりコマーシャルな方向性を要求したことにあります。後年、ティノは「時代を考えると、それはもっともな助言だった」と回顧しています。

 トリアーデ解散後、ヴィニーはディク・ディク(I Dik Dik)に参加するという話もあったようですが、最終的には元トリップのジョー・ヴェスコヴィ(Joe Vescovi)が参加しました。

 ヴィニーはボローニャ大学で音楽を専攻し、音楽指導者に。その後、バーのピアニストとしてインターナショナルな活動をしたようですが、惜しくも2012年逝去。

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 ティノは、いくつかのマルチ・ジャンルのバンド経験を経て、クラシック・オーケストラで活動します。彼も音楽の指導者を経験した後、ベース・マンとしてピアノ・バーで働いたようです。

 彼は他文化に触れたいという思いが強く、LAにも滞在しました。バーブラ・ストライサンド(Barbra Streisand)のための曲を書きましたが、残念ながら陽の目を見ることはありませんでした。その後、ポルトガル領のマデイラ諸島に在住との情報があります。

 はじめ、スリーブ・デザインは、デザイン集団 Crepaxに依頼しようとしました。Crepaxはガリバルディ(Garybaldi)の『ヌーダ』(Nuda)を担当したチームです。

 最終的には、ジョルジオ・ソラーノ(Ds)の奥さんのフロリンダ(Florinda)によって、出色のスリーブが完成しました。作品を完璧に理解した人にしか描けない、秀逸なパッケージですね。

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Vincenzo Coccimiglio / keyboards
Agostino Nobile / bass, acoustic guitar, vocals
Giorgio Sorano / drums



テーマ : プログレ
ジャンル : 音楽

第27話  Ibis 『Sun Supreme』  (1974) UK

今夜の一曲  Travelling The Spectrum Of The Soul


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アコギのアルペジオの序章から一転して、エマーソン風の凶暴なハモンドが暴れる二曲目がこれ。ヘヴィネスをたたえながら、時に叙情的に、そしてオーケストラルに展開していく。

 ニュー・トロルス(New Trolls)は『UT』(1972)発表後、ヴィットリオ・デ・スカルツィ(Vittorio De Scalzi)とニコ・ディ・パーロ(Nico Di Palo)が決裂。その分派の一方が、ニコが率いたイビス(IBIS)。

 このアルバムを次の三つの観点で見つめてみましょう。
①バンド名のIBISの由来
②Bサイドの「Divinity」を捧げた人物 Satguru Maharaj(And His Followers)
③分裂『UT』から和解『CONCERTO GROSSO N. 2 』への巧妙な戦略

 ①IBISは古代エジプトの聖鳥で、神の使者と信じられていました。和名はアフリカ・クロトキ。

 古代ギリシャの歴史家ヘロドトスの著書『ヒストリアイ(歴史 / Historiai)』には「古代エジプトでは、この鳥を殺めた者は死罪に処せられた」と書かれています。英語名をSacred Ibisと言うのは、古代エジプト思想が西洋へと伝播したからでしょう。

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 ②サイドBの組曲「Divinity」のクレジットには、「サトグル(True Master / 真なる導師?)マハラージと、その信者たちに捧ぐ」と書かれています(Dedicated To Satguru Maharaj And His Followers) 。

 う~ん、マハラージって誰?特定の人物を指しているのか、それともサンスクリット語に由来する、神の道を唱道する高位の導師に付与する称号一般なのか。

 固有の人物であれば、たとえばこんな推測はどうでしょう。1973年に『Who Is Guru Maharaj Ji?』という書籍が発行されてます。Guru Maharaji Ji(Prem Rawat)で知られるインド生まれの導師を指しています。

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 ディヴァイン・ライト・ミッション(Divine Light Mission)という関連の宗教組織が1972年には米国、ヨーロッパ、オーストラリアに開設されています。1973年には37ヶ国に拠点を広げました。

 1973年11月には『The Millennium '73 Festival』というイベントを、ヒューストンのアストロドームで開催しています。これは世界初のドーム球場でした。日本にドーム型球場がなかった時代、私も野球観戦に出かけましたが、その馬鹿デカさに仰天しました。「世界の七不思議」に次ぐ「世界八番目の不思議(Eighth Wonder of the World)」と形容されたのも納得です。

 世界最新鋭のドーム球場を借り切って、当時15歳のマハラージがイベントを開いたことが、世界のメディアの注目を集めたのは当然でしょう。イビスの『サン・シュプリーム』は1974年のリリースですから、タイミングとしては、これがマハラージの可能性はありますね。

 ナイジェリアのスピリチャル・リーダーで神の化身「黒いキリスト(Black Jesus)」と称される人物もマハラージと呼ばれています。彼も、プレム同様、ディヴァイン・ラヴ・ファミリー(Divine Love Family)あるいはディヴァイン・ライト・ミッション(Divine Light Mission)と呼ばれるコミューンを作って共同生活をしながら、宗教的&政治的なプロパガンダに力を入れてます。ただ、時代的に整合性があるかどうか不明です。

 他にも候補はありますが、よくわかりませんので、ここでは問題提起のみとします。ご存知の方がいましたら、教えてください。いずれにしても、イビスは宗教的なテーマを利用して組曲のコンセプトを組み立てたというわけですね。

 ③さて、最後に「和解」のための戦略の話でしたね。少しおさらいしてみましょう。ヘヴィなサウンドが際立つ『UT』のメンバー構成は次の通りでした。

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NEW TROLLS『UT 』(1972)
- Nico Di Palo / guitar, lead vocals
- Maurizio Salvi / piano, organ, synthesizer
- Frank Laugelli (Rhodes) / bass
- Gianni Belleno / drums, vocals
- Vittorio De Scalzi / guitar

 バンドの核となるVittorioとNicoが袂を分かちます。このうちVittorio以外の四人がNico派につきます。分裂というよりも1:4の分派ですね。そして、ハード志向の『?』の制作に入りました。

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Nico, Gianni, Frank, Maurizio『CANTI D'INNOCENZA, CANTI D'ESPERIENZA.../?』(1973)
- Nico Di Palo / guitar, vocals
- Maurizio Slavi / keyboards
- Frank Laugelli / bass
- Gianni Belleno / drums, vocals

 この編成がイビスへと発展します。『?』のヘヴィネスを追究したかったNicoですが、突如、ヘヴィ・シンフォに急接近した裏には、どうやら伏線がありそうです。私のいい加減なカンでは、前年の1973年にリリースされたYesの『海洋地形学の物語(Tales from Topographic Oceans)』とLed Zeppelinの『聖なる館(Houses Of The Holy)』です。Nicoはこの二作にかなり衝撃を受けたのではないでしょうか。

 『?』から抜けたGianniの穴を埋めるため、元Atomic RoosterのRic Parnellをリクルートします。これも時代を席巻したプログレの潮流に乗って、インターナショナルな成功を収めたかったからでしょうか。

 そして満を持してリリースされたのが、

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IBIS『SUN SUPREME』(1974)
- Nico Di Palo / vocals, guitar
- Maurizio Salvi / keyboards
- Frank Laugelli / bass
- Ric Parnell / vocals, drums

 イビスのセカンドは、MaurizioとRicが抜けて新メンバーに交替しています。

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IBIS 『IBIS』(1975)
- Nico Di Palo / vocals and guitar
- Frank Laugelli / bass
- Renzo Tortora / vocals and guitar
- Pasquale Venditto / drums and vocals

 一方、VittorioはN.T.Atomic Systemを結成しました。ニュー・トロルスの創設メンバーであるGiorgio D'Adamoを引っ張りました。方向性としてはプログ・ジャズ路線。

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『N.T. ATOMIC SYSTEM』(1973)
- Vittorio De Scalzi / guitar, flute, Arp synth, spinetta, vocals
- Giorgio D'Adamo / bass
- Renato Rossert / piano, Hammond organ, Moog, Mellotron, electric piano
- Giorgio Baiocco / tenor sax, flute, Eminent string emsemble
- Tullio D'Episcopo / drums - Ramasandiran Somusundaran / percussions
- Anna & Giulietta / chorus

 セカンドは、アンナとジュリエッタの名前がない以外は、同じフォーマットです。限りなく英国ジャズ・ロックに接近していきます。

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『TEMPI DISPARI』(1974)
- Vittorio De Scalzi / guitar
- Giorgio D'Adamo / bass
- Renato Rossert / keyboards
- Giorgio Baiocco / sax, flute
- Tullio D'Episcopo / drums

 彼らには二枚のアルバム以外に、ムソルグスキーをN.T.流ジャズ・ロックに解釈したシングル『Una Notte Sul Monte Calvo / Somewhere』が存在します。

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 さて、いずれにしてもVittorioもNicoも自分流で成功を収められなかった事に悩み、互いに歩み寄り、共同歩調を取ることになりました。

 いよいよ、NicoとVittorioの和解に伴って、新生ニュー・トロルスが誕生! クラシカル・プログ+Queen+CSN&Y etc.。何をやらせても絵になるこの器用さは何だ!?

 アンティパスト(前菜)からプリモ・ピアット+セコンド・ピアット(メイン・ディッシュ)、ドルチェ(デザート)までこってり。豪華リストランテ・トロルスのプレミアム・ハウス・ワインと共に・・・

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NEW TROLLS『CONCERTO GROSSO N. 2 』(1976)
- Nico Di Palo / guitar, lead vocals
- Gianni Belleno / drums, vocals
- Vittorio De Scalzi / guitar
- Giorgio D'Adamo / bass   
- Ricky Belloni / keyboards

 この和解は、巧みな戦略によってもたさらされた気がします。ポイントは、多数派閥を避けた絶妙な構成にあります。

 Nico派はNico(UT→?→IBIS)、Gianni(UT→?→Solo)の二人。GianniはIBISには参加していないので、Nico色が薄くなっているのがポイント。

 Vittorio派はVittorio(UT→N.T.Atomic System)、Giorgio(New Trollsの創設メンバー→N.T.Atomic System)の二人。GiorgioはUTのリリース時には脱退していたので、分裂劇の泥沼を知らないのでVittorio色が薄くなっているのがポイント。

 さらに巧妙なのは、ベーシストにFrank Laugelli(UT→?→IBIS)を引っ張らなかった点に尽きます。ここでもしFrankを選べばNico色が優位になり、バンドのバランスが崩れるからです。

 おまけにキーボードには、完全に中立の立場であるスゴ腕のRicky Belloniをヌオヴァ・イデア(Nuova Idea)からヘッド・ハントしています。これで派閥色を廃してバランスを取ると共に、才能豊かな新しい血を入れたわけですね。

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 さて、本記事のIBIS。『UT』のヘヴィネスを抽出したような『?』のレッド・ゾーンを打ち破り、一筋縄ではいかない曲展開を真骨頂とする必殺の一撃。イタリアの叙情をたたえながら、ヘヴィー・シンフォニックを極めた作風がひたすら眩しい。

 ただ、個人的にはイタリア語を捨てて英詩で歌った点と、冗長なドラム・ソロが惜しまれる。アルバム両面に1曲ずつ。SideAは4部構成の組曲になっていて、この曲はPart2にあたる作品。『Sun Supreme』...エスプレッソ飲んでるみたいに濃い一枚ですね。


- Nico Di Palo / vocals, guitar
- Maurizio Salvi / keyboards
- Ric Parnell / vocals, drums
- Frank Laugelli / bass



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 音楽ネタを中心とした雑記帳です。

 60年代後半から70年代にかけてのワールドワイドなロック、ポップス、プログレ、アシッド、サイケ、フォーク、ジャズロック、ジャズなどの話題を主に、ひっそりメモってます。

 それぞれの記事はその時々のフィーリングで書いていますが、基本形はある曲をきっかけに感じた雑感が題材になっています。

 私は単なる音楽愛好家ですので、記事に関しては、思い込みや勘違いがたっぷりあることかと思います。その点はご容赦願います。もし、お気づきの点があれば、ご指摘下さい。

 個人的に思い入れのあるものを主に綴っていますので、マイナーかつ気まぐれなセレクション、お許し下さい。

 それでは、今宵の音楽夜話におつきあい下さい。

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