第143話  Cressida 『Asylum』 クレシダ 『アサイラム』 (1971)

今夜の一曲 Munich

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悪女三題

<悪女その1>

実は、うちの近くの田んぼに、こんなかかしが立っているんです。そこを通るたび、ヴァーティゴ(Vertigo)の、かのバンドを思い出すわけです(笑)。そんなわけで私の日常と非日常は、境界線が非常にあいまいなのだ。全くめまい(!)がしますね。

クレシーダと聞いて、もひとつ思い出すのが日米貿易摩擦だったりする(?)。繊維、鉄鋼に端を発した日米の貿易戦争は、日本が国際競争力を高めるに従い、米国政財界をイラっとさせた。1970年代にはカラーテレビ、そして自動車輸出へと飛び火。その後ハイテク産業や農産品へと争点が移っていくわけです。

自動車に関しては、ビッグ3の苦境を尻目に日本車は快進撃を続け、集中豪雨的な輸出が争点となり、現地生産と輸出自主規制の荒波に激しく揉まれました。そんな中、クレシーダと言えば、トヨタが誇るマークⅡの海外仕様車のネーミングでしたね。

もちろん、グループ名の由来は、ウィリアム・シェイクスピア(William Shakespeare)の悲劇『トロイラスとクレシーダ』(Troilus and Cressida)から来ています。トロイの王子、トロイラスと永遠の愛を誓ったかにみえたクレシーダ。しかし、いとも簡単に他の男に寝返ってしまう彼女は、いかにも悪女のイメージそのものにみえます。

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恋愛の不条理は万古不易の摂理なのかもしれません。でも、クレシーダを悪女と称するのなら、現代ほど超「悪女」!の跋扈する戦慄の時代もないのかもしれません。

さて、我がヴァーティゴのクレシーダに話を戻しましょう。オルガンの比重が高いことで、ナイス(The Nice)の派生バンドのイメージが強いのですが、一聴して感じたのはムーディー・ブルース(The Moody Blues)やドアーズ(The Doors)だったりします。

デビュー前にはハンブルグ(Hamburg, Germany)のスター・クラブ(Star-Club)でコラシアム(Colosseum)やイースト・オブ・エデン(East of Eden)とギグに明け暮れました。その後もヨーロッパを舞台にブラック・サバス(Black Sabbath)やブライアン・オーガー(Brian Auger)、バークレイ・ジェームス・ハーヴェスト(Barclay James Harvest)とツアーに出ています。

当時の何でもありの実験的でクロス・ジャンル&ハイブリッドなサウンドを、自分流に仕上げた結果がクレシーダのサウンド。それが極上の英国然たる気品に満ちた音に仕上がった。それは当然の帰結か、それとも予想外の副産物だったのか。

<悪女その2>

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キッシング・スペル(Kissing Spell)(1992)、アカルマ(Akarma)(1999)が再発したダーク(Dark)の『ラウンド・ジ・エッジ』(Round the Edges)。こいつにはビビりました。ダークは1000枚程度のプライベート・プレス。それがゆえに不遇をかこってきたヘヴィ・サイケなレア・アイテム。

なんたってロジャー・ディーン(Roger Dean)ジャケで知られるクリア・ブルー・スカイ(Clear Blue Sky)(1970)にチビった恥ずべき過去のある私ですからね。ヒプノシス(Hipgnosis)に対バン張るようなヤバいジャケットを擁するダークの唯一作。その遅れてきた再発には、感きわまって思わずコブシを握り締めたものです。

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悪女ウィキッド・レディ(Wicked Lady)はそのダーク絡み。ハーフ・ブートだろうがスリー・クォーター・ブート(?)だろうが、思わず悶絶!失禁!!キッシング・スペル(Kissing Spell)(1994)再発が先行しましたが、その後Guerssenが正式に再発(2012)にこぎ着けました。

ウィキッド・レディの『サイコティック・オーバーキル』(Psychotic Overkill)。仕掛け人の一人は、ダークでセカンド・ギターを務めていたマーティン・ウィーヴァー(Martin Weaver)。彼がダーク以前にギターを担当していたのがウィキッド・レディです。

ところが、歯切れの良いダークに比べると、こちらはワウとヘヴィ・ファズにまみれた混沌たるハード・サイケなパワー・トリオ。

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それでも、時代を先取ったかのようなメタリック感が印象に残る曲もあったりして。邪悪なブルー・チア(Blue Cheer)と評した人もいますが、なるほどです。サイコティック・オーバーキル(psychotic overkill)というよりもナーコティック・オーバードーズ(narcotic overdose)って感じにも聞こえる。ドラマーは後に28歳で精神病院(アサイラム)行きになってしまったし、泣けます。

ウィキッド・レディはキッシング・スペルのジャケットの聖母然たる女性の印象が強かった。こんな美しい女性が「悪女」かと思うにつけ、「それはないでしょ」って感じだー。

マーティン・ウィーヴァーはGuerssenでの再発(2012)にあたり、彼なりの悪女のイメージをジャケ絵にしましたが、こちらの女性にならダマされても文句は言うまい(笑)。

<悪女その3>

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最後にもうひとり「悪女」を紹介しましょう。こちらも強烈です。ナンシー・シナトラとリー・ヘイゼルウッド(Nancy Sinatra & Lee Hazlewood)のコラボした「サマー・ワイン」(Summer Wine)。

ナンシーは父親(Frank Sinatra)のご威光にもかかわらず、パッとしないポップコーン・オールディーズ(Popcorn Oldies)を地で行く、かわい子ちゃんシンガーでした。ところが、「レモンのキッス」(Like I Do)(1962)や「イチゴの片想い」(Tonight You Belong to Me)(1962)をかなぐり捨て、悪女路線へとイメーチェン図ったのが「サマー・ワイン」(1967)でした。

その仕掛け人はプロデューサー、ソングライターのリー・ヘイゼルウッド。この男、これがなかなかデキる男。フィル・スペクター(Phil Spector)にだって負けちゃいない。

ポップ・センスの中に、なんでテープの逆回転が挿入されるのかって不思議感満載の「Sand」、七変化する弦やデュアン・エディ(Duane Eddy)のギターが心に響く「No she won't」など・・・サッカリン・アンダーグランド? カウボーイ・サイケデリア? どう呼んでも彼らの本質には届かない。

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その「サマー・ワイン」ですが、
Strawberries, cherries and an angel's kiss in spring
My summer wine is really made from all these things

・・・と女にダマされて丸ハダカにされてさえ、

And left me craving for...more summer wine
Oh..oh..summer wine

と言わせるなんて、ナンシーの「悪女」ぶりは筋金入りです。誰ですか?どうせ、ダマされるのなら、こんな女がいいなんて言ってるのは(笑)?古典落語の『鰍沢(かじかざわ)』はいかにも作り事に思えるけど、こちらはありそで、もっともっと恐いなぁ。

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第142話  Neutrons 『Black Hole Stars』 (1974)

今夜の一曲 Going to India

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昨年6月「アメリカの研究チーム・ライゴ(LIGO - Laser Interferometer Gravitational Wave Observatory)が『重力波』(gravitational wave)を観測した」というニュースは、世界を驚かせました。『重力波』と言うのは、大きな質量を持つ天体が光速で運動すると空間がゆがみ、それが波動となって伝わっていく現象のことです。(わかんな~い^^;)

ところが、それを実際に観測する作業は困難を極めました。重力波は天才物理学者アインシュタインが予言した天文学的現象です。私がもっと早くに世に出ていたら、アインシュタインを出し抜くことができたのに残念です(笑)。いずれにせよ、アインシュタインから100年がたって、今回ようやく観測に成功!!

重力波を観測することで可能になることが沢山あります。それはたとえば遠方の天体や天文現象を精度の低い電磁波に頼らずに調査できることです。


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今回の重力波はブラックホールが、いかに巨大化するかの謎を解いてくれました。理論上、誕生する時には、太陽の質量の十数倍にしかならないブラックホール。なのに、宇宙空間には、どうして太陽の質量の何百万倍もの超巨大なブラックホールが存在しているのでしょうか。

ことの真相は、ブラックホールは合体して成長していくのです。検出された重力波は約13億年前、太陽の29倍の質量と36倍の質量を持つブラックホール同士が合体し、太陽の質量の62倍の質量のブラックホールが生まれた際に発生したものでした。

一般に重力波が発生する天文学的現象は次の三つが代表的なものとされています。
①超新星爆発
②中性子(ニュートロン)星の合体
③ブラックホールの合体


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ニュートロン、ブラックホールとくれば、アインシュタインに先を越された私も面目躍如。勝手知ったる我が土俵です。稀勢の里がんばれ!(意味不明)

そんなわけで(マエフリ長いな)引っ張り出したニュートロンズ(The Neutrons)の『ブラック・ホール・スター』(Black Hole Star)。

マン(Man)のスピン・オフというより、ピート・ブラウン&ピブロクト(Pete Brown & Piblokto!)の塾生たちの野心に火がついたのがニュートロンズなのだろう。


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キー・パーソンの一人がフィル・ライアン(Phil Ryan)。彼はアイズ・オブ・ブルー(The Eyes of Blue)、ビッグ・スリープ(Big Sleep)、ウェルシュ・ロック・バンド、マン(Man)に足跡を残してきた。

ドラムスのジョン・ウェザース(John Weathers)はアイズ・オブ・ブルー、ビッグ・スリープ、ワイルド・ターキー(Wild Turkey)、ジェントル・ジャイアント(Gentle Giant)を支えた逸材だ。フィル・ライアンとも旧知の仲。

フィル・ライアンやジョン・ウェザースの文脈で語られる事が多かったニュートロンズだが、ウィル・ユアット(Will Youatt)がギターにベースにヴォーカルにと、実にいい仕事をしている。


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かのウィル・ユアット君はクイックサンド(Quicksand)の初期のメンバーだった。重要なのは、彼が在籍していたマン(Man)にも、フィル・ライアンが、その名を連ねていたこと。

マンからフィル・ライアンとウィル・ユアットが脱退する形で結成したのが、ニュートロンズだった。

というよりも、フィル・ライアン、ウィル・ユアット、ジョン・ウェザースの三人はピート・ブラウン&ピブロクトのギグで顔を合わせた仲だという事実を見逃してはいけない。


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他のメンバーについてもコメントしておくと、タフ・ウィリアムズ(Ray “Taff” Williams)もウェールズ人脈。アイズ・オブ・ブルー、ビッグ・スリープのメンバー。フィル・ライアンやジョン・ウェザースとも臭い飯(?)を食った仲だ。

スチュワート・ゴードン(Stewart Gordon)はインクレディブル・ストリング・バンド(The Incredible String Band)出身。ヴォーカルをとっているキャロメイ・ディクソン(Caromay Dixon)は彼のガールフレンドで当時17歳だった。

1974年作なので、遅れてきたサウンドではあるけれど、ブリット・フォークのおいしい部分を抽出したような部分もあるし、キーボードも結構イケイケですしね。今夜の一曲もサイケ・ポップの残照がまばゆいなぁ。


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Phil Ryan / keyboards, vocals
Will Youatt / bass, guitars, vocals
John "Pugwash" Weathers / drums
Martin Wallace / guitars, vocals
Ray "Taff" Williams / guitars, bass
Stuart Gordon / strings, string arrangement
Caromay Dixon / vocals
Pique (Withers) / hand drums
The 4 Skins / backing vocals
The Quickies / backing vocals


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ジャンル : 音楽

第133話 Centipede 『Septober Energy』 (1971)

今夜の一曲  Septober Energy - Part 1


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1971年に二枚組の唯一作を残したセンティピード。これは果たしてワン・タイムのプロジェクトだったのか。それが気になっていました。

ムカデなるグループ名の由来は「50人と100本の足のための音楽」。本作Centipedeのレコーディングは1971年6月の4日間だけの日程。リリースは同年10月。
※Music for People and 100 Feet

そのセンティピードは前年1970年の11月15日付でコンサートを開いたという記録が残っています。

このリセウム(Lyceum)のコンサート時の写真がこれ。Cさんに指摘して頂いたのですが、写真中央、マイク・パトゥ(Mike Patto)とジュリー・ティペッツ(Julie Tippetts)の掲げた腕の間に鎮座しておみえなのは、まさにロバート・フリップ(Robert Fripp)(g)
ではありませんか。
※キースはティペット(Tippett)、ジュリーはティペッツ(Tippetts)なのか?


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マイケル・キング(Michael King)の『Wrong Movements / A Robert Wyatt History』によれば、「キース・ティペットは過去数ヶ月、大編成のための大曲の構想を練っていた。」とあります。

「このプロジェクトは最終的に2時間の組曲『Septober Energy』に結実した。だが、この実現しそうにないプロジェクトは、キースが中心となって集めたミュージシャンたちの同胞愛をいたく刺激した。」

キース・ティペットは次のように証言しています。「センティピードを編成した時、自分の知っている友人を、クラシックからジャズ、ジャズロック、ロックの世界まで、なるべく大勢入れたかった。ロバート・ワイアットは当然の選択だった。」

ティペットがThe Keith Tippett Groupとして『You Are Here... I Am There』をリリースしたのは1970年1月(Advision Studios, London)。セカンドの『Dedicated to You, But You Weren't Listening』は9月レコーディング(ワイアットも参加)、翌1971年1月のリリース。それを完成形に持っていくために『Septober Energy』を6月16~19日にレコーディング、10月8日にリリースしたという流れでしょうか。


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1970年の10月13~16日にはソフト・マシーンがオリンピック・スタジオで『Fourth』のレコーディング・セッションを開始しています。最終セッションが終了したのは11月16~18日で、これはセンティピードが11月15日にリセウムでの初コンサートを終えた翌日に当たります。

なので、この時期はセンティピードを構成する主要メンバーらがティペット・グループやソフト・マシーンと同時並行的にセッションを重ねて行く中で、キースがプロジェクトのコンセプトを固めていったと考えるのが妥当かと。

『Fourth』の最終セッションを終えた2日後の11月20日、21日には、センティピードはフランス、ボルドーにあるアルハンブラ劇場における「アーツ・フェスティバル」に参加。NME誌は「センティピード、フランスを侵略」(Centipede Invade France)という見出しを掲げて公演の成功ぶりを伝えています。(Roy Carrの記事による)

その後も各メンバーらはそれぞれの活動に忙しくした上で、1971年6月12日には、オランダのロッテルダムでコンサートを開きました。『Septober Energy』のレコーディングは、その4日後の6月16~19日となっています。


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ロイ・バビントン(Roy Babbington)はその録音風景について次のように述べています。「スタジオではミュージシャンを必要に応じて入れたり出したりしなければならなかった。何ページも綴じられた紙があって、そこに書いてある名前が呼ばれたら入っていって、自分のパートをやって、終わったら出ていく。

ありゃ、ちょっとしたもんだった。あんな手に負えないミュージシャン連中だけで何かをでっちあげちまおうって言うんだから。できたものを聞いた時には驚いたな。雰囲気がうまく捉えられていると思った。」

ジュリー・ティペッツは「バンドはレコードよりコンサートの方がずっと良かったわ。とても素晴らしい経験だったわ。」と語っています。

そして、1971年9月4日のメロディ・メイカー誌(Melody Maker)はロバート・ワイアットのソフト・マシン脱退(8月)を報じています。


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ワイアットはその後、マッチング・モールを始動させますが、同時にゴング(Gong)(9月18日)、アマルガム(Amalgam)(?)、ケヴィン・エアーズ(Kevin Ayers)(10月15日)、ゲイリー・バートン(Gary Burton)(11月)、ニュー・バイオリン・サミット(New Violin Suumit)(11月7日)への活動に奔走します。

センティピードでの活動に絞れば、10月14日ロイヤル・アルバート・ホール(Royal Albert Hall)、ファイナル公演が12月19日レインボー・シアター(Rainbow Theatre)。なお、12月29日、30日にはマッチング・モール(Matching Mole)のファースト『マッチング・モール』のためのセッションが行われました。

センティピードのジャケットにはワイアットのコメントが書かれています。ロバート・フリップの抱えた苦悩を案じつつ「それを語るも無意味だし、ジュリー・ティペットの詩について語るのもヤボだし」としながらも、「やっぱりニック・エヴァンス(Nick Evans)が発した『ワー・ヘイ(Wah-Hay)』」(勝ちどきの叫び)というメッセージだけは伝えておきましょうかね。」と締めくくっています。

何ともこのプロジェクト、本気なのかお遊びなのか、いかにも時代の寵児(異端児)たちの素晴らしき実験場となりましたね。フリップはティペット人脈での経験をクリムゾンの諸作に編み上げていく。


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Alto Saxophone – Dudu Pukwana, Ian McDonald, Jan Steel
Alto Saxophone, Saxello – Elton Dean
Baritone Saxophone, Clarinet – Dave White
Baritone Saxophone, Oboe – Karl Jenkins
Bass – Brian Belshaw, Dave Markee, Harry Miller, Jeff Clyne, Jill Lyons
Bass Saxophone, Soprano Saxophone – John Williams
Bass, Bass Guitar – Roy Babbington
Cello – Catherine Finnis, John Rees-Jones, Katherine Thulborn, Mike Hurwitz, Suki Towd, Tim Kramer
Cornet – Marc Charig, Mongezi Feza
Drums – Robert Wyatt, Tony Fennell
Drums, Percussion – John Marshall
Guitar – Brian Godding
Piano, Conductor – Keith Tippett
Tenor Saxophone – Alan Skidmore, Brian Smith, Gary Windo, Larry Stabbins
Trombone – Dave Amis, Dave Perrottet, Nick Evans, Paul Rutherford
Trumpet – Mick Collins, Peter Parkes
Trumpet, Flugelhorn – Ian Carr
Violin – Carol Slater, Channa Salononson, Colin Kitching, Esther Burgi, Garth Morton, John Trussler, Louise Jopling, Mica Gomberti, Philip Saudek, Rod Skeaping, Steve Rowlandson, Wendy Treacher
Violin [Lead] – Wilf Gibson
Vocals – Boz, Julie Tippett, Maggie Nichols, Mike Patto, Zoot Money
Producer – Robert Fripp


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テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

第132話  Soft Machine  『Triple Echo』 (1977)

今夜の一曲  Memories


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このアルバムがクールだったのは、当時、公式リリースされていた作品群の「別テイク」や「未発ライブ」など、聞いた事のないレア音源がぎっしり詰まっていたことでした。学生時代、レコード屋の店頭で「発見」した時の興奮度は尋常ではありませんでした。

その後、個々の音源の完全版が続々とリリースされ、今、改めてトリプル・エコーを聴き返すと、本作は貴重な音源の一部を抜粋しただけのパッチワークにすぎないように思えます。それでも当時は、このアルバムは宝石箱そのものだったのです。


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それほど当時はソフト・マシーンに関するブート音源は限られていた。ですから、その後の怒濤のようなソフト・マシーン関連のリリース・ラッシュはまさにアンビリーバボーでした。

トリプル・エコーって何だろうか。検索すると、1972年の英国映画がヒットする。それが引用元かはわからないけれど。


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映画のアウトラインはこうだ。第二次世界大戦中、農場の娘のアリス(Glenda Jacson)は軍を脱走したバートン(Brian Deacon)をかくまう。やがて、軍の追っ手が農場に迫ってくる。バートンは女装してアリスの姉になりすまして生活し、軍の目をごまかす。しかし、あり得ない筋書きの中、軍曹(Oliver Reed)に女装を見抜かれてしまう。そして悲劇が・・・

果たして、ソフツのコンピのタイトル名の由来は?どなたかご存知の方、おみえでしょうか?


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Kevin Ayers - Bass
Robert Wyatt - Drums, Vocals
Daevid Allen - Guitar
Mike Ratledge - Organ
Wtitten by - Hugh Hopper





ため息をついたところで、キース・ティペット(The Keith Tippett Group)の『You Are Here... I Am There』が聞きたくなる。「昨年のような今晩」(This Evening Was Like Last Year)。キース・ティペットのファースト・ソロ。1969作。スウィンギング・ロンドンの空気に突如として異質な空気が流れた不思議な時代。

「Stately Dance For Miss Primm」孤高のエルトン・ディーン(Elton Dean)のサックス。浸ってしまうなぁ。


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「Thank You For The Smile」ん?いきなりHey Jude !? こういうユーモア感がセカンドのタイトル曲(Dedicated To You, But You Weren't Listening )につながったのかな。

当時のジャズ・ロック・シーンはロック側からのアプローチがある一方、ジャズ・サイドからロックへのアプローチも顕著だった。キース・ティペットは、チャールス・ミンガス(Charles Mingus)やジョージ・ラッセル(George Russell)、ジョン・コルトレーン(John Coltrane)、ファラオ・サンダース(Pharoah Sanders)経由でした。

とは言っても、キース・ティペットはもともとクラシック畑出身。彼のコンポジションのルーツは、ヴォーン・ウィリアムス(Ralph Vaughan Williams)、フレデリック・ディーリアス(Frederick Theodore Albert Delius)、ダリウス・ミヨー(Darius Milhaud)あたり。いかにも、でしょうか?


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それにしても、キース・ティペットのファーストはフリーキーとかアヴァンとか、言われますが、今聞くと、それほど前衛っぽく思えませんよね。時代感覚が変わったのか、自分の感性が寛容になったのか。これまた謎深し。

Jeff Clyne - Bass
Marc Charig - Cornet
Alan Jackson - Drums, Glockenspiel
Elton Dean - Saxophone
Nick Evans - Trombone
Keith Tippett - Piano


テーマ : サイケデリック
ジャンル : 音楽

第130話 Philamore Lincoln 『The North Wind Blew South』 (1970)

今夜の一曲  When You Were Walking My Way


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このジャケ・デザイン、キラーでございますよ。サイケ・ポップの隠れ名盤、フィルモア・リンカンの唯一作。デザイナーのサンダース・ニコルソン(Sanders Nicolson)はショーン・フィリップス(Shawon Phillips)の『Second Contribution』に貢献しているんです。


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1曲目「The North Wind Blew South」に針を落とすと、いきなりドラムス&ベースにストリングスが被さってくる。曲全編に、はかなげなオルガンがたゆたい、そこにコーラスが「アアアアア~アアアアア~ア~」と重なるあたりはまさに確信犯ですね。

お次は「When You Were Walking My Way」です。ギター・ベース・ドラムスの軽快なリズムに木管系の管楽器のオブリガートが入ったかと思うと「ララララララ~ラ~」のコーラスに引き継がれる。早くも世捨て人街道まっしぐら。最後のサビのコーラスが二声のダブル・トラッキングになるあたり、これであの世行き確定でしょう。


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おまけに「You're The One」。これなどはジミー・ベイジ(Jimmy Page)のギター・ソロが炸裂。これ以上、私に火をつけないでほしい。もともと、ヤードバーズ(The Yardbirds)人脈で話題になった謎の一枚ですが、知れば知るほどおもしろい。


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メリー・ホプキン(Mary Hopkin)の「悲しき天使(Those were the days)」「Goodby」に次ぐシングル「夢見る港(Temma Harbour)」(1970)が彼の作品のカバーという話にも心惹かれますね。

が、ドラマーとしても、ブライアン・オーガー&トリニティ(Brian Auger and the Trinity)やグラハム・ボンド(Graham Bond)、ドン・レンデル(Don Rendell)で。ザ・フー(The Who)では、キース・ムーン(Keith Moon)の代役としてドラムスを叩いたという事実は、予想外に彼が音楽界に深く絡んでいたという事実をうかがい知ることができます。


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しかし、極めつけは、パラディン(Paladin)のファースト『Paladin』(1971)のプロデュースでしょう。これは彼がジュリアン・コーヴェイ&ザ・マシーン(Julien Covey and the Machine)時代に共に組んでいたピート・ソリー(Pete Solley)とキース・ウェッブ(Keith Webb)がパラディンに在籍していた事からのオファーでしょう。

「The Plains Of Delight」あかん、これでは・・・バイオ・セイフティ・レベル4なみの防御なくして健全な私生活はありえません。フィラモア・リンカーンだけは安易に聞いてはなりません。





Philamore Lincoln - Vocals, Flute, Guitars, Strings Arrangement.
Clem Cattini - Drums
Les Hurdle - Bass
Jimmy Page - Guitar on "You're The One"


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もうろうとした頭で次に引っ張り出したのは英国出身のシンガー&ソングライター、ヴィグラス&オズボーン(VIGRASS & OSBORNE)の『Queues』(1972)これ、何故か日本盤を持ってるんです。「秋はひとりぼっち」(Forever Autumn)は定番ですが、期待を裏切らない出来。

このアルバム、ギターがクリス・スペディング(Chris Spedding)だし、キーボードがアラン・ホークショー(Alan Hawkshaw)、パーカスはレイ・クーパー(Ray Cooper)だったりするからたまんない。シンセとプロデュースはジェフ・ウェイン(Jeff Wayne)。『宇宙戦争』(The War of the Worlds)(1978)が話題になったようですが、自分はまだ未聴。




Vocals, Lyrics – Gary Osborne, Paul Vigrass
Backing Vocals – Barry St. John, Doris Troy, Harry Vokales, Jimmy Thomas, Judith Powell, Liza Strike, Rob Freeman
Bass Guitar – Pete Morgan
Drums – Barry Morgan
Guitar – Caleb Quaye, Chris Spedding, Clive Hicks, Martin Kershaw
Keyboards – Alan Hawkshaw
Percussion – Alan Graham, Ray Cooper, Terry Emery
Moog Synthesizer – Jeff Wayne


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次に取り出したるは、またまた懲りずにマッチング・モール(Matching Mole)のセカンド『Matching Mole』から「オー・キャロライン(O Caroline)」。そこかしこで浮き名を流したサブカル・アーチスト&ジャーナリスト兼、政治活動家、キャロラインこと、キャロライン・クーン(Caroline Coon)。その後、パンク・シーンに鋭く切り込んでいく不思議ちゃん。ワイアット(Robert Wyatt)とは、そもそもどんな関係だったのでしょうか・・・(笑)


Bass Guitar – Bill MacCormick
Electric Piano – Dave McRae
Guitar – Phil Miller
Mellotron, Piano, Drums, Voice – Robert Wyatt
Piano, Organ – David Sinclair



<第40話  Matching Mole - 『Matching Mole』 (1972) UK へ>

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第128話 Jethro Tull 『This Was』 (1968)

今夜の一曲  Dharma for One


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この曲の初期のヴァージョンは、この通りインストでした。デビュー作 『This Was』 からのカット。当時はまだ、イアン・アンダーソン(Ian Anderson)とミック・エイブラムス(Mick Abrahams)の双頭バンドでした。

どう聞いても、プログレ色ともフォーク色とも路線の違うブルース・ロックっぽい展開。これも、エイブラムスの個性を色濃く映しているせいですが、主導権を握らせまいとするイアン・アンダーソンもなかなかのくせ者。


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ギターの腕でミック・エイブラムスに勝てないと悟ったイアン・アンダーソンは、対抗できる楽器を求めて楽器屋さんに足を運びました。バイオリンとフルートが第一候補でした。どっちがいいか迷っていたら、店主がフルートの方が簡単だよ、とアドバイスしてくれたそうです。

「Dharma for One 」(ダーマ・フォア・ワン)は、アメリカではチャート62位止まりでしたが、クセのある、あまりにインパクトのあるサウンドは強烈な個性を放っています。『This was』から曲を紹介するならば、本来「A Song For Jeffrey」や「Serenade To A Cuckoo」などが適当かもしれません。なのに、あえてこれを選んだのは、筆者の思い入れということで(笑)。

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「Dharma for One 」にはスピリチャルな詩がつけられ、コンサートの定番になりました。ワイト島やタングルウッドでの動画が公開されています。

この曲は彼らの代表曲の一つになった感があります。2008年バーゼル公演では、バンドの初期にイアンが改造した管楽器、クラグホーン(Claghorn)を持ち出し、イアンが解説する珍しい動画もあります。


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この曲をいくつかのバンドがカバーしていますが、中でもびっくりなのが、ファッション・ピンク(Fashion Pink)(ドイツ 1970)。これにはびっくり。しかも意外に整合感に満ちているんです。ある意味、優等生っぽい音で、先達から学ぼうとするドイツ人の一途さを反映しているのかもしれません。逆に言えば、ジェスロ・タルの方が、酩酊状態っていうか、混迷きわめた展開ですね。

まぁ、ある意味、このファッション・ピンクがブレインストーム(Brainstorm)に発展したのは合点がいく気がします。しかし、ファッション・ピンク時代はまだまだ試行錯誤で、スペンサー・デイビス・グループ(Spencer Davis Group)の「アイム・ア・マン」(I'm a Man)をやったり、サイケ・ジャムの域を出ない部分もあるんですけど。


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ファッション・ピンクの発展形のブレインストームのファースト。こりゃ、また、あんまりなジャケットで涙が出てきます。けど、ジャジーな展開とテーマのつけかたが素敵ですね。

ブレインストームはインターコート(INTERCORD)傘下にあるプログレ専門のシュピゲライ(SPIEGELEI)と、アルバム二枚だけの契約を結びました。

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目玉焼きブランドの「シュピゲライ」はブレイン(Brain)やハーヴェスト(Harvest)に対抗するプログレ・レーベルでした。まぁ、正確を期すなら、カタログにはジャズ系のリリースもかなりアップされています。

海外のプログレ組の駆け込み寺でもありました。ポーランドのSBBもそうです。ドイツ本国のバンドに限れば、メイン・アーチストたるに値する旗頭は、ヘルダーリン(Hoelderlin)でしょう。ミスティックなファーストこそPILZでしたが、復活セカンドからはシュピゲライで連戦連投です。

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ヘルダーリンと並んでシュピゲライのもう一つの筆頭がクラーン(Klaan)です。こいつも徹底的にクラウトしていて、不用意に聞くと頭がくらーんとしますね(意味不明)。

他の重要作としては、オイレンシューゲル(Eulenspygel)でしょうか、個人的に(笑)。なんか、このジャケ・センスはいかにも・・・ですし。

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オイレンシュピーゲルとと言えば、ジャケ・センスもぶっ飛んでました。セカンドの1972年作『アウシュス』(Ausschuß)。後年のウリ・トレプテ(Uli Trepte)『Spacebox』(1979)にも影響を与えたのかもしれません。

おっと、アモス・キー(Amos Key)を忘れてはいけないなぁ。こうしてつらつら名前を上げていくにつれ、ずぶずぶはまっていくのがクラウト・ロックの底なし沼です。ジェスロ・タルの話じゃなかったのか!とお怒りの皆さま。お怒りは最もです。安易にジャーマン・ロックの深淵をのぞき見ると、地獄をみますね。

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Ian Anderson – lead vocals, flute, mouth organ, "claghorn", piano
Mick Abrahams – guitar, backing and lead vocals, nine-string guitar
Glenn Cornick – bass guitar
Clive Bunker – drums, hooter, charm bracelet





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第127話 Danny Kirwan 『Second Chapter』 (1975)

今夜の一曲  Love Can Always Bring You Happiness


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フリートウッド・マック(Fleetwood Mac)の『枯木』(Bare Trees)(1972)収録の「Sunny Side Of Heaven」。折に触れて聴きたくなる名曲です。甘美なメロディがとろけます。この作者が、ダニー・カーワン(Danny Kirwan)。まさにギター・インスト・ヘヴン。

『枯木』は、10曲中半分がカーワンのペンになるものでした。残りはボブ・ウェルチ(Robert Welch)とクリスティン・マクヴィー(Christine McVie)が半分ずつ。

前作『Future Games』(1971)からマックにボブ・ウェルチとクリスティン・マクヴィーがフル・メンバーに加わりました。新しいラインナップになって、ようやく安定したサウンド・メイキングが可能になりました。


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確かに、ポスト・ブルース期のマックとしては、ここに至ってようやく一つの地歩を築いたかに思えます。でも実際は、バンドは危うい均衡の上で、ぎりぎり成立していたようです。世はまさに無情です。

ピーター・グリーン(Peter Green)が薬禍で脱退し、ジェレミー・スペンサー(Jeremy Spencer)がChildren Of Godに入信するなど、マックは主要なメンバーを次々に失っていきます。

破綻寸前のマックを立て直そうという気運になったのは、ミック・フリートウッド(Mick Fleetwood)やジョン・マクヴィー(John McVie)の強固な決意があってこそでしょう。


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ブルース色の濃厚なグリーンの影響から抜け出せたのは、カーワンの貢献も無視できません。結果、ソフト・ロック化してフォーキーなロックに傾き始めたとしても、彼らの魅力が決して薄らいだわけではありません。

『枯木』はカーワンのみならず、ボブ・ウェルチやクリスティン・マクヴィーの成長ぶりを実感するアルバムです。一人のスター・プレーヤーに依存するのではなく、どこから玉が飛んでくるかわからないスリルすら感じます。それにしても、このアルバムは売れなかった。(またかよっ・・・て声が(笑)

私にとって『枯木』は、どこか陰りのある典型的なブリティッシュ・サウンド。米国ではかろうじてチャートにかすったものの、英国では全く話題にもなりませんでした。それでも地味に根強い人気を誇るアルバムです。『枯木』はこの時期のマックとしては、唯一のGold扱いとなりました。心からCongrats!です。


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カーワンは『枯木』のサポート・ツアーで四面楚歌となり、1972年に解雇されます。彼の飲酒癖に起因する素行の悪さや奇行。さらにメンバーと派手にトラブるてん末。その後、カーワンはソロ作をマーケットに問うものの、佳曲はあれどフォーカスの甘さが災いしてか、鳴きはしても飛ばず状態。

それがこの『Second Chapter』(1975年)。ですが、忘れ去るには余りに惜しい作品。「Hot Summer Day」や「Cascades」など、珠玉のメロディを誇る曲がいくつもあります。

ですが、その後のカーワンと言うと、なかなかいい話は聞こえてきません。1993年当時の(42歳)のインタビューによると、失業保険と雀の涙ほどの印税暮らし。相変わらずアルコール依存に苦しみ、精神的にも泥沼状態。


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その後、2000年(50歳)になって、コンピレ『Ram Jam City』をリリースしようという機運が高まりました。カーワン君、ようやく日の当たる場所に出てきたという感じです。間違っても「そんなCDカーワン」なんて言ってはいけません(苦笑)

そこに至るまでには、意外にも元妻クレア(Clare)の助力があったそうです。クレアを通じてカーワンの貴重な消息が伝えられました。クレアはインタビュアーに、カーワン50歳の誕生日を祝う写真を見せたとか。写真に見る彼は、1993年のインタビュー時より、ずっと元気そうだった。

彼は時折、アルコール依存症患者のためのケア・センターの部屋で、ギターをつま弾いているそうです。彼のアルコール依存は解消されたのでしょうか。その記事にあったのは、彼をエリック・クラプトン(Eric Clapton)の例の施設に保護してもらうべきではないか、という意見。


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その施設「Eric Clapton's Crossroads Centre」はカリブ海、西インド諸島に浮かぶアンティグア島(Antigua)にあります。ドラッグおよびアルコール依存患者の社会復帰を目指す施設で、創設者はエリック・クラプトン本人。

ここに、創設者のクラプトンからのメッセージが載っています。クラプトンのサムネイルをクリックしてみて下さい。crossroadsantigua.org

マック在籍時より、アルコール依存、かつドラッグ濫用者だったダニー・カーワン。その彼が、こうした無垢な曲を編むことが出来た奇跡に感謝すると共に、彼が早く心の病から解かれることを祈っています。


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Danny Kirwan – guitars, vocals
Andy Silvester – bass guitar
Paul Raymond – piano
Geoff Britton – drums
Jim Russell – drums, percussion
Gerry Shury – string arrangements






<第31話  Fleetwood Mac 『Bare Trees』  (1974) へ>

テーマ : 洋楽ロック
ジャンル : 音楽

第126話 King Crimson 『Islands』 (1971)

今夜の一曲  Ladies Of The Road


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クリムゾンのライブ演奏は、ギグごとにかなり異なったアプローチをとることで知られています。ゆえに、コアに聞き込むほどに、病的な世界がエンジョイできます(笑)。

そういう理由で、私のブート・コレクションの中でも一番多いのがクリムゾンだったりします。前夜、とりあげた「Ladies Of The Road」 にしても、これをライブごとに追っていくと、この曲がどういう経緯で出来上がっていったかがわかってドキドキします(やはり私は病気?)。

この曲はアルバム『Islands』に収められています。発売こそ1971年12月3日でしたが、リリース以前から、ステージで演奏されていました。それを追うことで、メンバーたちがこの曲をどう解釈してきたかが浮かび上がってきます。

クリムゾンは1970年12月11日に『Lizard』をリリース。しかし、ギグのリハーサル中、レコーディングを支えたメンバーが次々とバンドを去っていきます。フリップは急遽、メンバーの穴埋めをした上で、ギグのためのリハーサルを行う必要に迫られました。

こうして1971年、新たなギグと、新作のための作曲活動がスタートしました。クリムゾンは三度に及ぶ英国ツアーの後、『Islands』をリリース。その後、米国ツアーを敢行。年が明けた1972年にも、引き続き米国ツアーをスタートさせています。


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「Ladies Of The Road」のコンサート初出はわかりませんが、手始めに1971年5月11日のギグの音源を聴いてみましょう。Plymouth Guildhallでの演奏です。これは珍しい演奏で、アルバム収録の構成とは全く違った曲が聴けます。

ライブにおける曲の基本構造は、メロ部をA、サビをB、GuitarソロをG、SaxソロをS、コーダの"Ladies Of The Road!"のコーラスをCとすると、次のようになっています。A1・A2・G・A1・B・A2・A1・B・G・C・S。最後のA1は二行のみです。

歌詞も、メロ部の4行目が少しずつ違ったり、コーダのコーラスとサックス・ソロとの間隔がかなり離れていたりします。歌詞に関しては、アルバムではA1でsmiledとなっているのが、ここではまだlaughedとなっています。

フリップのギターのファズも深く、ヴォーカルもVCSを通したような凄みのある音像になっていて、かなり邪悪なイメージが強調されたパフォーマンスとなっています。


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このPlymouth公演は、第一次英国ツアー(5/11~6/2)のものです。次に、第二次英国ツアー(8/9~9/28)の演奏を聴いてみましょう。1971年8月10日、Marqueeでのライブ・パフォーマンスです。

曲の基本構造に大きな変更が加えられ、A1・A2・S・A3・B・A4・A1・G・C・S。これは現行の構成にかなり近づいたものです。メロ部に新たにA3・A4が加わりました。しかし歌詞は全く異なっています。二行のみ歌われる二度目のA1は、最終的にアルバムではまだ見ぬA5に差し替えられる運命です。

A1の歌詞の一部は最終版とは異なり、SaidをCried、SmiledをLaughedで歌うヴァージョンになっています。サビのBも、何だかビートルズのイメージに一番近い印象で歌われます。

しかし、第一次英国ツアーのPlymouth公演との最も大きな違いは、何と言っても、ソロの構成が見直され、大きな変更が加えられたことです。つまり、A2とA3の間のソロがギターからサックスへと変わり、以後このパターンが踏襲されます。確かにunzippedの後のわいせつシーンを描写するのに、サックスほどふさわしい楽器はないでしょう。

もう一点ですが、最後のギターソロに続くコーラスとサックスは、ほぼ同じタイミングで演奏されるようになりました。


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さて、同じく第二次英国ツアーから1971年9月10日、Wolverhampton Civic Hall公演。この時期、A3とA4の歌詞がようやく確定したようです。

また、二行のA5メロが初めて登場。これが例のマロン・グラッセの歌詞が歌われる部分です。"Like marron-glaced fish bones. Oh lady hit the road!"ですね。 ただし、CriedとLaughedの部分はまだ変更が加えられていません。

演奏はひときわジェントルな雰囲気で始まります。Bのコーラス部にかけられたマルチ・エフェクトが繊細なタッチを醸し出し、好感が持てる演奏です。


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さて、今度は第三次英国ツアー(10/8~10/30)の1971年10月9日Preston公演。まだCried、Laughedのままの歌唱です。ところが、6日後のBournemouth Winter Gardens Concert Hall公演で一つの変化が・・・

それは、Criedの部分は相変わらずですが、これまでLaughedと歌ってきた部分が、最終ヴァージョンのSmiledに確定しているのです。

演奏面では、二度目のBでたびたび観客の茶々や笑いが入ること、そしてギターソロ部分が、ギターというよりも、バイオリンかメロトロンのようにも聞こえてしまうことが特徴です。

ブートですから、録音のクオリティの問題で、そう聞こえるのかもしれません。この日の演奏はとことん荒れ狂った末、無に昇華する感じですよ。昇華というより、昇天でしょうか(笑)。


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そして、翌日の1971年10月16日のBrighton Dome公演。ここではドラムスのパターンが違って新鮮です。

Aメロに絡むギターのオブリガードも妙にブルージーだし、ボズのヴォーカルもとことんアンニュイなムード。笑い声が絡んだり、二回目のBでは、何と語りが入ってくる点できわ立っている。


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次に第三次英国ツアーも終盤となった1971年10月29日、Sheffield City Hall公演。相変わらず歌詞はCriedのままですが、A1のバックのドラムスが途中リズム・キープをやめたり、ライドシンバルを鳴らしたりする。A3では、ギターがバッキング・パターンを変えたりします。

そして、コーダのサックス・ソロは、これまで聴いたことのないフレーズを連発し、最高のブロウで魅せるという展開です。


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そして1971年12月3日。満を持してクリムゾンの4枚目のアルバム『Islands』がリリースされます。ここでの「Ladies Of The Road」のバージョンは、VCSシンセが味付けに使われ、ギター・ソロの逆回転が挿入された完成版とも言うべきものに仕上がりました。

きわだった違いがまだあります。それはA1の歌詞の一部で、これまで一貫してCried, "Peace と歌ってきたのが、突然Said, "Peace に変更されているのです。これはちょっと首をかしげたくなります。というのもアルバムのレコーディングが10月とされているからです。


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第三次英国ツアー(通称オータム・ツアー)は、10/8~30までとなっています。その間にレコーディングに入ったと考えるのは、不可能ではないにしても、スケジュール的にオーバー・ワークな気がします。

となると、ツアー日程を除外すれば、レコーディングが可能だったのは9/29~10/7迄か、10/31以降と考えるのが自然だと思うのですが・・・しかも、10/29のシェフィールド公演でCried, "Peace と歌っていることからすると、Said, "Peace に変更されたのは、10/31以降とする想像の方が自然だと思うのですが・・・

確かフリップの詳しい日記があったと思うのですが・・・まぁ、でもフリップのことなので、ステージの合間を縫ってレコーディングしていたかも知れないし、ここではボズのVoはまさに最終段階だったと思うのですがね。

アルバム・リリース後、クリムゾンは米国ツアーに出ます。第一次が11/10~12/11、第二次が1972年2/11~4/1です。この期間のクリムゾンのライブ音源を、一つだけ取り上げておきましょう。この曲に、なかなか面白い解釈を加えています。


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1972年2月26日、Jacksonsvill公演。まず、アルバム最終版だったはずのA1の Said, "Peace が Cried, "Peace に逆戻り。そして、A4の出だしの歌詞を、A3の出だしと間違えて歌ってしまいました!

つまり、Stone-Headed を High Diving と歌ってしまいました。さらに二度目のサビメロBの4行目がきわめつけ。オリジナルのラインを捨てて、突然ボズがキレまくる。"Oh, lady. Hit the road!! Yeah yeah yeah etc.."

これが無茶苦茶ソウルフルでかっこいい。アドレナリン全開でぶち切れたボズに喝采を贈りたいところですが、フリップ氏はこれにイラっときたのではないでしょうか。演奏慣れしてきたせいか、余裕と言うべきか。幾分スキも感じますが、全体的に生音を重視した造りで、好感の持てるパフォーマンスです。

ひとつ書きもらしました。アルバム・バージョンのコーダはギグのそれとは違った構成になっています。最後のギター・ソロの後が、サックスとエレピに引き継がれ、コーラスが入るのが遅れる点です。A1・A2・G・A1・B・A2・A1・B・G・S(+el-p)・Cですね。

おおざっぱに書きましたが、ブリッジ部分もボズの歌い方やコーラスのつけ方、エフェクトのかけ方が違う等、コアな楽しみが出来ますので、クリムゾン病患者の皆様におかれましては、今後とも是非、病気をお楽しみ下さい。

私は健全な社会生活をまっとうしないといけないで、これにて失礼いたします。

誰ですか、「もうすでに不治の病(やまい)」と言っているのは?




Robert Fripp – guitar, mellotron, harmonium, sundry implements
Peter Sinfield – words, sounds and visions, cover design & painting
Mel Collins – saxophones, flute, bass flute, backing vocals
Ian Wallace – drums, percussion, backing vocals
Boz Burrell – bass, lead vocals, choreography

Paulina Lucas – soprano vocals
Keith Tippett – piano
Robin Miller – oboe
Mark Charig – cornet
Harry Miller – double bass
Uncredited musicians – strings


テーマ : プログレ
ジャンル : 音楽

第125話 The Warriors 『Bolton Club '65』 (1965)

今夜の一曲  You Came Along (※本アルバムには未収録)


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ジャンルの肩書きが必要ならば、ビートルズに影響を受けた英国のビート・ポップ・バンドとでも。しかし、メンバーを聞いてどっひゃーと思った覚えがあります。ジョン・アンダーソン(Yes)、イアン・ウォーレス(King Crimson)、ジョンの兄ちゃんのトニー・アンダーソン(Las Bravos)、デヴィッド・フォスター(Badger)・・・

しかし、主役はリード・ヴォーカリストとしてスポットライトを浴びるトニー・アンダーソン。収録公演の演目にはジョンがリードを取る曲もあります。そして、Deccaに残したウォリアーズ唯一のシングルが今夜の一曲「You Came Along / Don't Make Me Blue」(1964)です。

ところが、世の中、何が起こるかわからない。彼らのギグを記録した音源が発掘されてしまいました。それがウォリアーズ『Bolton Club '65』。それに飛びついた私もどうかと思いますが、彼らのエネルギッシュなビート・ポップがたっぷり堪能できる怒濤の2CDセット。ジョン・アンダーソン21歳。若い・・・

デヴィッド・フォスターはトニー・ケイ(Key)主導のBadger(1973)の創設メンバーに名を連ねています。おっと、フォスターはジョン・アンダーソンに呼ばれてイエスでも仕事をしていますよ。

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1970年にリリースされた、イエスのセカンド・アルバム『時間と言葉』(Time and a Word)がそれです。曲のクレジットを見てみると、たとえば「Sweet Dreams」のクレジットは(Anderson - Foster)となっています。フォスターはヴォーカリストとして参加。

また、アルバム・タイトル曲の「Time and a Word」 (Anderson - Foster) にもクレジットされていて、フォスターはアコギもプレイしています。どうやらこの二曲はウォリアーズ時代にジョンとフォスターの二人で書き上げた共作曲らしい。

リード・ヴォーカルのトニー・アンダーソンは、その後「Black Is Black」(VoはMike Kogel)のヒットを飛ばしていたロス・ブラヴォース(Los Bravos)に加入。一年間という短期間ながら、主要メンバーとして活動しました。その後のキャリアをひも解けば、何と僧侶になってしまったという変種。

ところでイアン・ウォーレス。ウォリアーズ加入時、彼はまだ初々しいティーンズでした。そういえば、「イアン・ウォーレスはクリムゾンのヴォーカリストのオーディションを受けたが落選し、ボズが当選した・・・」なる噂が流れたことがあります(出典はwikipedia)。


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しかし、友人のCPさんは、「キング・クリムゾンの『サミット・スタジオ1972』(Live at Summit Studios 1972)のCDライナーで、ウォーレス自身が『自分はオーディションは受けてない』と書いてますよ。」と教えてくれました。なるほど!

ところで、ウォーレスのヴォーカルの力量はどうだったのでしょう。あれこれ調べてみましたが、リード・ヴォーカリストとしての活動の経歴はヒットしませんでした。先ほど取り上げたThe Warriorsの『Bolton Club '65』のM11「Too Much Monkey Business」では、トニーがメイン・ヴォーカル、ジョンとウォーレスがVoでクレジットされています。

ウォーレス参加のThe Worldの『Lucky Planet』(1970)についても触れてみましょう。The Worldは元ボンゾ・ドッグ(Bonzo Dog Doo-Dah Band)のニール・イネス(Neil Innes)のバンドです。リード・ヴォーカルはイネス。ウォーレスは、デニス・コーワン(Dennis Cowan)と共に、バッキング・ヴォーカル担当となっていて、ソロ・ヴォーカル・パフォーマンスではありません。


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彼がクリムゾンに移籍するきっきかけとなったのは、The Worldの『Lucky Planet』のギグを見に来たドラマー募集中のロバート・フリップ(Robert Fripp)に言い寄られたからです(笑)。

それでは、クリムゾンでの活動におけるウォーレスのヴォーカル・パフォーマンスに目を向けてみましょうか。

クリムゾンの4枚目『アイランズ』(Islands)では・・・やはりボズ・バレル(Boz Burrell)のリード・ヴォーカルに対して、ウォーレスとコリンズの二人がコーラスをつける形です。アルバム・トップの「Formentera Lady」では、ボズでもウォーレスでもない女声がスキャットで舞い上がります。

クレジットによれば、彼女の名前はポーリーナ・ルーカス(Paulina Lucas)。soprano vocals、或いはただ単にsopranoとクレジットされています。彼女もまた故人となってしまったようですが、詳しいキャリアをご存知の方はいませんか?


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いずれにせよPaulina Lucasの担当はヴォーカリゼーションであって、『アイランズ』にはボズ以外のヴォーカリストがリードを取る場面は見られません。そういう意味では、ウォーレスは最後の最後までヴォーカリストに憧れながら、とうとう陽の目をみることはなかったようにも思えます。

それでも、ウォーレスはこれまでのキャリアから分かるように、ヴォーカリストとしての活動に憧れを抱いてきました。事実、いくつかの曲で彼が見せてきたハーモニー・ヴォーカルは捨てがたい魅力を持っています。

その良い例が「Ladies Of The Road」のビートルズ風のコーラス・ワークでしょう。しかし、この曲の歌詞はひどいもので、私のような紳士にとってはちょっとお下劣で感心しません(ここ笑うところではありません)。

ピート・シンフィールド(Pete Sinfield)のペンになるグルーピー賛歌など、ごめんこうむりたいのが本音ですが、彼には彼の独特の屈折した女性観やグループ(或いは特定のメンバー)に対する絶望があるような気がしますね。


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フリップはあるコンサートで、自分の母親に向けて「ごめんなさい、こんな曲を演って」みたいな釈明をしたそうです。ちょっと未確認なので本気なのか冗談なのか、含みが伝わってきません。それにボズはどんな思いでこの詞を歌っていたのか・・・

ところで、フィル・コリンズ(Phil Collins)は1972年に、ウォーレスをファイバリット・ドラマーにあげています。これは最高の栄誉というしかありません。

しかし、『アイランズ』発表の翌年、シンフィールドはグループを去りました。この編成の初期の段階から、シンフィールドはボズを無知だと罵倒する場面があったり、フリップ主導の音を奏でることで深まる対立構造の中、残されたメンバーたちは自分の音楽とは何かわからなくなるジレンマもあったのでしょう。


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その後、ウォーレスやコリンズもグループを脱退してしまい、フリップは結局「そして一人が残った」というジェネシスもびっくり!の状態でした。

バンドには様々なケミストリーが作用し、舵を切るものの思いとは別に、全く予想もつかない方向へと漂流していくことがあります。

いやはや、ウォーリアーズをきっかけに話は尽きませんね(笑)。

David Foster - Bass Guitar and Harmonies
Jon Anderson - Harmony Vocals
Tony Anderson - Lead Vocal and Harmonica
Ian Wallace - Drums
Rod Hill - Guitar
Mike Brereton - Guitar



テーマ : 洋楽ロック
ジャンル : 音楽

第123話 David Hemmings 『Happens』 (1967)

今夜の一曲  Anathea


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このアルバムの存在を初めて知った時には、さすがにぶっ飛んだ。デビッド・ヘミングス。この男はミケランジェロ・アントニオーニ(Michelangelo Antonioni)監督の『欲望』(Blow-Up)(1966)に主演した俳優だったからだ。

この曲、思いっきりサイケでラーガでヨレている。アルバム自体も商品価値ゼロなのか値千金なのか、判断に悩む異端の一発。一切の評価を拒否する勢いとはこのこと。これ、売れたのか?いや、こんなの売れるはずないじゃん!彼に歌の素養はあったのか?バックの演奏は一体何者?シタール弾きはどこのどいつ?英国人の彼がどうして米国でレコーディング?しかもMGMとは?

う~ん、本人の素性がわかってさえ、謎にまみれたアルバム筆頭だ。事実、歴史に埋もれた本作が脚光を浴びたのは、ヘミングスがこの世を去った2003年になってからのことだった。

いきなり歌手デビューだなんて、一体どんな成り行きだろう。なんて言うか、一介の映画俳優が、こういうアルバムをさらっと作っちゃうというのが文字通りミステリアスな時代ですね~。

それにしてもだ、『欲望』のあの碧眼の美青年が、このジャケではおっさん顔だ。どうしちゃったの? え? いらんおせっかいか。


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『欲望』が1966年、本作『Happens』が1967年。二つを結ぶ糸は何?その謎を解く鍵はアルバムがMGM Records からリリースされた事ですね。『欲望』はMetro-Goldwyn-Mayer配給なので、発売がその系列のMGM Recordsという訳だろう。

ヘミングスは俳優として世に出る前にはオペラを歌っていた経歴があった。彼の歌に対する憧れと、映画のプロダクション側からオファーの商業的な利害とが、磁石のように引き合った結果がこれなのか。

MGMはアルバムのプロダクションをジム・ディクソン(Jim Dickson)に依頼した。ジム・ディクソンって、あんた誰なのさ。実は何を隠そう、いや隠しはしないが、ザ・バーズ(The Byrds)のマネージャー氏であった。

てなわけでディクソンが呼び寄せたのが、ロジャー・マッギン(Roger McGuinn)とクリス・ヒルマン(Chris Hillman)というわけさ。当時、薬づけの彼らですからね、出てくる音は織り込み済みというわけ。

マッギンとヒルマンは映画『サンタモニカの週末』(Don't Make Waves)(1967)のオープニング・クレジットに流されるメイン・タイトルの「Don't Make Waves」のレコーディングでスタジオを訪れていた。そんな彼らにディクソンが声をかけたわけだ。


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ちなみに『サンタモニカの週末』にはトニー・カーティス(Tony Curtis)、クラウディア・カルディナーレ(Claudia Cardinale)、シャロン・テイト(Sharon Tate)らが共演するロマンチック・コメディ(ラヴコメ?)。

こうして、ハリウッドでレコーディング・セッションが始まった。The Byrdsの演奏とこのバッキングは趣が違う・・・と思います? いいえ、確かにデビュー当時のディラン・ソングを引用したような『ミスター・タンブリンマン』(Mr. Tambourine Man)(1965)や『ターン・ターン・ターン』(Turn! Turn! Turn!)(1965)の大ヒットとは実際ベクトルは違うかもしれません。

サード・アルバムの『霧の五次元』(Fifth Dimension)(1966)まではフォーク・ロックの先駆者としてのイメージが強いかも。でも、それ以降、The Byrdsは大化けする。サイケデリック・ロックの波をモロ受けたばかりでなく、ラーガ・ロックやスペース・ロック期を経て、陰の大番長グラム・パーソンズ(Gram Parsons)の加入によって、カントリー・ロック大会へと大きく舵を切っていく。

The Byrdsのコアなファンは、大ヒットとは無縁になってからのチャレンジあってこそ、彼らに心惹かれるのではないだろうか。ちょっと整理してみると、The Byrdsの『昨日よりも若く』(Younger Than Yesterday)が1967年2月。『名うてのバード兄弟』(The Notorious Byrd Brothers)が1968年1月。

・・・ってことは、ヘミングスの『Happens』が67年9月なので、二作の丁度中間にリリースされたアルバムです。そう考えると、『Happens』におけるマッギンとヒルマンの演奏スタイルには、無茶苦茶合点がいきますよね。


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つまり、当時、The Byrdsはフォーク・ロックの壁を打ち破ろうとしていた。ラーガ的な要素はまさにマッギンとヒルマンが持ち込んだのでしょう。ヘミングスもあの映画を地で行くようなサブカル男だったから、音を出す前からああいった帰結になるのは目に見えていた。

ま、そんなわけでサイケ・ラーガ、一丁上がりってな具合でしょうか。マッギンやヒルマンもドラッギーなお騒がせ男でしたし、『欲望』のシナリオも薬にまみれていたから、このアシッドなアルバムは皮肉にも予定調和だったわけです。スタジオの中はきっと、煙でもうもうとしてたことでしょう。

本曲のAnatheaはB1。ちなみにA1のBack Street MirrorはThe Byrdsを脱退したジーン・クラーク(Gene Clark)の未発曲のヴォーカルをヘミングスに差し替えたもので、アレンジはレオン・ラッセル(Leon Russell)という嬉しいプレゼント付き。

ヘミングスは翌年、あの『バーバレラ』(Barbarella)(1968)にも出演しているので、ジェーン・フォンダ(Jane Fonda)だけでなく、ヘミングスのご尊顔を是非とも探してみて下さいませ。

マッギンの12弦ギターもシタールも聞き所のアルバム。秀逸にして至高の駄作! それにしても、この商品として成立しないような、うさん臭くもうっとりするような作品を世に問う時代というのは、一体、何なんでしょうね。これぞ、永遠の謎なのだ。


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David Hemmings - Vocals
Chris Hillman - Bass
Roger McGuinn - Guitar
Nick Robbins - Synthesizer




テーマ : サイケデリック
ジャンル : 音楽

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ticca

Author:ticca
 音楽ネタを中心とした雑記帳です。

 60年代後半から70年代にかけてのワールドワイドなロック、ポップス、プログレ、アシッド、サイケ、フォーク、ジャズロック、ジャズなどの話題を主に、ひっそりメモってます。

 それぞれの記事はその時々のフィーリングで書いていますが、基本形はある曲をきっかけに感じた雑感が題材になっています。

 私は単なる音楽愛好家ですので、記事に関しては、思い込みや勘違いがたっぷりあることかと思います。その点はご容赦願います。もし、お気づきの点があれば、ご指摘下さい。

 個人的に思い入れのあるものを主に綴っていますので、マイナーかつ気まぐれなセレクション、お許し下さい。

 それでは、今宵の音楽夜話におつきあい下さい。

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