第146話 TIME 『TIME』 タイム (1972)

今夜の一曲  Istina mašina (イスティナ・マッシナ)

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旧ユーゴ・ロックと言えば、TIMEを忘れるわけにはいかない。1971年半ばにコルニ・グルーパ(Korni Grupa)を脱退したヴォーカリストのアドルフ(ダド)・トピック(Dado Topić)が結成したバンドだ。

サウンド的には、オルガンやフェンダー・ローズ、フルートを配したジャジーなアート・ロックといった風情。彼らがお手本にしたのはコラシアム(Colosseum)、トラフィック(Traffic)、フォーカス(Focus)、初期ジェネシス(Genesis)らのオルガン・ロックといったところ。

このグループは旧ユーゴ・プログ・ジャンル最初期の一撃とされている。ファースト・アルバムは1972年夏。しかし、ザグレブ(Zagreb)を本拠地とするJugotonレーベル(十五トン?ユーゴトン!)の理解も薄く、当時は500枚刷りにとどまった。

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アルバムには大曲を含む5曲が並ぶ。「Istina Mašina」(真実の機械)や「Kralj Alkoho」(アルコール中毒の王)「Za Koji Život Treba Da Se Rodim」(何のために生まれたか)など、内省的あるいはユーゴ社会の一断面を見るかのようなタイトル群を見ると、彼らのスタンスやロッカーとしての気概が伝わってくるようだ。

バンドのオリジナル・ラインナップは翌1973年1月に早々に崩壊。バンドはメンバー・チェンジを繰り返していく。

1974年、ダドは兵役拒否で刑務所生活を余儀なくされる。そこで書きためた曲がセカンドアルバム『TIME II』(1975)の中核を作ることになる。その後、ダドはロンドンに渡り、The Foundationsのメンバーとして40回に及ぶ英国ツアーに明け暮れる。

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しかし、バンドのユーゴ・ツアーの折、ダドは里心がついたか、何とTIME再編を決意。活動は順調であるかに見えたが、結局は1977年末のバンド解散に向かって駆け抜けていった。そしてダドはソロ活動へと移行していく。※以上、バンド・ヒストリーはJugo Rock Forever(Progarchives)を参考にしました。

大量の情報がもたらされた前世紀末の時期、旧ユーゴ系バンドは、私の大熱狂の一つだった。以来、怒濤のように聞き込んだのは

ビイェロ・ドゥグメ (Bijelo Dugme) (白いボタン) 『Šta Bi Dao Da Si Na Mom Mjestu』 (1974-)
オパス (Opus) 『Opus 1』 (作品第一番) (1975)
スマック (Smak) (最後・終わり・結末・・・) (1975-)
プレメスティエ (Predmestje) (郊外) 『same』 (1977)
レビ・ソル (Leb I Sol) (パンと塩) (1978-)
ジュトロ (Jutro) 『Dobro Jutro』 (グッド・モーニング) (1977)
※バンドのイメージをつかむため、無理矢理バンド名の直訳を添えてあります。

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・・・と大興奮の私だったが、ハモンドを擁したフォーク・ロックのサンソクレット(Suncokret)(ひまわり)の『Moje Bube』(1977)を知った時には、ただただ感涙にむせんだ。

おっと、ヤンコ・ニロヴィッチ(Janko Nilovic)も忘れてはいけない。これぞユーゴ発、サイケ・ジャズの一撃。彼はフランス在住なので、フレンチ・アーチストで括られるけど、ジャズやソウル、ポップやファンクをバルカン・ルーツに仕上げた危険な香りが満載。もともと彼はイスタンブール(トルコ)出身、旧ユーゴ系民族の血を引いているのだ。

民族の血と言えば、Korni Grupaはセルビア系のレーベルから、TIMEやSuncokretはクロアチア系、Janco Nilovicはモンテネグロ系、Leb i Solはマケドニア系、Buldožer(ブルドゼル)はスロヴェニア系・・・と、このあたりは平和ボケてる私には、とんと見当つかない世界。

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かの地を民族分断する流血の悲劇を知ったのは、我が友人がきっかけだった。彼は、日本人の母とセルビアの父とのハーフ。両親となる2人は仕事でロンドンに暮らすうち、永遠の愛を誓い合ったという。

ヤンコ・ニロヴィッチは、モンパルナス2000(Mont Parnasse 2000)に多くの作品を提供したコンポーザ&ピアニスト。サイケなギターやブラスを編み込んで、どっぷりディープにグルーヴする。

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中でも『Soul Impresshion』(ソウル・インプレッション)(1975)はフラッグシップ級。タイトルもろの「Drug Song」は白眉だね。「Roses And Revolvers」(1970)も捨てがたい。

さて、頭を冷やそう。今夜の最後に、コラシアムⅡ(Colosseum II)で締めくくるとするか。

彼らのセカンド『Electric Savage』(1977)から「Put It This Way」。第71話でも取り上げた私のお気に入りの一曲。表題の意味は「こう言え!」でしょうか(笑)。

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しかしですね、サード『War Dance』(1977)には「Put It That Way」「ああ言え!」(^_^;) がある。一体どう言えばいいんだ。はっきりしろい! 頭を冷やすつもりが、またまたカッカ来てしまったぜ~(-_-;)

作曲にクレジットされてるゲイリー・ムーア(Gary Moore)=ジョン・ハイズマン組(Jon Hiseman)がキレのある演奏を繰り広げる名曲。

勿論、ドン・エイリー(Don Airey )も良い仕事をしています。ムーグのソロにしたってエイリーだけに鋭利~ですよね!しかし、鋭利でありながら鈍(ドン)だなんて、このアンビバレントな存在感、さすが出来る男は半端じゃないっすね。(意味不明)

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Brane Lambert Zivkovic / piano, flute, electric piano
Dado Topic / vocal
Mario Mavrin / bass
Ratko Divjak / drums
Vedran Bozic / guitar, vocal
Tihomir Pop Asanovic / Hammond organ






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第145話  Kornelyans  『Not An Ordinary Life 』 (1974)

今夜の一曲  Not An Ordinary Life


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ビニール・マジック(Vinyl Magic)からの再発(1991)で初めて音に触れた、という方は健全だと申せましょう。情報が少なかった時代、てっきりイタリアものと勘違いした人も多かった。何と言ってもリコルディ(Ricordi)からのリリース。しかもカタログ・ナンバーがSMRL 6130だった。これが、何を意味しているかと言うと・・・

SMRL 6112 ジャン・ピエレッティ(Gian Pieretti)『Il Vestito Rosa Del Mio Amico Piero』
SMRL 6113 ムゼオ・ローゼンバッハ(Museo Rosenbach)『Zarathustra』
SMRL 6115 ロッキーズ・フィリィ(Rocky's Filj)『Storie Di Uomini E Non』
SMRL 6119 チェルヴェッロ(Cervello)『Melos』
SMRL 6123 バンコ(Banco Del Mutuo Soccorso)『Io Sono Nato Libero』
SMRL 6130 コルネリアンス(Kornelyans)『Not An Ordinary Life』
SMRL 6150 アックア・フラジーレ(Acqua Fragile)『Mass-Media Stars 』


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私的にはですね、どいつもこいつも手に入れようと必死になったなつかしい思い出がある(笑)やっぱり私はビョーキか?!いずれにしてもだ、これでコルネリアンス発売のタイム・ラインが見て取れるでしょ。

タイトル・曲名・歌詞ともに英語だったし、あまり期待せずに聞いた。ところがフタを開けてみると王道プログレ感満載のびっくり箱。逆の意味で期待外れを楽しめたアルバムだった。


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ただ、アルバムに一貫性はなく、収録全6曲中2曲が1st収録曲やシングル曲の焼き直し。PFMで言うと『Photos of Ghosts』(幻の映像)の位置づけですかね。
※「Fall Off The Land Of Woman」は「Bezglave Ja-Ha Horde」、「Generation 1942」は「Moja Generacija」のいわゆるスロー・バージョン。

後に知った前身のコルニ・グルーパ『Korni Grupa』(1972)(PGP RTB)は、まだまだサイケ・ロックの域だし、旧態依然たるサウンドにとどまっている。それでも、当時の熱いダイナミズムを体感できる佳作だし、母国語による歌唱は英詩よりも躍動的で、水を得た魚。


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どうやら彼ら、イエス(Yes)の『危機』(Close to the Edge)(Sept 13, 1972)を畏敬の念を持って聴き込んだのだろう。本作のレコーディング中には、あのジェネシス(Genesis)の『月影の騎士』(Selling England by the Pound)(Oct 12, 1973)もリリースされた。マハヴィシュヌ(The Mahavishnu Orchestra)『火の鳥』(Birds of Fire)(March 29, 1973)やEL&Pの影もちらつく。

ベオグラード(Belgrade)出身の彼らは、インターナショナルな成功を求めてイタリアに渡った。そしてカルロ・アルベルト・ロッシ(Carlo Alberto Rossi)のプロデュースでレコーディングに入る。


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でも、カルロと言えばミーナ(Mina)やミルヴァ(Milva)のヒット曲メイカーのイメージなのに、何故? う~む。それはともかく、ミーナのカバー曲「E Se Domani」(もしも明日)(1964)。まさに名曲っすね。すごいぞ、カルロ。※ジャケ写は「Tu Non Mi Lascerai」(1967)(タイトルは「トゥ・ノン・ミ・ラシェライ」、作曲はジョヴァンニ・ダンツィ Giovanni D'Anzi)

ちょっとwikiってみると、カルロは「伊太利亜の名プロデューサ&コンポーザで、時のPFMやBanco、Areaなどのプログレ畑の円盤製作に携わった」と書いてある。ホンマかいな?まぁ、確かに、彼のミラノにあるフォノラマ・スタジオ(Studi Fonorama)はアックア・フラジーレの1st『Acqua Fragile』のレコーディングでも使われてるし、何だかプログレ界とも濃く薄く関わりがありそうだな。


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レコーディング自体、前作のフェンダー・ローズとかピアノの音像からmoogやsolinaを加えてプログ感を全面に押し出した満艦飾(まんかんしょく)のいで立ち。これってカルロの意向か、リコルディの意向か、はたまたKornelije Kovacの意向だったのか。

しかし、売れなかった。っていうか、売り上げは1万枚程度。しかも、自信を持って乗り込んだユーロヴィジョン・コンテスト(Eurovision Song Contest)でも、自信作「Generation 42」(モヤ・ゲネラシヤ)は12位に終わった。しかし、何故セルビア語で歌ったのか謎。英詞の方が審査員のウケは良かったはずだ。だが、敢えて母国語で勝負したのはまさに彼らの自負の現れか。


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かくして、彼らの野望ははかなくも砕け散る。そうそう、本作のライセンスはイタリア本国、イスラエル、南米、それに日本だったってのは都市伝説か?いずれにせよ、英米でのリリースは叶わなかった。

(つづく)

Kornelije Kovac / keyboards
Josip Bocek / guitar
Bojan Hreljac / bass
Vladimir Furduj / drums
Zlatko Pejakovic / lead vocals



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 60年代後半から70年代にかけてのワールドワイドなロック、ポップス、プログレ、アシッド、サイケ、フォーク、ジャズロック、ジャズなどの話題を主に、ひっそりメモってます。

 それぞれの記事はその時々のフィーリングで書いていますが、基本形はある曲をきっかけに感じた雑感が題材になっています。

 私は単なる音楽愛好家ですので、記事に関しては、思い込みや勘違いがたっぷりあることかと思います。その点はご容赦願います。もし、お気づきの点があれば、ご指摘下さい。

 個人的に思い入れのあるものを主に綴っていますので、マイナーかつ気まぐれなセレクション、お許し下さい。

 それでは、今宵の音楽夜話におつきあい下さい。

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