第141話  Chico Hamilton 『Peregrinations』 (1975) (ペレグリネーションズ) 

今夜の一曲 Abdullah And Abraham

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ジャジーな夜、第三弾、「C」のコラムです。

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Cannonball Adderley - Willow Weep For Me 
この大食漢(cannibal)な男 キャノンボール(Cannonball)アダレイは、ジャズのイディオムすら喰らい尽くすかのように、多彩な表現力でオーディエンスを魅了した。 『Bohemia After Dark』 (1955)

Cassandra Wilson - Red Guitar  
カサンドラ・ウィルソン来日!ってことでマイ・ブームに盛り上がったが、仕事とバッティングして涙の海に沈む。TIME誌絶賛の米国ジャズ・ヴォーカリスト。ブルージーかつ官能的な物憂い歌唱でグラミー受賞二度。クロスジャンルなのに八方美人を感じさせない魅力。 『Another Country 』 (2012)


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Chick Corea - Touchstone: Procession, Ceremony, Departure 
リターン・トゥ・フォーエヴァーが久々の再会を果たして話題になった。アル・ディ・メオラ(Al Di Meola)、スタンリー・クラーク(Stanley Clarke)、レニー・ホワイト(Lenny White)、パコ・デ・ルシア(Paco de Lucía)、ゲイル・モラン(Gayle Moran)らの競演に狂喜。 『Touchstone』 (1982)

Chick Corea & Herbie Hancock - Maiden Voyage 
1978年2月。二人のマエストロが電気楽器を捨ててアコピ一つで相まみえたデュエル。こんなコンサートを視た人は幸せだ。 『Evening With Herbie Hancock & Chick Corea In Concert』 (1978)


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Chico Hamilton - Gengis 
チコ・ハミルトン。米国を代表するジャズ・ドラマー。チャールズ・ミンガス(Charles Mingus)やデクスター・ゴードン(Dexter Gordon)とは、チコが学生時代(Jefferson High School)に参加したジャズ・バンドつながり。2013年没。彼はマレットとブラシのウィザードでもあった。 『The Master』 (1973) Enterprise, Stax

Chico Hamilton - The Morning Side Of Love 
ジョー・ベック(Joe Beck)のギターが妙にエロティックに響く。チコは、デクスター・ゴードン(Dexter Gordon)、レスター・ヤング(Lester Young)、カウント・ベイシー(William "Count" Basie)らのバンドで揉まれる中で自身の音を作り上げてきた。jazzyでsoulfulでfusionでspiritualでbossaな『Peregrinations』(ペレグリネーションズ)より。 (1975) Blue Note

Chico Hamilton - Peregrinations 
チコ・ハミルトンの門下から旅立ったメンツには、ロン・カーター(Ron Carter)、ラリー・コリエル(Larry Coryell)、エリック・ドルフィー(Eric Dolphy)、ジム・ホール(Jim Hall)など。ここでチコは、バディ・コレット(Buddy Collette)やチャールズ・ロイド(Charles Lloyd )に負けぬ逸材、アーサー・ブライス(Arthur Blythe)と組んで気を吐いた。


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Curtis Stigers - Real Emotional

器用さが裏目に出るアーチストもいる音楽の世界で、カーティス・スタイガースは見事にファンの心をつかんだ。サックス演奏もヴォーカルも、実に堂に入ったものだ。乾いた心を潤してくれる一服の清涼剤。 『Real Emotional』 (2007)

ではでは。みなさん、よい夢を・・・


Chico Hamilton - drums, percussion
Arthur Blythe - alto saxophone
Arnie Lawrence - tenor saxophone, soprano saxophone
Joe Beck, Barry Finnerty - electric guitar
Steve Turre - electric bass, trombone
Abdullah - congas, bongos, percussion
Jerry Peters - piano, electric piano
Charlotte Politte - synthesizer programs
Julia Tillman Waters, Luther Waters, Maxine Willard Waters, Oren Waters - vocals

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第124話 The Byrds 『Fifth Dimention』 (霧の五次元) (1966) U.S.

今夜の一曲  Eight Miles High 「霧の8マイル」


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デビッド・ヘミングス(David Hemmings)の『Happens』を支えたマッギン=ヒルマンを擁する本家ザ・バーズ(The Byrds)の、サイケ・ロックの先駆けともされる「エイト・マイルズ・ハイ」。1966年3月14日の先行シングル・リリースを受け、彼らのサード・アルバム『霧の五次元』(Fifth Dimension)(1966年7月)に収録された。

The Byrdsは、1st『ミスター・タンブリンマン』(Mr. Tambourine Man)(1965)や2nd『ターン・ターン・ターン』(Turn! Turn! Turn!)(1965)のフォーク・ロックの枠から飛び出していく。彼らの進撃を予見するような挨拶状がわりの一発がこれだ。

クリス・ヒルマン(Chris Hillman)のベースにデビッド・クロスビー(David Crosby)のリズム・ギターが加わり、ロジャー・マッギン(Roger McGuinn)の12弦リードが入った瞬間、リスナーはすでに異空間に迷い込む。


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テリー・メルチャー(Terry Melcher)のプロデュースを外れて心労も多かったはずだが、楽曲のクオリティーは高い。クロスビーがツアー・バスに持ち込んだラヴィ・シャンカール(Ravi Shankar)のラーガと、ジョン・コルトレーン(John Coltrane)のフリー・ジャズ。それを聴いたジーン・クラーク(Gene Clark)が構想を得た「霧の8マイル」(Eight Miles High)。

※コルトレーンの『インプレッションズ』(Impressions)(1963)の「India」が直接のインスピレーションの源泉だった。


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異種のジャンルを貪欲に吸収していくミュータントとしてのロックの面目躍如と言えるだろう。作曲のクレジットはクラーク、マッギン、クロスビーの連名。だが、クラーク没後に各自の貢献度に関してマッギン=クロスビーの新たな証言があり、それをめぐって諸説入り乱れたものの、基本的にはクラークの作品とされている。

このサウンド・レイヤーはフィル・スペクター(Phil Spector)の影響もありそうだが、コルトレーンのサックスのブロウを12弦のリッケンバッカーに置き換えて解釈したギター・ソロや、ラーガ風のドローンをイメージしたようなヴォーカルを含めたトータル・アンサンブルが特徴的。

けれども、この曲はビルボード・シングル・ヒット・チャートで最高14位止まり。おまけに、ドラッグ・ソングのレッテルを貼られて放送禁止処分に甘んじる。それがたたって、チャート・アクションが鈍かったという見方もあるが、基本的には曲の複雑な構造が災いした。当時は、2分半を越える曲は徹底的にラジオ局に敬遠されたし、プロダクション側も積極的なプロモーションには及び腰だった。


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「ミスター・タンブリンマン」(Mr. Tambourine Man)や「ターン・ターン・ターン」(Turn! Turn! Turn!)が全米No.1だったことを思うと、人気に陰りともとれる。しかし、この曲のトリップ感・浮遊感・昂揚感は異彩を放っている。

作詞・作曲の核となったのはバンドのソング・ライティングの要、ジーン・クラーク。だが、彼はグループ内での孤立感を抱えていたし、心の問題や飛行機での移動が苦痛だったため、この後すぐバンドを離れてしまう。

クラーク脱退の結果、他のメンバーの才能が開花するという福音がもたらされる。加えて、バンドの音はこれまでのフォーク・ロック路線(ビートルズ+ディラン)÷2から、より実験的なサウンドを志向することになる。ただ、クラーク時代に恵まれたチャート・ヒット路線からはこれ以降、疎遠になってしまったのも事実だ。


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ヴィレッジ・ボイス(Village Voice)誌は、「霧の8マイル」に「世界で初めてのラーガ・ロック」の称号を与えた。シングルのプロモーションにおいても、ロジャー・マッギンはインタビューにシタールを持ち込んでアピールしています。

しかし、実はレコーディングにシタールは使われていません。シタールを使わずに、ラーガの雰囲気を持ち込んだわけですが、なんのこっちゃですかね。


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ここで、よい子はちょっと疑問を解決しておきましょう。この曲は初のラーガ・ロックのタイトルを授与されたと書きましたが、腑に落ちない思いをした方もいたのではありませんか?というのも、すでにThe Beatlesのジョージ・ハリソン(George Harrison)が「ノルウェイの森」(Norwegian Wood)でシタールを導入してますよね。『ラバー・ソウル』(Rubber Soul)のリリースは1965年12月3日でした。

それに対してThe Byrdsの「霧の8マイル」は1966年3月のリリースです。ということは、The ByrdsはThe Beatlesの後塵を拝したということでしょうか。

実は、ここに興味深い事実があります。1966年3月リリースのシングルは、実はコロンビア・スタジオ(Columbia Records)で録音された再録音であり、オリジナル・レコーディングはL.A.のRCAスタジオで1965年12月22日に行われています。ですから、なかなか面白いタイミングですよね。


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ミュージシャン同士が互いに影響を及ぼし合うのは茶飯事でしょう。The BeatlesはThe Byrdsにインスパイアされて「If I Needed Someone」を書いていますし、The ByrdsはThe Beatlesの「Eight Days A Week」(1964年12月)にヒントを得て「Eight Miles High」のタイトルを最終的に決めたと言うエピソードさえある。

一世を風靡したラーガ・ロック。影響を受けたアーチストは星の数。ザ・ビートルズ、ドアーズ、ザ・ローリング・ストーンズ、サイモン&ガーファンクル、ザ・キンクス、トラフィック、ザ・ヤードバーズ、ドノヴァン、ジェファーソン・エアプレイン、クインテサンス、レッド・ツェッペリン、ザ・ムーディ・ブルース・・・。

西洋音楽と異なる、うねるような独特の時間感覚が、サマー・オブ・ラブ(Summer of Love)を掲げるミュージシャンの心を捉えたのでしょうか。


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Jim (Roger) McGuinn - lead guitar, vocals
David Crosby - rhythm guitar, vocals
Chris Hillman - electric bass, vocals
Michael Clarke - drums
Gene Clark - vocals, tambourine, harmonica
+
Van Dyke Parks - organ
Allen Stanton - string section arrangement







テーマ : サイケデリック
ジャンル : 音楽

第122話 Herbie Hancock / The Yardbirds 『Blow Up』 (欲望)(1966)

今夜の一曲  Main Title from Blow Up


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ミケランジェロ・アントニオーニ(Michelangelo Antonioni)と言えば『赤い砂漠』(1964)とか『砂丘』(1970)?それとも『欲望』(1966)? 不条理映画の筆頭にも挙げられるその『欲望』のサントラを、ハービー・ハンコック(Herbie Hancock)が担当した事はご存知でしょうか。

『砂丘』ではアメリカの破天荒なヒッピー社会を描き出し、ピンク・フロイド(Pink Floyd)やグレイトフル・デッド(Grateful Dead)の持ち歌がサントラに導入されました。

一方、英・伊合作の『欲望』のオリジナル・サウンド・トラック(OST)にはハンコックは勿論、ジャズ界のVIP陣を配したコンボの摩訶不思議な演奏が収められています。それ以外にも驚きの収録曲があるのですが、この点は後に触れてみましょう。


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この作品は、まさにモッズたちとドラッグとファッションのカルト映画。それにも関わらず、いや、それだからこそ、本映画はカンヌ国際映画祭のパルム・ドール(Palme d'Or)に選定されています。

パルム受賞作品と言えば『タクシー・ドライバー』(Taxi Driver)、『甘い生活』(La Dolce Vita)、『男と女』(Un homme et une femme)、『地獄の黙示録』(Apocalypse Now)など、実にそうそうたる作品が受賞の栄誉に預かってきました。

ネット上に予告編のクリップがあります。まさにシュールで難解な不条理映画そのもの。これは当時の世の中が現実と幻想とが「ない交ぜ」になっているというよりも、アントニオーニ自身が独自の世界観をドラッグの陶酔感と悪夢そのものに、映画というフォーマットに仕立て上げたと言うべきか。




その典型が、車で乗りつけた真っ白なフェイス・ペインティングのモッズ集団が、テニスのパントマイムに興じるシーンでしょう。主人公のカメラマン、トーマス(Thomas)もいつしか幻想の世界に迷い込んでいく・・・

トーマスのモデルは実在のファッション・カメラマンで、彼を巡るサスペンス・ストーリーは一切の謎解きを拒否する筋立て。登場するモデルは当時上り調子のフェルシュカ(Veruschka)ですよ。おまけにジェーン・バーキン(Jane Birkin)までちょい役しちゃっているので、ファンの皆さまはスクリーンに釘付けですね。

おっと、忘れてはいけません。この映画の最大の見所の一つが、ジミー・ペイジ(Jimmy Page)とジェフ・ベック(Jeff Beck)がツイン・リードを取るヤードバーズ(The Yardbirds)のライブ・シーン。曲は「Stroll On」ですね。え?「Stroll On」って何かって?


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元歌は「Train Kept A-Rolling」ですよ。収録にあたり、この曲の権利会社から多額の使用料を請求されたため、替え歌にしてライブ収録したのだとか。ペイジとベックのツイン・ギターが何故レアなのかと言うと、それは、本来の編成では、ペイジはベース担当だったからです。ベックが脱退して初めて、ペイジはギターに持ち替えたんです。

というわけで、このライブ映像はレアなわけですね。当初、出演を依頼されていたのはザ・フー(The Who)でした。しかし、「ギターを壊してくれ」というプロダクションからの要求に対して条件が折り合わず、ピート・タウンゼント(Pete Townshend)に拒否られた結果、ヤードバーズが大抜擢。

しかし、ベックはギターを壊し慣れてないせいか、タウンゼントのような迫力には欠けますね(笑)。いや、衝撃的なのはその後の展開。でも、わかる気がする。人間、欲しかったおもちゃを手に入れれば、次のおもちゃが欲しくなるものです。目的を達する迄の過程にこそ価値がある・・・

あ、何のことを言ってるのかと言うと、これですね。3分45秒のシーンです。




ハンコックとヤードバーズのオリジナル曲以外に映画で用いられたのは、ラヴィン・スプーンフル(The Lovin' Spoonful)のカバーが二曲、そしてトゥモロウ(Tomorrow)の曲が二曲です。

トゥモロウと言えば、スティーブ・ハウ(Steve Howe)がイエス以前に在籍していたグループとして知られています。プロデュースは何と『A Teenage Opera』のマーク・ワーツ(Mark Wirtz)先生。トゥインク(Twink)やキース・ウェスト(Keith West)もメンバーに名を連ねていたよなぁ。

全編スウィンギング・ロンドン(Swinging London)の強烈な匂いを閉じ込めたカルト映画ですが、まぁ、こんな街には絶対に住みたくない。でも、妙に安心してこの映画を鑑賞できるのは、映画上のロンドンが実際のロンドンとは異なる、実体のない架空の都市として描かれているからでしょう。


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ある意味、バットマン(Batman)の「ゴッサム・シティ」(Gotham City)や、マッド・マックス(Mad Max)の「バーター・タウン」(Barter Town)みたいなフィクション上の創造物に思えるからでしょうか。

さて、この映画はMGM配給なので、ハンコックのOSTもブルーノート(Blue Note Records)ではなく、MGM Recordsから発売されました。ハンコックはそれまで、フィルム・スコアを書いた経験はありません。しかし、アントニオーニがジャズ好きだったこともあり、ハンコックに白羽の矢が飛んできたのです(笑)。

時期的にはハンコックがマイルスとのコンボで活動していた頃ですが、ソロ作でざっくりくくると、『処女航海』(1965)と『スピーク・ライク・ア・チャイルド』(1968)の間にあたります。

彼は最初、ロケ地の英国ミュージシャンを使って曲を録音します。しかし、その出来映えに満足できず、本国のアメリカに戻ってからニューヨークで録音し直しています。その結果、集まったミュージシャンが、名うてのスター・プレイヤー達ばかり。


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『処女航海』で一緒だったフレディ・ハバードやロン・カーター。フィル・ウッズ、ジャック・ディジョネット、ジム・ホール、ジョン・ヘンダーソン、ジョー・ニューマン。

ハンコックはピアノ、スコア、アレンジ、コンダクターにクレジットされています。ジミー・スミス(org)のクレジットが思いっきり気になりますが、このオルガンは、セッション時にスタジオに居合わせたポール・グリフィン(Paul Griffin)とも言われています。まったくご機嫌なグルーヴを聴かせてくれますね。目尻が下がります。

幻想と現実とが錯綜するサブカル・フィルムながら、予告編のエンド・タイトルを見ると、ニューヨーカーやタイム誌、ニューズウィーク誌、ライフ誌等で「ベスト・ピクチャー・オブ・ザ・イヤー」のタイトルを授かったようです。


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大切なことを書き忘れていました。『欲望』の原題は『Blow-Up』。公園で逢瀬を楽しむ二人を撮った写真に写った死体を「拡大(Blow-Up)」するシナリオにちなんでいます。

メイン・キャラの二人のクレジットを紹介しないといけません。ジェーンがヴァネッサ・レッドグレーヴ(Vanessa Redgrave)。『オリエント急行殺人事件』(1974)や『ジュリア』(1977)で知られる名女優。

そしてカメラマンのトーマスがデヴィッド・ヘミングス(David Hemmings)でした。『バーバレラ』(1968)や『プロフォンド・ロッソ』(1975)などなど。『時計じかけのオレンジ』のアレックス(Alex)役の最有力候補の1人でもありました。

と言うわけで、次回の音楽夜話は・・・




Herbie Hancock: piano, melodica
Freddie Hubbard: trumpet
Joe Newman: trumpet
Phil Woods: alto sax
Joe Henderson: tenor sax
Jimmy Smith: organ
possibly Paul Griffin: organ
Jim Hall: guitar
Ron Carter: bass
Jack DeJohnette: drums

Except track 7 performed by the Yardbirds
Jeff Beck: guitar
Jimmy Page: guitar
Keith Relf: harmonica, vocals
Jim McCarty: drums
Chris Dreja: bass

テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

第121話 Herbie Hancock 『Speak Like a Child』(1968)

今夜の一曲  Speak Like a Child


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七歳の時にたった五ドルで買い与えられた、教会のおさがりのおんぼろピアノ。その少年が後に、ジャズ界を革新に導く先導者の一人になろうと、一体誰が想像できたでしょう。

マイルスのコンボでめきめき実力をつけたHerbert Jeffrey Hancockこと、ハービー・ハンコック。彼が1968年にリリースしたアコースティック・ジャズの傑作が『Speak Like A Child』です。

『Maiden Voyage(処女航海)』(1965)から三年。ハービーが『Speak Like a Child(スピーク・ライク・ア・チャイルド)』で試みたのは、今でこそオーソドックスな手法ながら、当時は意外性のかたまりでした。


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メンバーはRon Carter(b)、Micky Roker(ds)に加えてThad Jones(Flh)、Peter Phillips(b-tb)、Jerry Dodgion(a-fl)の三管。ピアノ・トリオにスリー・ピースのホーン・セクションといえば、通常はtb, sax, tpあたりでしょう。それが、どういう訳か、聞いたことのない編成ですよね。

この構成こそ、まさに意図的とみるべきでしょう。そのソフトなトーンのホーン・セクションが、ハンコックのピアノに寄り添うようなアンサンブルを見せる。それを支えるリズム・セクションの躍動。驚くのは、三管フロントのインタープレイがないんです。アドリブ合戦にもつれ込まず、ソロパートの奪い合いにもならない。

あのサド・ジョーンズ(Thad Jones)が、よくぞこのパフォーマンス・ポジションを承諾したものだと思う。バンド・メンバー全員が同じ哲学を持っていないと、このセッションは破綻しかねなかった。どこまでも透明感のあるハンコックのピアノ、それを引き立てる叙情味あふれる緻密なアンサンブル。


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この斬新なバンド・サウンドの構想を、ハンコックはどこから得たのか。もともとクラシックの素養のあった彼は、コンチェルト・フォーマットにヒントを得たのか、或いは、もっと直接的にマイルス・デイヴィス(Miles Davis)とコラボレートすることの多かったギル・エヴァンス(Gil Evans)の薫陶を得たのか・・・?

子供時代のいろんな思い出の断片が浮かんでは消えていく・・・そんなノスタルジックで謎めいた空気もある。この時期のアメリカ社会は激しく動揺していた。混迷激動の時代を見すえながらも、無垢な少年時代を内省的に振り返る・・・そんなハンコックのコンセプトがじんわり伝わってきます。

このあたり、同じくマイルス門下生のチック・コリア(Chick Corea)やキース・ジャレット(Keith Jarrett)とは異なる志向性を感じます。加えて、「ライオット」(Riot)や「ソーサラー」(Sorcerer)など、前年にマイルスとセッションした音源と比べても、手触り感が全く違って面白いですね。


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マイルスとのコラボではクールなテンションがひたすらカッコよかった。ここではハンコックは音の一つ一つの色彩感を大切にした印象派的な音作りに徹します。本作でハンコックのとったアプローチは結構、計算づくだったのかな。こういう編成でこういうヴォイシングで迫れば、こういうムードになる・・・とわかった上での確信犯。

ドラムスからトニー・ウィリアムス(Tony Williams)をハズして、ブルー・ノートのお抱えドラマーのミッキー・ローカー(Mickey Roker)を起用したのもアルバム・トータルのイメージを考えての事でしょう。標題曲は、ちょっとボッサ入れてみました的な遊び感覚もあって飽きさせません。

ロマンチックなシルエット・ジャケの写真モデルの正体はご存知でしょうか。これはハンコックと、当時、彼の婚約者だったGudrun (Gigi) Meixnerとのことです。この夢見心地のジャケットが、本作を名盤の地位に高めるのに一躍買ったのは間違いないでしょう。


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発売からまもなく半世紀。一向に色あせないみずみずしさ。私にとって、ハービー・ハンコックのカタログの中で、もっともよくひっぱり出すアルバムだということを告白しておかなきゃ(笑)。


Herbie Hancock — piano
Ron Carter — bass
Mickey Roker — drums
Jerry Dodgion — alto flute
Thad Jones — flugelhorn
Peter Phillips — bass trombone




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ジャンル : 音楽

第113話 Joe Sample 『Rainbow Seeker』 (虹の楽園) (1978) U.S.

今夜の一曲  Melodies of Love


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「メロディーズ・オブ・ラブ」・・・この曲を聞くと、スイッチが入ったかのように、あの頃の思い出がさらさらと流れ出す。あの懐かしい時代へとタイム・トリップです。アジムス(Azymuth)のテーマ曲で始まるクロス・オーバー・イレブンでもオン・エアされた覚えもありますよ。

この曲は、聞く人それぞれに、自由に想像の翼を羽ばたかせてくれます。押しつけがましさがないので、聞く人ごと、それぞれの心象風景が焼きつけられているのではないでしょうか。さて、あなたの甘酸っぱい思い出は何でしょうか?(笑)


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ジョー・サンプル(Joe Sample)は、まだまだ人種差別の色が濃く残る時代に育ちました。そんな苦しさから逃れようと、彼はひたすら音楽にのめりこみました。そんな背景があるからこそ、彼は「悩みを抱える人たちの心の重荷を解くために、音楽を創るんだ。」って語っているんです。

確かに、この曲の前では、しばし心の痛みを忘れていられる。この曲はジョーの人生哲学が現れた極上のヒーリング・ミュージックなのです。


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ジョーのリーダー・アルバムとしては、1969年の『Fancy Dance』に次ぐ二作目。しかし、作風や演奏スタイルはがらり変わって、音楽的環境や彼の年齢を映してか、いわゆるコンテンポラリー・ジャズの顔をしています。

しかし、それをもって日和(ひよ)ったはと言いたくありません。クルセイダーズ(The Crusaders)や、セッション・ミュージシャンとしての八面六臂の活動から学んだ成果が実を結び、これまでの技巧的なファンク・ジャズとは無縁ながらもコンテンポラリーな作風の佳作に仕上がっています。


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スムーズ・ジャズ? ただの(←傍点つき)フュージョン? そう呼ぶのなら、それでもいい。人は年を重ねていつまでも尖ってはいられませんから。

「Melodies Of Love」はジョーお得意のアコピの響きを大切にしたピースですが、曲によってはスタッフ(Stuff)のようなグルーヴが冴える粋なアレンジが楽しめます。「Islands In The Rain」などはその好例ですね。


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「あなたはジャズ・ミュージシャンですか?」という問いに、ジョーはあるインタビューで「いや、自分はジャズ・ゴスペル・ブルース・ミュージシャンだ。」なんて答えていました。ジャズ・クルセイダース(The Jazz Crusaders)の結成から幾星霜。彼のルーツが様々な音楽様式とブレンドして、至高のスタイルに熟成したかよう。

彼の経歴をさぐってみると、米国テキサス生まれながら、ルーツはその隣国ルイジアナでした。洪水の災禍を避け、その後テキサス東南部に移住。そうした意味でも、彼の音楽的素養は前述の音楽ジャンル以外にも、クレオール文化から多くを学んだのかもしれません。ラテン、クラシックも自然に消化しています。


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1960年にジャズ・クルセイダーズの創設メンバーとして活動を開始。ハード・バップからスタートしてアート・ブレイキーズ・ジャズ・メッセンジャーズ(Art Blakey & The Jazz Messengers)のむこうを張って気を吐きます。

1971年にはグループ名をクルセイダーズに変更。当時の鍵盤奏者を否が応でも巻き込んでいったキーボードのエレクトリック化も、前向きに受け入れました。


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エレクトリック楽器のみならず、持ち味のアコピのプレイ・センスの良さはセッション・ミュージシャンとしての活動にも輝きを与えました。ジョニ・ミッチェル(Joni Mitchell)、マービン・ゲイ(Marvin Gaye)、ティナ・ターナー(Tina Turner)、BBキング(B. B. King)、ジョー・コッカー(Joe Cocker)、ミニー・リパートン(Minnie Riperton)、アル・ジャロー(Al Jarreau)など、数々のアーチストの代表作に貢献しています。

彼は翌1979年にも、同傾向の『Carmel』(渚にて)をリリースしています。1980年代になると、結婚生活の崩壊や、病気の悪化といった逆境に悩まされながらも、その後も息の長い活動をしていました。


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しかし、残念ながら、昨年夏(2014, Sep. 12)、彼の訃報が伝えられたのです。けれども、彼の作品の数々は色あせることなく、これからも、聞く人にみずみずしい感動を与え続けてくれるでしょう。

Keyboards – Joe Sample
Bass – Pops Popwell
Drums – Stix Hooper
Guitar – Barry Finnerty
Percussion – Stix Hooper, Paulinho Da Costa
Flute – Ernie Watts, William Green
Piccolo Flute – Ernie Watts, William Green
Saxophone – Ernie Watts, Fred Jackson, William Green
Trombone – Garnett Brown
Trumpet – Jay DaVersa, Robert Bryant Jr., Steven Madaio
Strings – Joe Sample, Sid Sharp





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ジャンル : 音楽

第112話 Paris 『Paris』 (パリス・デビュー) (1976) U.S.

今夜の一曲  Black Book


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失意のうちにフリートウッド・マック(Fleetwood Mac)を去ったボブ・ウェルチ(Bob Welch)。その彼が、ジミー・ロビンソン(Jimmy Robnson)とともに画策したアルバムは、何とまぁツェッペリンの香りがぷんぷんした。

ロビンソンはマックの『クリスタルの謎』(Heroes Are Hard to Find)(1974)でエンジニアを務めていたが、後にディテクティヴ(Detective)(※)『直撃波』(1977)のプロデュースにアンディ・ジョンズ(Andy Johns)と共に携わるなど、この手のバンド・サウンドに心酔していたフシがある。


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※ツェッペリン主導のスワン・ソング(Swan Song)所属バンドで元シルヴァー・ヘッド(Silver Head)のマイケル・デ・バレス(Michael Des Barres)、元イエス(Yes)のトニー・ケイ(Tony Kaye)を擁するハード・ロック・バンド。そのあまりにZepクローンなサウンドゆえに、プロデューサーのジミー・ロビンソンは、「実はジミー・ペイジ(Jimmy Page)の偽名ではないか?」と噂されたほど。

パリスのパーソネルは、ジェスロ・タル(Jethro Tull)出身のグレン・コーニック(Glenn Cornick)と、トッド・ラングレン(Todd Rundgren)のナッズ(Nazz)出身、トム・ムーニー(Thom Mooney)とのトリオ編成。トムは当初、本作レコーディングのためだけに参加したのだが、メンバー間の協働は鉄壁だった。


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それにしてもだ、このツェッペリン本家に迫る(凌駕する)勢いの技巧的なサウンド・メイキングは驚きだ。シャープに磨き上げられたストイックなギター・リフに覆いかぶさる分厚く重層的なレイヤー。気づけばもうパリスの音宇宙のただ中。

しかし、ツェッペリンと比較するのは失礼というものかもしれない。ヘヴィーなリフと取り憑かれたようにミスティックなメロディーが、脳の聴覚野に突き刺さる。それが頭蓋に反響し、脳髄が不思議に共振する。

このアルバムの魅力の一つはアルバム全編を貫くミスティックでオカルティックな歌詞だったりする。「ブラック・ブック」(Black Book)などその典型だが、そもそもこうしたソング・ライティングはウェルチの十八番(おはこ)だった。


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とは言うものの、マックと言えばピーター・グリーン(Peter Green)もドラッグの影響下、ミスティックな歌詞を書き上げていた(※)。そして、ウェルチもスーパーナチュラル(超自然)でオカルティックな人生観や自然観をテーマに「バミューダ・トライアングル」(Bermuda riangles)や「ゴースト」(The Ghost)、と言った作品を書き上げて真骨頂を示した。

※「The Supernatural」(1967)「Black Magic Woman」(1969)「The Green Manalishi」(1970)など。なお、「The Supernatural」はPeter Green参加のJohn Mayall & The Bluesbreakers 時代の作品。

※実はグリーンやウェルチだけでなく、スティーヴィー・ニックス(Stevie Nicks)も超自然的な視点に共感するような「リヤノン」(Rhiannon)をヒット・チャートに送り込んだ。こちらは、もろメアリ・リーダー(Mary Leader)著の『Triad: A Novel of the Supernatural』(1973)の影響のもと、作られた。


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個人的には『枯木』(Bare Trees)(1972)収録の「The Ghost」などはお気に入りで、ウェルチのヴォーカルと対位法で進行するメロトロン・フルートの妙に、なすすべもなくノックアウトされてしまった。

1999年のウェルチのインタビュー(※)によれば、このメロトロンはクリスティン・マクヴィー(Christine McVie)がプレイしているらしい。

※『The Penguin Q&A Sessions』Bob Welch, November 8 - 21, 1999


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ウェブ上には、このメロトロンが「生フルート」だとか、まさかの「クラリネット」!という評があった。だが、これは恐らく、ウェルチがスクール・オーケストラで6年間クラリネットを吹いていた、という経歴からの想像ではないか。ウェルチは「クラリネットじゃ女の子にもてないことがわかったから、クラリネットはやめたんだ。」と、上記Q&Aセッションで告白している。

『枯木』がリリースされた頃は、フリートウッド・マックの低迷期と言われる。それでもこのアルバムはプラチナ・ディスクを獲得した。バッキンガム&ニックス(Buckingham Nicks)を迎えて大ブレークするマックだが、それに先立つ時期としては、本作が唯一のミリオン・セラー作。


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その味のあるカバー・フォトを撮影したのは、ジョン・マクヴィー(John McVie)だった。英国の冬枯れの寂寥感がひしひしと伝わってくる。

マックの歴史をひもといてみると、ピーター・グリーン(Peter Green)は薬禍による精神変調。ジェレミー・スペンサー(Jeremy Spencer)はドラッグ漬けのあげく、新興宗教(The Children Of God)に入信するために脱退。


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おまけに、『枯木』を最後にダニー・カーワン(Danny Kirwan)もマックを去ることになる。彼は作曲の重圧からストレスにまみれ、何日も食事を摂らず、ビールだけで生きていたという伝説がある。

そのカーワン。コンサート前のチューニングでウェルチと口論になり、拳やら頭やら自ら壁に打ち付け、愛用のレス・ポールまでぶっ壊した。唯一味方だったフリートウッド(Mick Fleetwood)まで敵に回したというから、そりゃ彼の居場所はなくなるはずだ。


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ウェルチはマックの屋台骨としてのカーワンの才能は認めながらも、「煙草はせびるし、全くつきあいにくい奴だった。」とボヤいている。かくして、カーワンはアルコール依存症でクビ。本人も悲惨だったろうが、残された者たちも悲惨の二乗だろう・・・ショービズの世界、皆さん大変ですね。

とりとめもない話になりましたが、マックを巡る人間模様と痴話ばなしは、週刊誌ネタのオンパレード。せめてもの救いは、人間関係の泥沼とは無縁に、残された楽曲群が燦然と輝いていることでしょうか。




Robert Welch – Guitar, Lead Vocals
Glenn Cornick – Bass, Keyboards
Thom Mooney – Drums


<第31話  Fleetwood Mac 『Bare Trees』  (1974) へ>

テーマ : 洋楽ロック
ジャンル : 音楽

第106話 Johnny Mathis  『Heavenly』 (1959) US

今夜の一曲  Misty


106 (6)


週末の夜を一人寂しく過ごすあなたに贈る、珠玉のジャズ・スタンダード・ナンバー。え? ほっとけって?

さて、気を取り直して「ミスティ」です。作曲は、第49話で取り上げたエロール・ガーナー(Erroll Louis Garner)(1954)。

ガーナーは左利きだったこともあり、ビハインド・ザ・ビート(※)と呼ばれる独特のスウィング感を生み出した事でも知られています。この両手のコンビネーションは強烈かつ完璧ゆえ、トリオを越える大がかりな編成を必要としなかったとさえ言われています。

※His Swing-meets-Bop style is immediately recognizable - complex introduction segue into a rhythm play between left and right hands, the right hand playing "behind the beat" set by the left. (Harlem Jazz Adventures: A European Baron's Memoir, 1934-1969, By Timme Rosenkrantz, Fradley Hamilton Garner)
※左手のビートに遅れ気味に右手の演奏を展開させることで独特のタイム感と揺らぎを産み出していく。


106 (1)


ハモンド(B-3)の名手、ジミー・スミス(Jimmy Smith)は繰り返し、エロール・ガーナーのキーボード・アプローチをオルガンに応用することで、オルガン奏法に革新をもたらすことに成功したと語っています。(出典;Harlem Jazz Adventures)

また、ガーナーは楽譜が読めなかったとも伝えられていますが、優れた音感や耳覚えの良さで、それが全く弱点と感じられないほど、存分に天才ぶりを発揮しました。

即興も得意とし、一日で三枚のアルバムを録音して、それが全てワン・テイクだったという武勇伝すらあります。ガーナーはアート・テイタム(Art Tatum)の後任として脚光を浴び、23歳にしてチャーリー・パーカー(Charlie Parker)と共演するという栄誉に預かりました。


106 (5)


ニューヨークからボストンに向かう飛行機の窓から見た霧の印象を、ピアノで華麗に歌い上げたのが「ミスティ」だと言われています。そのガーナーのオリジナルは、1955年にジョニー・バーク(Johnny Burke)(※)の詞を得て、ロマンチックなラブ・ソングに生まれ変わりました。

(※)米国生まれの作詞家。1920年代から50年代にかけて活躍。作曲家ジミー・ヴァン・ヒューゼン(Jimmy van Heusen)とのコラボ等で名作を残した。代表作は"Swinging on a Star" "It Could Happen to You" "But Beautiful" "Here's That Rainy Day" "To See You Is to Love You" "Suddenly It's Spring" "Like Someone in Love"


106 (2)


1959年、ジョニー・マティス(Johnny Mathis)がこの曲を歌い、大ヒットとなります。『Heavenly』に収められた「ミスティ」は、US Pop Chart Singleで最高12位を記録します。マティス自身もピアノの名手だったそうです。

さて、そのマティス。彼には陸上の世界でオリンピック代表選手(高跳び)をめざす、という夢がありました。しかし、父のアドバイスもあり、歌手になるという夢を追う決断に身をゆだねます。それが大当たり。

1957年にはデビュー曲を録音。これが何と、あのマイルス・デイビス(Miles Davis)のプロデューサーとして有名なテオ・マセロ(Teo Macero)指揮のオケをバックに歌う栄誉を得ています。


106 (3)


これを皮切りに、マティスはヒットを連発。その一つが、この「ミスティ」というわけです。その後、ミスティは多くの歌手によって歌い継がれます。一例をあげると、1959年にはエラ・フィッツジェラルド(Ella Fitzgerald)やサラ・ヴォーン(Sarah Vaughan)。1960年には、アンディ・ウィリアムス(Andy Williams)やフランク・シナトラ(Frank Sinatra)。

「ミスティ」は名実共に、不滅のジャズ・スタンダードとなった感があります。そして、ジョニー・マティスもまた、全米を代表するポップス&ジャズ・シンガーとしての地位を確立しました。彼にはフィリー・ソウル(Philadelphia Soul)を歌った名盤もあって楽しめます。

歴代の米国大統領たち(※)も彼の音楽に親しんだという話ですが、セレブのみならず、市井の人々にこそ語り継がれるべきシンガーでしょう。

※レーガン大統領、クリントン大統領、チャールス皇太子、故ダイアナ妃の前で歌を披露した。President (Reagan, Clinton) / Royalty (Prince Charles, Princess Diana)

特に「ミスティ」は歌詞も素晴らしい逸品。このメロメロソング、恋するカップルには、たまらない贈り物でしょう。そんなわけで週末をお一人で過ごされる方々も、年末には素敵なクリスマスを過ごされることを心より祈っています。え? ほっとけって?








さて、次回はキーフのジャケットが飾るネオンレーベルの某アーチストです。

テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

第105話 Sunforest  『Sound Of Sunforest』 (1969) US

今夜の一曲  And I Was Blue


105 (7)


<レコードあさり編> その2

TA レコードあさりなんて今じゃ、あまりにアナログな世界。でも情報に乏しかった時代のあのドキドキ感。鬼が出るか蛇が出るか・・・たまりませんでした(笑)。今でもひとつひとつの出会いが鮮明に甦ります。

TA 西新宿界隈と言えば、サンフォレスト(Sunforest)『Sound Of Sunforest』、イマン(Imán Califato Independiente)『Camino del Aguila』、アモン・デュールII(Amon Düül II)『Lemmingmania』など今でも覚えてますよ、胸キュン(死語?)の出会い。よほど時間に余裕がないと、渋谷やお茶の水、池袋や目白とか、とても足を伸ばせなかったくらい。

CP 78年に音楽専科の別冊で『ROCK CATALOG VOL.3』という本が出たのですが、「全国輸入レコード店紹介」という特集記事がありました。芽瑠璃堂や吉祥寺ジョージア、高田馬場のOPUS1など様々な店が紹介されてました。アミナダブも出てましたよ。

CM うわ、その記事、なんか記憶の片隅にあるような(笑)。南口のジョージアも馬場のOPUS 1もよく行ってました。懐かしい!あと原宿メロディー・ハウスでしたかね。


105 (6)


CP OPUS 1は山手線から見えてましたものね。漢方薬局の二階。いろんなレーベルのレコードがずらっと並ぶ様は壮観でした。当時都内でアイランド・レコードとかのラインナップ、全部揃えてるのはここだけでした。

CM OPUS 1は吉祥寺ディスク・インや原宿オーク同様に、英国フォーク系が充実してたので、それ目当てで通いました。あと馬場にはタイム、吉祥寺にはジョージ、レコード舎、トニーなどの中古屋もあったので、ついでに廻ってました。

CP 当時吉祥寺に行くと、一日潰れる覚悟で廻りました。馬場のタイムはレコードが棚に横置きで並べられている上に、非常に通路が狭くて・・・腰を痛くすること請け合いでしたよ。


105 (4)


CM 馬場のタイムの店主と吉祥寺のディスク・オーツカの店主は、たしか兄弟でした。そう言えば、77年頃の原宿でシールドがボロボロに破れ、半年以上も売れ残っていてたイタリアのチェレステ(Celeste)のグロッグ(Grog)盤を救出してあげたのを思い出しました。

TA 救出・・・(笑)。救出費用がバカにならなかったのでは・・・

CM 青空というグループ名なのに真っ白いジャケ、というのが印象的なチェレステ。原宿竹下通りにあった店で、まったく知らないグループだったのに、ジャケ買い。シールドも破れていて、見た目は中古盤みたいでしたが、これが新品でレギュラー価格。キングから再発される4年ほど前の話です。

TA 私よりも4年も早く、あの幽玄な音に接していたのですか。うらやましい限りです。あの内ジャケの繊細な線画も素敵でしたね。


105 (5)


CP 原宿ではクレージー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウン(The Crazy World Of Arthur Brown)のLPを千円で購入したのを思い出しました。原宿も輸入盤の店、ぼちぼちありましたね。余談ですが、ELPの『ラヴ・ビーチ』(Love Beach)を買ったのも原宿でした(笑)。

CM 原宿メロディー・ハウスは70年代後期にはプログレのレコードも置いてましたね。音楽誌『ロッカダム』で紹介されたイタリアのマクソフォーネ(Maxophone)の新品のLPをはじめて見たのがこの店だった覚えがあります。

TA 一つ一つの店に、色んな思い出が詰まっていますよね。噂ばかりだったあのレコードを初めて手にした時の感動や胸の高鳴り・・・そうした感動が中々味わえない時代になりつつあります。


105 (2)


CP あと原宿ではレコード・オークションで、ジョン・レノンの『Two Virgins』が壁に飾ってあったのを思い出しました。10万ほどで買った人が当時いたようでしたよ。

TA 自分も『Two Virgins』を10万近い値で売っている店を、出張帰りのある地方都市で見た事があります。恐らく、店のオーナーは売る気なんて全くなかったのではないでしょうか。

CM 『Two Virgins』 10万円ってモノラル盤ですか?それなら超激安!10年くらい前に見かけた時は50万はしてました。70年代なら、まだその値で買えたかも知れませんね。コレクターが歯ぎしりしそう。それがステレオ盤なら、ちょい高めかなって感じですが。

TA いや、モノかステレオか、うかつにもノーチェックでした。さすがに買うつもりで立ち寄ったわけでもなかったし。まだまだ、私は青いですなぁ。


105 (3)


TA 『Two Virgins』を欲しそうに見上げる私の心を見透かしたかのように、その店のマスターが「いいでしょ。安いよ、買ってって。」みたいに、まるで八百屋か魚屋のオヤジみたいなこと言ったんです(笑)。

CM 『Two Virgins』をこれ見よがしに壁に飾ってるのは、まず間違いなくステレオ盤ですね。(笑)

TA う~む、深い。なんて言う名前の中古盤屋だったかなぁ。店の看板のデザインが、何とビートルズのオールディーズ『A Collection Of Beatles Oldies But Goldies』のジャケに描かれている人物だったことを覚えてますよ。

TA でも、こうしたレコードあさりは昔日の感がありますね。80年代当時にして既に、あるレコード屋のおやじが「ネットを介した通販が今後はメインだろうね。」って語ってました・・・

※ほろ苦い話も交え、レコード屋を巡る想い出話を肴に漂流する三人。漂着地点は予想もつきません。漂泊の旅はまだまだ続きますが、この場はこれにて完。


105 (1)


Terry Tucker / piano, harmonium, harpsichord, Hammond organ, vocals
Freya Houge / Spanish guitar, banjo, vocals
Erika Eigen / Latin American percussion, ankle bells, vocals

plus...
 Reg Weller, Jim Lawless & John Blacchard / Tunea percussions
 Herbie Flowers & Joe Mudele / bass guitars
 Jim Suilivan / electric guitar
 R. Mosley & D. Wolfstal / violins
 F. Riddle / viola
 Malca Cossa / cello
 Ralph Eizen, Less London & Cliff Haines / trumpets
 John Burden & Andy McGavin / French horns
 Harry Smit / flute, piccolo, bass clarinet
 S. Sutcliffe & Les Baldin / oboes
 Cecil James / bassoon
 Alfie Reece / tuba


テーマ : サイケデリック
ジャンル : 音楽

第97話 The United States Of America 『Same』 (1968 )U.S.

今夜の一曲  The Garden Of Earthly Delights


USA (9)


◆以下の設問に答えよ◆

問題1;ロックのバンド編成にバイオリンが導入されるようになった背景は何か?
問題2;ロック界におけるバイオリンの巨匠(マエストロ)を挙げなさい。 
問題3;ロック界において、バイオリニストであることの長所は何か?
問題4;ロック界に初めてバイオリンを導入したのは誰か?
問題5;ロック史におけるイースト・オブ・エデンの業績を評価せよ。
(各20点 計100点)

<後編>

それでは、ロック系バンドでバイオリンが使われた例を「1968年代以前」というくくりで洗い出してみましょう。

前回話題にしたシュガーケイン・ハリス(Don "Sugarcane" Harris)を再び取り上げます。彼はジョニー・オーティス・ショウ(The Johnny Otis Show Featuring Mighty Mouth Evans & Shuggie Otis)の『Cold Shot!』にサイドマンとして参加。タイトル曲でバイオリンを弾いていることがわかりました。1968年作ですが、残念ながらリリース月までは不明。

ここで、第92話で話題にしたダーティ・マックに話を戻します。The Dirty Macとは、ローリング・ストーンズ周辺で持ち上がったスタジオ・ライブ企画、『ロックンロール・サーカス』(Rock and Roll Circus)のために結成されたワン・ショットのスーパー・グループでした。

メンバーはジョン・レノン(John Lennon)、キース・リチャーズ(Keith Richards)、ミッチ・ミッチェル(Mitch Mitchell)、エリック・クラプトン(Eric Clapton)の御仁。


USA (3)


演奏曲目は「Yer Blues」、そして「Whole Lotta Yoko」。実は、その「Whole Lotta Yoko」にはバイオリニストが合流しているんです。ジョン・レノンはあまり記憶にないらしく、後年「なんだか頭の狂ったようなバイオリニストがいたなぁ」くらいの発言をしていましたよ。OMG!

その「狂ったような」バイオリニストの正体はイブリー・ギトリス(Ivry Gitlis)。クラシック畑から参戦したバイオリニストでした。

ロックンロール・サーカスの収録は1968年12月。けれども、この震っちゃうような音源が陽の目を見ることはなく、あっけなくお蔵入り。TV放映すらありませんでした。その封印がようやく解かれたのが1996年。2004年に満を持してのDVD化。それまで世に知られることもなかったなんて、勿体なさすぎ。どうしてくれよう!

先を急ぎましょう。続いて、アル・クーパー(Al Kooper)とスティーヴ・カッツ(Steve Katz)のイメージの濃い、ブルース・プロジェクト(The Blues Project)。二人はオリジナル・メンバーの中ではニュー・フェイス。ブルース・プロジェクトへは後追いで加わったメンバーでした。


USA (8)


この二人が、1967年10月、突如として脱退を表明します。二人はそのままブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ(Blood, Sweat & Tears)を結成して、表街道を歩みます。

残されたブル・プロ(勝手に省略すんなって?)は自然消滅かと思われましたが、置き去りにされたメンバーのうち、アンディ・カルバーグ(Andy Kulberg)(fl)とロイ・ブルメンフェルド(Roy Blumenfeld)(ds)の大黒柱を中心に、1968年4月、バンドは再編されます。こうして発表されたのが『ブルース・プロジェクト・ラスト・アルバム』(Planned Obsolescence)。1968年12月のことでした。

このアルバムに起用されたのが、バイオリニストのリチャード・グリーン(Richard Greene)。グリーンは「ブルーグラス界にその人あり」と謳われた才能の持ち主です。ブル・プロのバイオリンとフルートの掛け合いを軸とした不思議な音世界は、初期作とはまた違う魅力を放っています。

ブルース・プロジェクト名義ではあるものの、実際はヴァーヴ(Verve Forecast)との契約を履行する関係でバンド名を継承したのであって、『Planned Obsolescence』はシー・トレイン(Sea Train)の事実上のデビュー作として捉えた方が良さそうです。


USA (2)


さて、1968年7月リリースの、あるアルバムに目を向けましょう。今度はリック・グレッチ(Ric Grech)絡みです。骨の髄まで英国くさいバンド、ファミリー(Family)。『ミュージック・イン・ア・ドールズ・ハウス』(Music in a Doll's House)がそれです。リックはbass, violin, cello, vocal担当となっています。

※ちなみに、その後グレッチはブラインド・フェイス(Blind Faith)に引き抜かれ、唯一作を1969年8月にリリース。さらに1970年3月にはジンジャー・ベイカーズ・エアフォースのデビュー作『Ginger Baker's Air Force』に乱入。また、トラフィック(Traffic)には、1971年11月リリースの『ザ・ロウ・スパーク・・・』(The Low Spark of High Heeled Boys)から参加しています。

さて、お次。1968年6月リリースのブルースブレイカーズの『Bare Wires』。バイオリン&コルネット(トランペット)に、ジャズ畑のヘンリー・ロウザー(Henry Lowther)の名前があります。


USA (6)


USA (1)


ロウザーは器用・多才で、多くのアーチストと共演しています。60年代にはマイク・ウェストブルック(Mike Westbrook)(1963)、ジョン・ダンクワース(John Dankworth)(1967)、グラハム・コリアー(Graham Collier)(1967)、ジョン・ウォーレン(John Warren)(1968)、ニール・アードレイ(Neil Ardley)(1968)、ボブ・ダウンズ(Bob Downes)(1969)、キーフ・ハートレイ(Keef Hartley)(?)、マイク・ギブス(Mike Gibbs)(1970)、ケニー・ホイーラー(Kenny Wheeler)(1972)などなど・・・

しかし、純粋にロック系かと言えば「?」でしょうか。

ちょっと寄り道して、トラッド寄りのグループですが、フェアポート・コンベンション(Fairport Convention)はいかがでしょう。

フェアポートのバイオリニストというと、個人的にはデイブ・スウォブリック(Dave Swarbrick)ですが、彼は三枚目の『Unhalfbricking』(1969年7月)からの参加なんです。

けれども、フェアポートの初期作には、バイオリニストとしてマーティン・ランブル(Martin Lamble)がメンバー入り。デビュー作『Fairport Cinvention』のリリースは1968年6月ですよ。ちなみに、2ndの『What We Did』になると、1969年1月リリース。

さてさて、ロック寄りにせよ、トラッドやジャズまで食指を伸ばしていると夜が明けてしまうので、これくらいで勘弁して頂きましょう。


USA (4)


もっと以前のものはないか、と目を皿にして探していたら、まだまだあるじゃないですか!たとえば、1967年12月録音、1968年3月リリース作。鬼才ジョセフ・バード(Joseph Byrd)率いる、必殺ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカ(The United States Of America)です。

このエクスペリメンタルなアヴァン・サイケ・バンドの残した怪作が、2004年、なんとサンデイズド(Sundazed Records)からデモ、別テイク、アウトテイクスを含む拡張版として発売されたのです。世も末ですね!

このノー・ギタリスト・バンドはバイオリニストとしてゴードン・マロン(Gordon Marron)を擁しています。担当楽器はバイオリンとリング・モジュレータというから生唾ものです。マロンだなんて可愛い名前のバイオリニストは、現在ではカウアイ島でブルー・ハワイでも飲みながら、ハワイアン・ミュージック・サークルにどっぷりでしょうか。

ニコ(Nico)のお姉さまがUSAに加わろうとしたという逸話もあり、ニューヨークのアングラ・シーンってのは超ミステリアス。ニコもいいけど、私にとっては、ドロシー・モスコヴィッツ(Dotothy Moskowitz)嬢「命」ですから(笑)。

じゃ、The United States Of America以前は・・・? 先ほど取り上げたヘンリー・ロウザーとマンフレッド・マン(Manfred Mann)の共演が1967年という記録があります。


USA (5)

USA (7)


また、ジェントル・ジャイアント(Gentle Giant)のシャルマン兄弟が結成していたサイモン・デュプリー&ザ・ビッグ・サウンズ(Simon Dupree and the Big Sound)。彼らのファースト・リリースは1966年のシングル曲「I See The Light」に遡ります。

バンド解説を見ると、レイ・シャルマン(Ray Shulman)がguitar, violin, trumpet, vocals担当となっています。唯一のアルバムが『Without Reservations』(1967)。その他にもおびただしい数のシングルや、16曲にも及ぶアンリリースト・マテリアル(セカンド・アルバム用のマテリアルか?)が後年発売になり、マニアを悦楽の園へと誘いました。

2004年にリリースされたアンソロジー(CD二枚組コンピ)『Part Of My Past』。そこに収められた未発表曲「Stained Glass Window」(1967)「Kindness」(1968)などには、ストリングス(バイオリン)が導入されています。ただ、それがレイによる貢献なのかははっきりしません。いずれにしても、1969年の解散までの間に、実際にレイが、いつどの曲でバイオリンを弾いていたかは、検証が必要です。

同様に、リック・ダンコ(Rick Danko)にしても、ザ・バンド(The Band)結成前夜の活動については、未確認だったりします。

さてさてさて。以前、話題にしたドン・シュガーケイン・ハリスの古いディスコグラフィを見ていると、リトル・リチャード(Little Richard)の『Little Richard is Back』が1964年ですね!(※未聴)


USAA.jpg


まだまだロック系の音源へのバイオリニスト参加の事例は一杯ありそうです。メンバーなのか、ゲストなのか、はたまた、どういう貢献の仕方なのなのか。それを調べていくのはわくわくドキドキですね。さて、ここからがいよいよ佳境。

ですが、そんな検証の楽しみを、私ごときが奪っては申し訳ないので、ここから先は、あなたにバトンタッチです。わっはっは(笑)。


Edward Bogas - Bass, Calliope, Organ, Piano
Joe Byrd - Arranger, Calliope, Harp, Organ, Piano
Gordon Marron - Violin, Strings, Ring Modulator
Dorothy Moskowitz - Vocals
Craig Woodson - Drums, Percussion




テーマ : サイケデリック
ジャンル : 音楽

第94話 It's a Beautiful Day 『It's A Beautiful Day』 (1969) U.S.

今夜の一曲  Bombay Calling


bombay (3)


◆以下の設問に答えよ◆

問題1;ロックのバンド編成にバイオリンが導入されるようになった背景は何か?
問題2;ロック界におけるバイオリンの巨匠(マエストロ)を挙げなさい。 
問題3;ロック界において、バイオリニストであることの長所は何か?
問題4;ロック界に初めてバイオリンを導入したのは誰か?
問題5;ロック史におけるイースト・オブ・エデンの業績を評価せよ。
(各20点 計100点)

<中編>

 さて、ロックにバイオリンを導入した先駆者は誰だったか、でしたね。イースト・オブ・エデンの『世界の投影』のリリースが1969年2月。ですから、それ以前のロックのカタログで、バイオリンがフィーチャーされているアルバムを調べてみましょう。

 実は、1969年2月リリースというのは、ロック・バイオリンの歴史の中では、タイム・ライン的にはかなり早い印象です。ですから、私の頭の中にあったいくつかのアーチストはこの時点で予選落ちです。

 たとえば、ブルース系のバイオリニスト、パパ・ジョン・クリーチ(Papa John Creach)が参加したジェファーソン・エアプレイン(Jefferson Airplane)や、ホット・ツナ(Hot Tuna)。ホット・ツナはヨーマ・カウコネン(Jorma Kaukonen)、ジャック・キャサディ(Jack Casady)らが結成したバンドですが、パパ・ジョンのグループ参加は両バンドとも1970年のことでした。


bombay (1)


 次に思い浮かんだのが、ローリング・ストーンズ(Rolling Stones)の『レット・イット・ブリード』(Let It Bleed)。「カントリー・ホンク」(Country Honk)で演奏したバイオリニストはバイロン・バーリン(Byron Berline)。彼はブルーグラス出身。アルバムのリリースは1969年12月です。これでは候補からはずれてしまいますねぇ。

 続いて、強烈な個性を放つシュガーケイン・ハリス(Don "Sugarcane" Harris )。彼はフランク・ザッパ&ザ・マザーズ(Frank Zappa & The Mothers of Invention)への参加で知られるブルース&ジャズ畑のバイオリニストです。

 ザッパとの交流において、最初にコラボしたアルバムが、ザッパのソロ名義の『ホット・ラッツ』(Hot Rats)。これは1969年10月リリース。シュガーケイン・ハリスが2曲、ジャン・リュック・ポンティ(Jean Luc Ponty)が1曲、それぞれバイオリンの妙技を披露しています。

 ですが、シュガーケイン・ハリスのマザーズへの参加はそれ以降です。『Burnt Weeny Sandwich』(バーント・ウィーニー・サンドウィッチ)が1970年2月、『Weasels Ripped My Flesh』(いたち野郎)が1970年10月と、70年代に入ってしまうのです(両者はバンド解散後の未発表音源集)。ちなみにハリスがジョン・メイオールと合流したのも70年代に入ってからでした。

※シュガーケイン・ハリスのディスコグラフィを見て見ると、同じく1969年にJohn Mayall & Bluesbreakersの『The Best of John Mayall』がリスト・アップされていますが未確認。


bombay (6)


 米国人画家マックスフィールド・パリッシュ(Maxfield Parrish)の「Ecstasy」(1930)にインスパイアされたスリーヴ・デザイン(Bruce Steinberg作)で知られる、イッツ・ア・ビューティフル・デイ(It's a Beautiful Day)。

 まさにパリッシュ・ブルー(パリッシュお得意のコバルト・ブルー)の映える気品あふれる作風は、ノーマン・ロックウェル(Norman Rockwell)、アンディ・ウォーホール(Andy Warhol)など、多くの信奉者を抱えています。

 ※ロックウェルは「パリッシュは自分のアイドルだ」と公言していたし、ウォーホールはパリッシュの絵画のコレクターだった。

 パリッシュの作品はムーディ・ブルース(The Moody Blues)やエルトン・ジョン(Elton John)のアルバム・カバーでもお馴染みですね。


bombay (5)

bombay (9)


 もともとこのバンドは、バイオリニストのデビッド・ラフレイム(David LaFlamme)が結成したグループです。彼の出自はオケのソロイスト。つまり、クラシック畑。後にジェリー・ガルシア(Jerry Garcia )やジャニス・ジョップリン(Janis Joplin)とも共演したことでも知られています。

 彼らの活動は1967年に遡ります。ところがマネージャーとの関係につまずき、アルバム・リリースは1969年9月までもつれ込みます。ですから、バイオリンの導入が1967年だったとしても、公式音源として周知されるのはかなり後のことです。

 すがすがしいグループ名とは裏腹に、厳しい下積み生活を余儀なくされたシアトルでの日々。天候にも恵まれず、皮肉にもそれが彼らのシグネチャー・ソング(代表曲)を産みます。代表曲の「ホワイト・バード」(White Bird)がそれです。

 ところで、ディープ・パープル(Deep Purple)の『In Rock』(1970)に収録されたA③「Child In Time」。このメロディがIt's a Beautiful Dayのデビュー作B①「Bombay Calling」からの借用だというのはよく知られた話です。


bombay (2)


 It's A Beautiful Dayは、それを訴訟沙汰にしませんでした。その代わり、お礼参りとしてDeep Purpleの『The Book Of Taliesyn』(詩人タリエシン)(1968)収録の「Wring That Neck」からアイデアを借用したのです。それが、第二作『Marrying Maiden』(1970)に収録された「Don And Dewey」だったのです。

 It's A Beautifu Dayの「Bombay Calling」は、ラフレイム参加の前身バンドOrkustraによってマーチング・バンド風の演奏が残されています。1967年のことです。もし、パープルがこれに倣(なら)ったならば、アルバム・タイトルは『In Rock』ではなく、『In March』だったと推測されます(笑)。

 もともと、Bombay Callingは、ヴィンス・ウォレス(Vince Wallace)が1962年に作曲した曲です。ネット動画にあるのは、その1975年再録でしょうか。


bombay (8)


 ヴィンス・ウォレスはジャズ畑のサクソフォン奏者。ウォレスはこの曲を1966年、It's A Beautifu Dayのラフレイムに聞かせた、といいます。その後ラフレイムは、シーンで脚光を浴びます。

 それに対して、ウォレスはその才能にも関わらず、当時の音楽の時流に乗れませんでした。レコード会社はBS&TやChicagoの売り出しに夢中で、ウォレスの才能は過小評価されたとも言います。

 さて、Deep Purpleの「Child In Time」はメンバーの共作になっていて、ラフレイムの名前はノー・クレジットです。盗用の可能性はあるのでしょうか。確かに、テーマ・ソロ・テーマ・エンディングの構成もそっくり。パープルの曲のイントロは、よりブルージーな迫り方をしていますね。

 1988年6月、イアン・ギラン(Ian Gillan)は、ラジオ・ショー「Rockline」で興味深い発言をしています。ギランは、アルバム『Nobody's Perfect』のプロモートのためにラジオ出演しました。そこで、ギランは盗用の事実を容認する発言をしたそうです。(未確認)。


bombay (7)


 2002年のイラン・ギランのインタビューが参考になるかもしれません。ある日、Bombay Callingを聞いたジョン・ロード(Jon Lord)がキーボードでこの曲を弾いていました。それを共感をもって聞いたメンバーたちは、オリジナル曲は聞いたことはなかったものの、みんなで曲想を膨らませて歌詞をつけ、ようやく出来上がったのがChild In Timeだったそうです。

 ※Ian Gillan, Mumbai, India, 3rd May, 2002 (Courtesy of Narendra Kusnur, Mid-Day Newspaper, Bombay)

 『In Rock』発表の数年後、空港でラフレイムと会った時、ラフレイムは「いいよ、僕らもWring That Neckを拝借したし」と返して和解が成立したとのことです。何だか、寛容なのか豪放なのか、まさに鷹揚(おうよう)な時代を象徴するような話ですよね。

 さてさて、これまで取り上げてきたロック・バイオリニストたちは、どれもこれも1969年以降のものばかりでした。次回はイースト・オブ・エデンの『世界の投影』(1969年2月)に先立つ1968年以前に遡ってみたいと思います。

Linda Laflamme - Organ, Piano, Electric Piano, Celesta, Harpsichord
David Laflamme - Violin, Vocals
Mitchell Holman - Bass
Val Fuentes - Drums
Hal Wagenet - Guitar
Bruce Steinberg - Harmonica
Pattie Santos - Vocals, Tambourine, Bells, Percussion





テーマ : サイケデリック
ジャンル : 音楽

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ticca

Author:ticca
 音楽ネタを中心とした雑記帳です。

 60年代後半から70年代にかけてのワールドワイドなロック、ポップス、プログレ、アシッド、サイケ、フォーク、ジャズロック、ジャズなどの話題を主に、ひっそりメモってます。

 それぞれの記事はその時々のフィーリングで書いていますが、基本形はある曲をきっかけに感じた雑感が題材になっています。

 私は単なる音楽愛好家ですので、記事に関しては、思い込みや勘違いがたっぷりあることかと思います。その点はご容赦願います。もし、お気づきの点があれば、ご指摘下さい。

 個人的に思い入れのあるものを主に綴っていますので、マイナーかつ気まぐれなセレクション、お許し下さい。

 それでは、今宵の音楽夜話におつきあい下さい。

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