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第44話  Os Mutantes  『Jardim Eletrico』 (1971) Brasil

今夜の一曲  Tecnicolor


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 今から14年前でしょうか、ポリドールからオス・ムタンチス関連の日本盤が怒濤のようにリリースされたんですよ。恥ずかしながら、それで初めて彼らを知りました。楽器屋さんの店頭に置かれた小冊子には、ブラジルのロック・シーンの特集が組まれていて、食い入るように読みました。

 で、勿論(?)・・・全て購入しちゃいました。ヒタ・リー(Rita Lee)のソロや、トロピカリスモ(Tropicália / Tropicalismo)関連まで含めて、ごっそりと。何やってんですかね、わたくし。

  さて、ブラジリアン・サイケの旗頭とも言われるオス・ムタンチス。アルナウド・バプチスタ(Arnaldo Baptista)(key)、セルジオ・ヂアス(Sergio Dias)(g)の兄弟二人に、ヒタ・リー(vo,fl)を加えた三人を核に、盤石の体制を築いていきました。

 サイケ・ポップからプログレまで、カラフルで種々雑多な音楽性を貪欲に飲み込んだミュータント(ムタンチス)。カエターノ・ヴェローゾ(Caetano Veloso)や、ジルベルト・ジル(Gilberto Gil)らが主導した、当時の軍事政権に対するカウンター・カルチャーとも言える「トロピカリズモ運動」に色濃く関与する形で、実力をつけていきます。

 グループ名は、アルナウドとセルジオの二人が読んでいた、フランスのSF作家ステファン・ヴル(Stefan Wul)の小説にヒントを得ています。


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 そのタイトルは『La Mort Vivante』 (The Living Death)(1958)で、ポルトガル語訳の表題が『O Império dos Mutantes』(The Empire Of The Mutants)でした。フレンチ・プログレ愛好家には『Oms En Série』 (Oms by the Dozen, 1957; filmed as 『La Planète Sauvage / Fantastic Planet』 in 1973)で、お馴染みですね。


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 さて、今回取り上げた「テクニカラー」。この曲は本来、1970年11月にパリでレコーディングした『テクニカラー』に収録されるはずでした。『テクニカラー』は彼らのアンソロジー仕様で、既出曲の再録と新作の抱き合わせ盤。欧米での成功を狙って、多くの曲に英詩がつけられました。

 しかし、このアルバムは発売に至らず、お蔵入りになります。一説にはレコーディングの内容に彼らが納得いかなかったのが理由です。結局、1971年になって、その一部の曲だけが、4枚目『ジャルヂン・エレットリコ』(Jardim Elétrico)に収録される形でリリースされています。

 このアルバムは遅れてきたようなサイケ・アルバムですが、アナーキーで脳天気でぶっ飛んだ感があり、いかにもドラッグ・カルチャーの落とし子です。

 『テクニカラー』のオリジナル盤は、2000年になってようやく陽の目を見ます。曲中で歌われる、テクニカラー色の列車の窓から見える景色は、いかにもサイケデリックなんでしょうね。

 ザ・ビートルズの「Lucy In The Sky With Diamonds」の頭の文字をつなぎ合わされると「LSD」となる、というオモシロ話があります。ムタンチスも、リー(L)・セルヂオ(S)・ジアス(D)の三人の頭文字を合わせて「LSD」になるって話もあります。


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 1972年5月、5枚目『ボーレの国のムタンチスとその流れ星たち』(Mutantes e Seus Cometas no País do Baurets)リリース後、1972年9月に録音された、驚異の7分半越えのシングル曲(?)「Mande Um Abraço Pra Velha」もプログレ感満載で破天荒。

 その一方、ヒタはドラッグ漬けのアルナウドや、プログレ化するバンド・サウンドにストレスをため込んでいました。ミニムーグやメロトロンの扱い方がわからなくて馬鹿にされたこともシャクに触ってました。ヒタはバンドを脱退します。

 1973年にレコーディングされた『O A eo Z』は、ヒタが脱けた穴を埋めるべく、演奏面での凝ったアレンジで迫った渾身の一枚。英国のプログレへの憧憬がダイレクトに反映したアルバム。しかし、当然のように(?)レーベル側に拒否されてリリースされませんでした。陽の目を見たのは1992年。しかも700枚のみ。

 結局、当時の欧米のリスナーがブラジリアン・ミュージシャンに求めたのは、こうしたサウンドではなかったんです。ヒットするのは、セルジオ・メンデスのようなキラめくイージー・ポップなボッサ路線でした。

 現在も活発な活動ぶりが伝えられるオス・ムタンチス。こうして、彼らの過去に遡るタイム・ラインを追体験できる幸運に感謝したいものですね。


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Rita Lee / vocals, effects
Arnaldo Baptista / keyboards, vocals
Sergio Dias / guitars, vocals
Liminha / bass
Dinho Leme / drums

第74話 Rita Lee  『Build Up』 (1970) へ
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テーマ : サイケデリック
ジャンル : 音楽

第43話  Herbie Hancock  『MWANDISHI』 (1971) US

今夜の一曲   You'll Know When You Get There


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 『エムワンディシ』(Mwandishi)収録の曲。ハービー・ハンコックの悟りを開いたように瞑想的なフェンダー・ローズに、ベニー・モウピン(Bennie Maupin)の思索的なフルートが絡むスピリチャルな作品。

 それもそのはず。本作はハービーの信奉する宗教歌そのもの。Mwandishiとは、彼の信仰上のホリー・ネーム。メンバーそれぞれに、こうしたスワヒリ名がついている。宗教観を音の世界に具現化する例は、チック・コリア(Chick Corea)のサイエントロジー(Scientology)などの例が思い浮かぶ。

 それがいいとか悪いとかでなく、彼らの創作活動が、多分にこうした精神世界からインスピレーションを得ていた、という事実。ハービーが入信したのは、バスター・ウィリアムズ(Buster Williams)の勧めだった。

 ガーディアン電子版(The Guardian)によると、ハービーは現在でも(2008年11月7日付け)厚い信仰心を持っているようだ。ホテルのドア越しからも "nam myoho renge kyo" の読経が聞こえるほど。このセレブな日蓮Buddhistは携帯用の祭壇も用意していた。

 当時のハービーのインスピレーションの源泉は、こうした内的宇宙に依存する部分と、最先端のサウンドやテクノロジーをどう取り込むという執着にあった。


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 マネージャのデヴィッド・ルビンソン(David Rubinson)の助言で、シンセ・プログラマーのパトリック・グリースン(Patrick Gleeson)を起用。シンセの可能性に賭けて、彼に新しいサウンドのフロンティアを開拓するライセンスを与えた。自らのキーボードにもリヴァーブ・ユニットやステレオ・トレモロ、エコープレックス等のエフェクトを駆使する。

 この後、All-Buddhist Band "Mwandishi" を離れ、1973年にヘッド・ハンターズ(Head Hunters)で大ブレイク。その一方、ジェームス・ブラウン(James Brown)やスライ・ストーン(Sly Stone)をハービー流のフィルターにかけた、ファンキーでダンサブルな音にとまどいを覚えるファンも多かった。

 1983年『Future Shock』の"Rockit" では、ビル・ラズウェル(Bill Laswell)のプロダクションに任せて大成功。そういう意味ではエムワンディシにせよ、ヘッド・ハンターズにせよ、ロックイットにせよ、外部刺激をうまく取り込んで進化する姿は、往年のマイルス・デイヴィスを想起させる。

 ジャズからファンクへの架け橋ともいえるワーナー時代の『Mwandishi』『Crossings』『Sextant』三部作。これらはアブストラクト過ぎて、人々の理解を拒絶する部分もあるが、それはそれで捨てがたい。


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 さて、この曲。サウンド的には『スピーク・ライク・ア・チャイルド』(Speak Like A Child)(1968)を電化したイメージ。ハービーは、1963年以来在籍したマイルス導師によるレッスン最終章『イン・ア・サイレント・ウェイ』(In A Silent Way)(1969)で多くを学んだ。

 その後、新婚旅行の不在中に解雇される形で、チック・コリアに首をすげ替えられる。1969年には、古巣ブルーノートを離れてワーナーへ。結果的に『ビッチェス・ブリュー』(Bitches Brew)(1969)には参加しなかった体験が、彼を突き動かす原動力となり、マイルスをも凌駕する勢いを得て高みを目指した。

 1974年、ハービーはヘッド・ハンターズの成功により、何とあのマイルスを前座の席に据えて、コンサート・ツアーを挙行した。


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Mwandishi (Herbie Hancock) / Fender Rhodes piano
Mchezaji (Buster Williams) / Bass
Jabali (Billy Hart) / Drums
Mganga (Eddie Henderson) / Trumpet, flugelhorn
Mwile (Bennie Maupin) / Bass clarinet, alto flute, piccolo
Pepo Mtoto (Julian Priester) / tenor trombone,bass trombone

with

Ronnie Montrose / guitar
Leon 'Ndugu' Chancler / drums and percussion
Cepito (Jose Areas) / congas and timbales

Sandra Stevens / vocals
Joe Farrell / alto and tenor saxophone
Joe Henderson / tenor saxophone, alto flute
Johnny Coles / trumpet, flugelhorn
Joe Newman / trumpet
Ray Alonge / French horn
Eric Gale / electric guitar
Jerry Jermott / electric bass



テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

第42話  Andwella 『People's People』 (1970) UK

今夜の一曲  Saint Bartholomew  「聖バーソロミュー」


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 この繊細で深い陰影。まさに英国的解釈のメロウ・ソウルですね。英国産スワンプという看板が嫌なので、ここはアイリッシュ・テイストだと言うことを、是非とも強調しておきたいものです(笑)。

 彼らの前身はヘヴィ・サイケ・ブルースを演奏するトリオのメソッド(The Method)。ルイス家の屋根裏部屋で、デヴィッド・ルイス(David Lewis)は、ゲイリー・ムーア(Gary Moor)とリハーサルした事もある間柄。また、ルイスが足を骨折して入院した時には、数週間にわたってムーアがルイスの代役としてメソッドでプレイもしているんですよ。

 1968年、ベルファストからロンドンに本拠地を移します。彼らはアンドウェラズ・ドリーム(Andwella's Dream)を名のり、変てこなサイケ・ポップを得意としていましたが、それはそれで上等。

 中古レコード店で『Love & Poetry』(1968)を発見して、そいつをしっかり握り締めて、レジに向かったドキドキ感はいまだ忘れられません。当時はまだウブでしたからね、私も。


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 アンドウェラ(Andwella)に改めての1st『World's End』(世紀末)(1970)になると、サイケ色やお遊び感覚は薄れます。その代わり、妙に人生を達観したかのような陰影を持たせたサウンドに変貌します。

 この変身に大きく貢献したのは、ハモンド・オルガンとピアノでルイスをフォローしたデイヴ・マクドゥーガル(Dave McDougall)。これがまたナイスな好演です。

 2ndが、Reflectionに残した本作『ピープルズ・ピープル』(1971)。デヴィッド・ルイスの渋い歌唱に、枯れたオルガンがしっとりと絡みます。米国仕様(Dunhill盤)の冬木立に佇むジャケも捨てがたいですね。


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 惜しくも、これが彼らの最終作になります。その後、ルイスはソロ作を二枚作成。アンドウェラ在籍中にも、密かにデモった『The Songs Of David Lewis』(1969)なんていう、世に50枚しか存在しない盤もある。こういうのまで手を出すようになったらお終いですね。勿論、私はとっくに終わってますが(涙;)

 マクドゥーガルは、後にあの一発屋サンダークラップ・ニューマン(Thunderclap Newman)のスピーディ・キーン(Speedy Keen)とコラボ。

 サンダークラップ・ニューマン覚えてますか?The Whoのピート(Pete Townshend)とか、Wingsのジミー(Jimmy McCulloch)16歳に、Jazz Pianistのアンディ(Andy Newman)の面々。全英1位の栄誉に輝いた、きらびやかな「Something In The Air」(1969)。おっと、横道にそれてしまった。

 『世紀末』までベーシストとしてサポートしたナイジェル・スミス(Nigel Smith)は、スペース・シャンティ(Space Shanty)以後のカーン(Khan)、マグナ・カルタ(Magna Carta)、ペンタングル(Pentangle)へ。

 と・こ・ろ・で・・・アンドウェラを形容するのに、トラフィックとか、初期サンタナとか、ザ・バンドとか・・・そんな比喩はいけませんねぇ。確かに似てますけど(笑)。アンドウェラはアンドウェラですので、以後お見知りおきを。あ、もう既にご存知でしたか(笑)。


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David Lewis / Vocals, Guitar, Piano, Organ
Dave McDougall / Piano, Organ
Dave Struthers / Bass, Vocals
Jack McCulloch / Drums


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テーマ : サイケデリック
ジャンル : 音楽

第41話  Earth & Fire 『Earth & Fire』 (1970) Netherlands

今夜の一曲  21st Century Show

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 歌詞の内容からして、21 century(21世紀)とかneuro-surgeon(脳神経外科医)なので、推して知るべし。まさにKing Crimsonへのオマージュと言える曲ですね。

 オランダが誇るプログレ・バンド、アース&ファイア(Earth and Fire)の輝かしいデビュー・アルバム。サウンド的には、後に見られるようなシンフォニックな要素は少なく、サイケ色のあるアシッド・ロックという印象。ジャーネイ・カーフマン(Jerney Kaagman)のVoもグレース・スリック(Grace Slick)っぽく聞こえたりします。

 バンドの初期には、ジミヘン(Jimi Hendrix)、モビー・グレープ(Moby Grape)、ジェファーソン・エアプレイン(Jefferson Airplane)などをフォローしてたそうなので、サイケの沼にどっぷりと浸かってたんでしょう。

 栄えある処女作からカットされた三曲は、いずれもヒット街道まっしぐら。ファースト・シングルの「シーズン」(Seasons)は、ダッチ・チャートの第二位まで昇り詰める。

 でもこれ、彼らがかつて前座してたゴールデン・イアリング(Golden Earring)の、バンド・リーダー兼ギタリストであるジョージ・コイマンス(George Kooymans)が手掛けた曲だった。つまり、彼らのオリジナルじゃないってことね。

 次なるシングルが、オリジナル曲の「Ruby Is The One」。これでコケたら他人のふんどしで相撲取っただけで終わってただろうけど、これまたチャート第四位に。さらに三曲目のカットの「Wild And Exciting」も第五位を記録。

 かくしてクルツ(Koerts)兄弟の天賦の才が大爆発。クリムゾンを聴いて衝撃を受けたヘラルト(Gerald)は、直ちにメロトロンを購入。2nd『アムステルダムの少年兵』(Song Of The Marching Children)(1971)の制作へとなだれ込んだ。


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 さて、最後に週刊誌ネタに突入しましょう。アース・アンド・ファイアーの系譜を辿っていくと、3rd『アトランティス』(Atlantis)(1973)までのベーシストはハンス・ズィーヒ(Hans Ziech)でした。

 ハンスはその後も歌詞を提供し続けますが、4th『To The World Of The Future』(1975)5th『Gates To Infinity』(1977)では、ベーシストがテオ・フアツ(Theo Hurts)にチェンジ。

 そして、6th『Reality Fills Fantasy 』(1980)から、ベーシストが元フォーカス(Focus)のベアト・ライター(Bert Ruiter)になりました。実は私は、これがジャーネイとベアトの運命の出会いだと思い込んでました。ですが、きっかけはもっと過去に遡るようです。

 Bertの英語版wikiを見ると「Focus解散後、Bertは妻のJerneyがVoを担当するEarth & Fireに加入した。二人は1974年に結婚している。」って書いてあります。1974年ってことはBertがFocus在籍中ですね!

 次にJerneyの英語版wikiを見てみましょう。英語版wikiには「Jerneyは結婚してはいないものの、Focus, Earth & FireのベーシストBertと同居している。」って書いてあります。

 あれっ? BertとJerneyそれぞれの英語版wikiでは食い違ってますね。謎ですね~(笑)。ま、どっちでもいいか~。いや、良くない。もうちょっと調べてみよっと。


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 Bertのオランダ語版wikiだと、「Focus解散後、BertはEarth & Fire(BertのパートナーであるJerneyが在籍)に参加した。」とあります。パートナーって言葉が使われてますよ。「結婚」という言葉もない。ちなみにスペイン語版wikiにはジャーネイのジャの字も出てきません(笑)。

 Jerneyのオランダ語版wikiには「Jerneyは結婚はしていないけれど、オランダのバンドFocus、Earth & FireのBertと1974年以来、同居している。」ってある。

 Jerneyのドイツ語版wikiには「1970年代のオランダの人気バンドFocusとのジョイント・ツアーにおいて、JerneyはベーシストのBertに出会い、後に彼をEarth & Fireへと導いた。二人は1974年以来ずっと同居しているが、結婚はしていない。」とある。何だかドイツ語版が一番、詳細で信憑性がありそうですね。

 ってことは、Bertのオランダ語版wikiを参考にしてBertの英語版wikiを作った担当者に原因が? オランダ語表記のpartnerを、英語でwifeと英訳して、その連想で「結婚」という言葉を使ったことで誤訳につながったのかなぁ。ふ~っ。

 オリジナルは変形のマッチボックス・カバー。でも翌1971年に出たUKリリースのネペンサ盤(Nepentha)は、ロジャー・ディーン(Roger Dean)のデザイン。これがまた入手困難。

 ebayではVG+の1stプレスが79,120円相当で落札されてた。それくらいの相場なんだと観念してrecordcollector.orgを覗いてみたら、M-/M-で3900ユーロと出た!53万円越えである! ただただ、脱帽。


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Jerney Kaagman / lead vocals
Ton van de Kleij / drums
Chris Koerts / guitar
Gerard Koerts / guitar, keyboards
Hans Ziech / bass


<第16話 Earth & Fire 『Atlantis』 へ>

テーマ : サイケデリック
ジャンル : 音楽

第40話  Matching Mole - 『Matching Mole』 (1972) UK

今夜の一曲 Dedicated To Hugh But You Were Not Listening
        <その4> マッチング・モール編


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 ますますジャズに傾倒するソフト・マシーンの中で、ロバート・ワイアット(Robert Wyatt)は孤独感を深め、居場所をなくした。

『THIRD』(May 1970)のレコーディングで生じた亀裂。ロバートはケヴィン・エアーズ(Kevin Ayers)のホール・ワールド(The Whole World)への参加(Jul. 1970)や、ソロ・アルバム『The End Of An Ear』(Aug. 1970)の制作に気を紛らわせる。

 1970年の年末から『FOURTH』のセッション(Oct. Nov.1970, Jan.1971 etc.)が行われたが、時を同じくしてソフト・マシーン以外の活動が際立ってくる。

 モンスター級のメンバーを集めまくったトップ・ギア合唱団(The Top Gear Carol Singers) (Dec.1970)、ゲイリー・ウィンド(Gary Windo)とのプロジェクト、シンビオシス(Symbiosis)、デヴィッド・アレン(Daevid Allen)の『バナナ・ムーン』(Banana Moon)(Feb. 1971)、そしてキース・ティペット(Keith Tippett)のセンティピード(Centipede)『セプトーバー・エナジー』(Septober Energy)のためのセッション(Jun. 1971)。

 そして来るべき時がやってくる。ロバートがソフツを脱退することになったのだ・・・(Aug.1971)。

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 以降、ロバートは、さらに自分の活動の場所を求めて八面六臂の活躍ぶり。ゴング(Gong)に参加したり(Sep. 1971)、ニュー・ヴァイオリン・サミット(New Violin Sumit)(Jean-Luc Ponti etc.)に参加したのもこの頃(Nov.1971)。

 驚くべきは、アマルガム(Amalgam)、ゲイリー・バートン・カルテット(Gary Burton, Terje Rypdal, Neville Whitehead)、ドン・”シュガーケイン”・ハリス(Don Harris, Wolfgang Dauner, Volker Kriegel, Neville Whitehead)、ポール・ブレイ・トリオ(Paul Bley, Annette Peacock etc.)、キース・ティペットのカルテット(Keith Tippett, Elton Dean, Neville Whitehead)、ともステージにも立っているからビビる。(Oct~Dec.1971)

 っていうか、ロバート君、あなたは一体何がやりたいの? ジャズに傾倒するソフト・マシーンが嫌になったんじゃなくって、これって結局ヒューやマイクと価値観とかキャラが合わなかっただけじゃないの?

 事実、ヒュー(Hugh Hopper)は「ロバートは、僕やマイクとは正反対の性格。外交的で自己顕示欲が強くて、つきあいが広くて、アフォリズムをよく使うし、計算高いと思われるような話し方をする。オスカー・ワイルドだって、恐らく十年も一緒に仕事をすれば、うんざりする男だったに違いないよ。」と語る。

 マイクは「ロバートは変拍子を嫌がったし、本当に何をやりたいのかつかめなかった。俺たちの違いは結構長い間、内在してた。」と語る。

 一方、ロバートは「各人のバンドへの貢献についての考えは違いすぎた。ルーツも違うし。(中略)正直言うと僕は追い出されたんだ。僕の言ってることには偏見入ってるだろうけど。連中は僕の自惚れや飲酒癖を、仕方なく我慢してたしね。結局やめるしかなかったんだ。」と語っている。


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 マッチング・モール(Matching Mole)は、ソフト・マシーンを脱退したロバートが最初に作った自分のプロジェクト。「もっとシンプルな歌をやりたい」という発言の帰結は、何故かサイケ風味がかった浮遊感のあるアヴァン・ジャズだった。正確を期すと、歌モノとジャズ・ロックとエクスペリメンタルのシームレスな三部構成。

 ロバートはソロ第一作(The End Of An Ear)を作った時にも「僕は少し狂気じみたのが好きなんだ。(中略)最終的に行き着くところはロックでもジャズでもないんだ」と言っていた。

 声をかけたメンバーはクワイエット・サン(Quiet Sun)にいた旧友のビル・マコーミック(Bill MacCormick)、キャラヴァン(Caravan)をやめるところだったデイヴ・シンクレア(Dave Sinclair)、デリヴァリー(Delivery)~キャラヴァンと渡り歩いたフィル・ミラー(Phil Miller)。

 本作を語るのに、「オー・キャロライン」(O Caroline)をハズしたら叱られるだろうか。あのセンチメンタル・バラードは確かに名曲。これまでにも、多くが語られてきた。わざわざ私ごときがコメントするまでもないだろう。

 ただ、キャロラインが誰なのかについては触れておこう。「キャロライン」こと「キャロライン・クーン」(Caroline Coon)は、ロンドンをベースとするアーチスト(画家、写真家)であり、ヒッピー文化や第二次フェミニズム運動の活動家でもあった。

 ロバートは彼女の活動に、いたく感銘を受けていたらしい。彼女は、後にロンドンのパンク・シーン(The Clashなど)に大きく関与していくカリスマでもあった。クラッシュ(The Clash)のマネージャを担当したり、アルバムのデザインへの関与も含め、パンク・シーンに関わる著作も著した才媛である。


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 勿論、キャロラインにかさねて、自分が解雇されたソフト・マシーンへの思いをつづった、という解釈もあながちハズれてはいないと思う。

 さて、今回取り上げた「Dedicated...」。お気づきのように「to you」ではなく「to Hugh」になっている。曲のタイトルはミステリーだ。

 しかし、ヒュー・ホッパーに対する皮肉とか中傷、とばかり言えない部分がある。ロバートはソフト・マシーンを離れたものの、マッチング・モールの名をソフツからもらったり、何とツアーまで共にしている(Soft Machine, Matching Mole, Elton Dean's Just Us)(Jul. 1972)。

 まさに愛憎紙一重。そういう意味では、こういうことかも・・・ロバートの言葉だが「Hughはソフト・マシーンの中で不思議な力を持った存在。僕の創造性を本当に捉えてくれた」と言っている。それが、この曲の真意なのかはわからない。でも、そう捉えた方がファン心理としてはホッとするところですね。


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Robert Wyatt / drums, vocals, piano, mellotron
Dave Sinclair / Hammond organ, piano
Bill MacCormick / bass
Phil Miller / guitar
Dave McRae / electric piano

<その1> ロバート・ワイアット & ヒュー・ホッパー編へ
<その2> ロバート・ワイアットのソロ編へ
<その3> キース・ティペット・グループ編へ

テーマ : プログレ
ジャンル : 音楽

第39話  Keith Tippett Group 『Dedicated To You But You Weren't Listening』 (1971) UK

今夜の一曲   Dedicated To You But You Weren't Listening
          <その3> キース・ティペット・グループ編

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 今度はキース・ティペット・グループによる演奏です。彼らのセカンド『Dedicated To You But You Weren't Listening』からの曲。第37話と第38話で触れたように、元歌はソフト・マシーンの『Volume Two』に収められています。

 これまた不思議。アヴァン・ジャズの旗手として登場した彼らが、わざわざアルバムのタイトル・ソングとしてこの曲を選んだ意図は何でしょうか・・・

 しかも、アルバム・タイトル曲だというのに、このバージョンは、たったの36秒というランニング・タイム。

 さらに、レコーディング・メンバーは、マーク・チャリグ(Mark Charig / Cornet)とエルトン・ディーン(Elton Dean / Sax)の二人だけであって、リーダー(キース・ティペット)不在。

 加えて、その演奏は原曲の持つ空気とは無縁そうな、シニシズムともユーモラスとも取れる軽妙洒脱。キース・ティペットの思惑は一体・・・!?

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 ファーストの『You Are Here, I Am There』(Jan.1970)と比べて、キング・クリムゾン(King Crimson)、ソフト・マシーン(Soft Machine)人脈の存在感あふれるセカンド。

 ティペットのホーナー(Hohner)のエレピは言うことなし。エルトン、ニック、マークの三管構成も鉄壁の布陣ですが、独特の匂いのするゲイリー・ボイル(Gary Boyle)のギターも実に不思議ちゃんです。

 ドラムス&パーカスにはロバート・ワイアット(Robert Wyatt)やフィル・ハワード(Phil Howard)などのお歴々が参戦。ベースはお馴染み、ネヴィル・ホワイトヘッド(Neville Whitehead)とロイ・バビントン(Roy Babbington)です。

 ちなみに、ネヴィルは、ロバート・ワイアットのThe End Of An Ear、アイソトープのDeep End、エルトン・ディーンのJust Usにも、その名がクレジットされています。

 それから、ネヴィルの業績の中で、決して忘れてはならないのが、New Violin Summitです。 Don 'Sugar Cane' Harris、Jean-Luc Ponty、Nipso Brantne、Michał Urbaniakの面々ですね。

 ロイは、Alexis Korner のBootleg Him!、 Ian Carrの Belladonna、 Nucleusの Labyrinth、Elton DeanのJust Us、Soft MachineのFourth、Fifth、Seven、Bundles, Softs。Keith TippettのBlueprint、Ovary Lodge、Carol Grimes のFools Meeting (With Delivery) などなど。

 意外なところでは、Magna Cartaとか Jackie McAuley、Elvis Costello、Anna Oxaなどはびっくりケースでした。

 整合性とか予定調和に縛られず、どうしようもないほど英国ジャズ・ロック臭ぷんぷん。とりわけ「Green & Orange Night Park」にはノック・アウトされましたよ。

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 ティペットはキング・クリムゾンの『In The Wake Of Poseidon』(May.1970)『Lizard』(Dec.1970)に参加、フリップからクリムゾンへの参加を要請されます。しかし、ティペットは自らのバンドにこだわります。そして本作を制作。(Jan. 1971)

 ティペットはこの後、センティピード(Centipede)(Jun.1971)で創造的なエネルギーのビッグ・バンを迎えます。さらにクリムゾンの『Islands』(Dec.1971)へもチャリグと共に出向。

 それにしても、このアルバムの価値をいっそう高めているのは、ロジャー・ディーン(Roger Dean)のスリーブと、ヴァーティゴ(Vertigo)の渦巻きかもね(笑)

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Keith Tippett / Piano, Electric Piano
Elton Dean / Alto Saxophone, Saxello
Neville Whitehead / Bass
Roy Babbington / Bass, Bass Guitar
Tony Uta / Congas, Cowbell
Mark Charig / Cornet
Bryan Spring, Phil Howard, Robert Wyatt / Drums
Gary Boyle / Guitar
Nick Evans / Trombone


<その1> ロバート・ワイアット & ヒュー・ホッパー編へ
<その2> ロバート・ワイアットのソロ編へ
<その4> マッチング・モール編へ




テーマ : プログレ
ジャンル : 音楽

第38話  Soft Machine 『BBC Radio 1967 - 71』 (1971) UK

今夜の一曲 Dedicated To You But You Weren't Listening
      <その2> ロバート・ワイアットのソロ編



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 今回は、第37話で取り上げた同曲の『BBC Radio(1967-71)』収録のバージョン。トップ・ギア(Top Gear)用に1971年6月1日録音。

 レコーディングされたのは、ロンドンのメイダ・ヴェイル(Maida Vale Studios)。これは7室のBBCスタジオが設置されたコンプレックスになっていて、録音は恐らくスタジオ4での収録と思われます。

 この日録音されたのは、この曲以外に二曲。「Neo Caliban Grides」と「Eamonn Andrews ~ All White」。これらはセプテット(Septet)からカルテット(Quartet)に移行したソフツでの編成になっています。

 (注;セプテットはRobert Wyatt, Mike Ratledge, Hugh Hopper, Elton Dean, Lynn Dobson, Nick Evans, Mark Charig。カルテットはセプテットの前四者)

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 しかし、こいつは何て言うんでしょうかねぇ。グループ名義になってますが、ロバート・ワイアット一人で録音してます。もともとヒュー・ホッパーの作詞作曲ですが、こうしてわざわざ取り上げるということは、それだけロバートにも思い入れがあったのでしょうか。

 ロバートお得意の前衛的なアプローチが炸裂。最初はテープ・エコーかと思ったんですが、スタジオで気の向くままに音をいじってみたという印象。イントロとコーダのピアノには、深くモジュレータがかけられ、真ん中のボーカル部分にはディレイがかかっています。

 ディレイのフィードバック値が大きいので、歌声がこだまのように何度も返ってきます。面白いことに、カチッ・カチッというクリック音が聞こえます。ディレイ・マシンのスイッチを自ら触りながら歌っているようです。ディレイがオフになると、地声だけでボーカルが流れてきます。

 コード進行も複雑なので、こうしてギミックをかけると、ヒューの目指した内省的で大人の世界に対する疑念のようなものが、ロバートというフィルターを通して、ひしひしと伝わって来る気がします。ま、しかし、これは好みを分けますね。

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 本アルバム『BBC Radio(1967-71)』(2CDs)は、ケヴィン・エアーズ(Kevin Ayers)のVoが聴ける1967年のセッションが楽しめるばかりでなく、初出あり、音質の向上ありの最高の企画モノでした。Hux万歳で迎えたものです(笑)。

 その他にも「The Moon In June」や「Instant Pussy」なども聞き所。ハイ・テンションなインタープレイが火を吹く、カルテット及びセプテットによるジャズ・ロック編成のソフツの魅力も満載ですね。

 どれもこれも同じバンドに思えない所に、彼らの個性と才能と苦悩がにじみ出ているとも読めます。しかし、それを差し引いても、ただただ圧巻の一言。


<その1> ロバート・ワイアット & ヒュー・ホッパー編へ
<その3> キース・ティペット・グループ編へ
<その4> マッチング・モール編へ


Robert Wyatt / Keyboard


テーマ : プログレ
ジャンル : 音楽

第37話  Soft Machine 『Volume Two』 (1969) UK

今夜の一曲  Dedicated To You But You Weren't Listening
      <その1>ロバート・ワイアット & ヒュー・ホッパー編

    


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 ソフト・マシーンのセカンド・アルバム『VOLUME TWO』に収められた小品。ヒュー・ホッパー(g)とロバート・ワイアット(vo)二人だけのシンプルな編成が新鮮。

 『VOLUME TWO』の作詞は全てロバートのペンになるのだが、唯一この曲だけはヒューが作詞を担当しているようだ。曲想は内省的で、ヒューの心象風景を映して興味深いものの、正直なところ難解で、その真意を測りかねる。

 一説によると、この曲はジョン・コルトレーン(John Coltrane)とジョニー・ハートマン(Johnny Hartman)が、インパルス(Impulse! Records)に残した「Dedicated to you」(1963)にインスパイヤされた・・・とも言われるが、果たしてあの美しいラヴ・バラードと、どんな関連があるのかないのか、私には全く自信がない。

 『VOLUME TWO』はアルバムの両面に渡って切れ目なく曲が進行していく。基本的にはアルバムの両面にフィーチャーされる長尺の組曲に載せて、様々なテーマが浮かんでは消えていく。


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 サウンド的にはポップ・サイケデリアからロック、ジャズ、アヴァンギャルドが雑多に入り乱れて正体不明な魅力に満ちている。

 このあたりは「ネオ・ダダ」などとレッテルを貼るよりも、ザッパ(Frank Zappa)の『アブソルートリー・フリー』(Absolutely Free)から影響を受けた、というのが真相かも知れない。実際、大曲をいくつかの細かいパートに分割してクレジットする、という発想はザッパの助言だったと言われる。

 そうすればレコード会社からの印税収入が増える、という単純な理由らしい。ミュージシャンには音楽的理想を追うだけでなく、「音楽」というビジネスを安定させるという至上のテーマがある。コルトレーンだって『John Coltrane & Johnny Hartman』(1963)を録音したのは、レコードの売り上げ収入が欲しかったからだ。

 オリジナリティ満載のソフト・マシーンの『VOLUME TWO』だが、本作には様々な音楽的影響が見え隠れしている。時代の空気を敏感に反映してユニークそのもの。

 それにしても、ソフト・マシーンというバンド、その怒濤のような創造力は、単なるカレッジ・バンドの技量を遙かに超越していて息を呑む。

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<追記> マイケル・キング (Michael King) の著作 『Wrong Movements - A Robert Wyatt History』 によると、マイク・ラトリッジ(Mike Ratridge)はちょっと違う証言をしている。

 彼の記憶によると、「おかしなことにレコード会社は、長い曲は小さなテーマ毎にタイトルをつけるように言ってきた。一つの長い曲として聞こえるのに。それで俺たちはいちいち、あのどうでもいいようなタイトルをつけなければならなかった。」

 ワイアットもホッパーもラトリッジも、結構おもしろがって、あの曲名をつけたとばかり思っていたのですが・・・もっとも、これはあくまでもラトリッジの見解ですけれど・・・。



Robert Wyatt / Vocal
Hugh Hopper / Guitar


<その2> ロバート・ワイアットのソロ編へ
<その3> キース・ティペット・グループ編へ
<その4> マッチング・モール編へ

<第64話 Soft Machine 『Live At The Paradiso 1969』 Have You Ever Bean Green? へ>

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ジャンル : 音楽

第36話  Roxy Music  『Country Life』 (1974) UK

今夜の一曲  Out Of The Blue

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 再び 「OUT OF THE BLUE」 ネタ。動画を中心に。

 この動画のウリは、何と言ってもジョン・ウェットン(John Wetton)のベースプレイだろう。雷のように鳴るベースがごうごうと響き渡る。「バンド組むならJWだけはごめんだよ」というコメもよくわかる。

 彼の表情もうまく捉えられている。エディ・ジョブソン(Eddie Jobson)の溌剌としたエレピも躍動感がある。勿論、コーダのヴァイオリン・ソロの素晴らしさは言うまでもない。

 ポール・トンプソン(Paul Thompson )、フィル・マンザネラ(Phil Manzanera)、アンディ・マッケイ(Andy Mackay)、ブライアン・フェリー(Bryan Ferry)の存在感も抜群だ。ただ、エディのヴァイオリン・ソロの冒頭をカメラが追っていないのが残念。





 ヴァイオリン・ソロを堪能するのなら、1976年1月23日のストックホルム・コンサート(Konserthaus)の映像の方がお勧め。ただし、こちらのベーシストはリック・ウィルス(Rick Wills)と思われる。スウェーデンでのTV放映日は同年1月27日か。ラッキーなことにコンプリート版も入手可。





 他にもミッドナイト・スペシャル(Midnight Special)に出演した時の映像でも、素晴らしいエディのパフォーマンスが満喫できる。こちらは1975年5月9日。ベースはジョン・ウェットンだが、ほとんど映っていない。





 この後、ロキシー・ミュージックは長い休眠期間に入る。エディはプロコル・ハルム(Procol Harum)への加入を断り、フランク・ザッパ(Frank Zappa)と合流する。ザッパは、エディがロキシーに在籍していた1975年の時点から、既にその逸材に目をつけていた。

 歴史は繰り返すと言うが、エディがカーヴド・エア(Curved Air)に在籍していた1973年にも同じ事が起こっている。フェリーはエディの天才に目をつけ、ロキシーに誘っている。二人の姉妹同士が同じ大学のルーム・メイトだったというのがミソである。

 フェリーは「二人もnon-musicianはいらない」と言ってブライアン・イーノ(Brian Eno)を放出。その代役にエディをすえた。結果、エディはキーボードとヴァイオリンの二役をこなし、フェリーはステージでピアノから離れてボーカルに専念できる体制が整った。イーノを失ったことの功罪は果たして・・?

 話が横道にそれましたが、「アウト・オブ・ザ・ブルー」(Out Of The Blue)は、フェリーとマンザネラの共作。この曲が収められた『カントリー・ライフ』(Country Life)は、グループ第4作。UKアルバム・チャートで第三位まで上昇しています。なんと言ってもジャケットがひときわ印象的ですね。

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<関連記事>第19話 Roxy Music 『Viva !』 へ


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ジャンル : 音楽

第35話  Tito Schipa Jr.  『Orfeo 9』  (1973)  Italy

今夜の一曲  Tre Note/Invito


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 こいつは凄い発見だった。『オルフェオ・ノーヴェ』(Orfeo 9) の動画だ!ドラムス叩いてる小生意気な男はトゥリオ・デ・ピスコポ(Tullio De Piscopo)だし、Voの左側の女性はロレダーナ・ベルテ(Loredana Bertè)だ。

 さらに、オルガンとシタールを演奏するのはブレインチケット(BRAINTICKET)のヨエル・ファンドゥルーゲンブルーク(Joel Vandroogenbroek)ではないか!

  トゥリオはニュー・トロルスの『NT Atomic System』(1973)への参加でおなじみ。ロレダーナは当時無名だったのに、鬼気迫る歌唱はさすが。レナート・ゼロ(Renato Zero)の出演も見所。この時点で『No! Mamma, no!』(1973)でデビューしていたのか不明。ティートにしても、本人よりテノール歌手の父親の方がはるかに有名だった。




 ピアノとオーケストレーションは、驚くなかれビル・コンティ(Bill Conti)。ビルはアメリカ人の作曲家(イタリア系米国人)だが、当時オペラの勉強のためにイタリアに住んでいた。そんな偶然でティートとの出会いがあったらしい。

 ビルは後に『ロッキー』(Rocky)や『007シリーズ』『ライト・スタッフ』(The Right Stuff)など、映画音楽の分野で、三度の「アカデミー賞」と「エミー賞」を受賞することになる逸材。

 そんな新進気鋭の奇人・才人が一同に会すれば、悪いものが出来るはずがない。Orfeo 9はティートが1969年から手がけ、翌年に上演開始、1973年にはアルバムが完成している。ギリシャ神話の『オルフェウス』をもとに、カルト的な解釈で展開するポップ・オペラ。

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 神話では竪琴だったが、映画ではギターに置き換えているのが現代的。複雑なヴォーカル・パート、巧妙なオーケストラ・アレンジ、テクニカルな演奏、前衛的な映像イメージ。思わせぶりなストーリー展開。どこをとっても興味は尽きない。演奏曲目も、"L'alba"とか"Vieni Sole"とか佳曲がいっぱい。

 当時は、アングラな演劇とか、サブカルなミュージカルとか、結構そういうのが流行った時代背景。不条理であればあるほどウケる、そんな土壌すらあった不思議な御時世。『オルフェウス』は神話であって、不条理ドラマとは思わないけれど、ミスティックな世界を題材にとったイタロ・オペラは個性的。

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 そういう意味では、マルセル・カミユ(Marcel Camus)の映画『黒いオルフェ』(Orfeu Negro)(1959)も面白かった。ギリシャ神話がカーニバルで盛り上がってしまう破天荒。ボッサの父、アントニオ・カルロス・ジョビン(Antônio Carlos Jobim)のサントラも文句なし。

 さて、ティートは本作以降も興味の尽きない作品群を創作し続けます。それはそれで、またの機会に・・・

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Tito Schipa jr. / Piano, VCS 3 Synthesizer, Percussions, Lead Vocals
Bill Conti / Keyboards, Moog Synthesizer, Orchestral Arrangements and Conduction
Joel Van Droogenbroek / Organ, Sitar
Tullio De Piscopo / Drums and Percussions
Andrea Sacchi / Acoustic and Electric Guitar
Massimo Verardi / Acoustic and 12-string Guitar
Sergio Farina / Electric Guitar
Mario Fales / Acoustic Guitar
Bruno Crovetto / Bass
Pasquale Liguori / Percussion

Chrystel Dane, Edoardo Nevola, Loredana Bertè, Marco Piacente, Monica Miguel, Penny Brown, Renato Zero, Roberto Bonanni, Ronnie Jones, Santino Rocchetti / Lead Vocals

Ann Collin, Danilo Moroni, Dino Comolli, Giovanni Ullu, Gisella Fusi, Mara Marzarotto / Backing Vocals

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第69話 Tito Schipa Jr. 『Io Ed Io Solo』 (1974)へ


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 音楽ネタを中心とした雑記帳です。

 60年代後半から70年代にかけてのワールドワイドなロック、ポップス、プログレ、アシッド、サイケ、フォーク、ジャズロック、ジャズなどの話題を主に、ひっそりメモってます。

 それぞれの記事はその時々のフィーリングで書いていますが、基本形はある曲をきっかけに感じた雑感が題材になっています。

 私は単なる音楽愛好家ですので、記事に関しては、思い込みや勘違いがたっぷりあることかと思います。その点はご容赦願います。もし、お気づきの点があれば、ご指摘下さい。

 個人的に思い入れのあるものを主に綴っていますので、マイナーかつ気まぐれなセレクション、お許し下さい。

 それでは、今宵の音楽夜話におつきあい下さい。

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