第85話  Bill Evans Trio 『Portrait In Jazz』 (1959) U.S.

今夜の一曲 Blue In Green


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 学生時代に録りためたカセット・テープ(死語?)を取り出してみて、思わず苦笑いしてしまった。写真のようにA面がウィントン・ケリー(Wynton Kelly)の『ケリー・ブルー』(Kelly Blue)(1959)、B面がビル・エヴァンスの『ポートレイト・イン・ジャズ』(1959)だったからだ。エヴァンスにしてみれば、どうしてケリーの方がA面なのだ!と怒り心頭だろう。


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 1959年3月2日、ビル・エヴァンスはマイルス・デイヴィス(Miles Davis)に呼ばれてセッションに参加した。ところが、驚いたことに、自分以外にピアニストがもう一人いたという。それがウィントン・ケリーだった。マイルスは曲によって二人を使い分けようとしたのだが、それをエヴァンスにもケリーにも伝えてはいなかった。

 しかも、エヴァンスの方が先にスタジオに着いていたにも関わらず、マイルスが最初の曲に起用したのはケリーの方だった。そして、ケリーがスタジオを去った後、ようやくエヴァンスを迎えての録音が始まったと言う。
※この日、ケリーは「Freddie Freeloader」を、エヴァンスは「So What」「Blue In Green」を録音した。

 これがあの歴史に残るマイルスの『Kind Of Blue』(1959)セッションの初日だった。ところで、何故マイルスは「Freddie Freeloader」においてエヴァンスを起用しなかったのか・・・どうやらマイルスは、エヴァンスの演奏がブルージーな曲にはそぐわない、と踏んでいた節がある。

 キャノンボール・アダレイ(Cannonball Adderley)の証言によれば、「マイルスはエヴァンスを迎えてから、ハードなアプローチをソフトに変えた」「エヴァンスは他の部分では素晴らしかったが、ハードな演奏は無理だった」と手厳しい。


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 エヴァンス自身の回想によると「ポール・チェンバース(Paul Chambers)やジミー・コブ(Jimmy Cobb)は感情を抑えて演奏せねばならず、よく苛立っていた」らしい。

 勿論、エヴァンスの演奏がスイングしないわけではない。だが、よりスインギーなグルーヴを求めて、マイルスはケリーを起用した。マイルスが求めていたのは、エヴァンス流のスイング感ではなく、よりスインギーなサウンドだった・・・この日は、エヴァンスにとって、屈辱感にまみれた日となった。

 だが、忘れてはならないのは、『Kind Of Blue』発売(1959年8月17日)の4ヶ月後、エヴァンスはあの傑作『Portrait In Jazz』を録音する(1959年12月28日)。本作はエヴァンスのリヴァーサイド(Riverside Records)からの第3作。ここで初めてジャケットに"TRIO"の文字が踊った。どうやらこのクレジットをプロデューサーのオリン・キープニューズ(Orrin Keepnews)に所望したのは、エヴァンス自身のようだ。

 自ら書いたライナー・ノーツには、「三人の音楽」であることを強調したかった、とある。リード楽器としてのピアノを支えるリズム・セクションという概念を打ち破り、互いのプレイのダイアログを大切にする手法を導入する。


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 わずか数時間のセッション。しかもギャラは三人でわずか250ドル程度。そのアルバムがモダン・ジャズを代表する傑作となったのは歴史の皮肉か。

 当時のギャラはその程度のもので、マイルスの『Kind Of Blue』ですら、リーダーのマイルスが129ドル36セント、キャノンボール・アダレイ、ジョン・コルトレーン、ウィントン・ケリー、ビル・エヴァンスらが一律64ドル67セント。ポール・チェンバースとジミー・コブは、楽器の運搬費用として2ドル上乗せされて66ドル67セントだったと言う。

 ヴィレッジ・ヴァンガード(Village Vanguard)に出演するミュージシャンのギャラも、よほど有名なミュージシャンでない限り、一人あたり毎晩3~4回のステージで、たった10ドルというありさまだった。(1950年代後期から1960年代初頭)
※参考;『ビル・エヴァンスについてのいくつかの事柄』中山康樹(河出書房新社)

 もともとジャズの世界では地位の低かったピアノ・トリオ。ジャズ・クラブでトランペットやサックスの火の出るような演奏の合間に、観客が火照った身体を冷ますだけの役割だったカクテル・ピアノ・サウンド。それが大きく変貌していくのはこれからだった。





Bill Evans – piano
Scott LaFaro – bass
Paul Motian – drums

Rolling Stone誌電子版によると、本作をプロデュースしたオリン・キープニューズ氏が2015年3月1日、カリフォルニア州の自宅で逝去された。キープニューズ氏はリヴァーサイドの創始者の一人で、音楽プロデューサー。R.I.P.
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第84話  Soft Machine 『Live In 1970』 (1970) U.K.

今夜の一曲 Esther's Nose Job (おまけのおまけ)


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 2014年、MSIから『Live In 1970』として『Somewhere In Soho』『Breda Reactor』が抱き合わせで販促ルートに乗った。「全世界(意味不明)1000セット限定」の4枚組ボックス・セットってなわけで、簡単にレビューさせて頂こうかと。


<Somewhere In Soho>

 2004年Voiceprint, 2CDs。1970年4月20日~25日、Ronnie Scott's Jazz Club公演5days。ここでも相変わらず洒落にならない大音響をとどろかせたソフツ。彼らは、以前セロニアス・モンク(Thelonious Monk)のサポートでロニー公演の経験があった。

 さすがヴォイプリ。いかんせん、音が悪いぜ。こもったような音質には悩ませられる(筆者注;これは感服と賞賛40%・絶望と諦念60%)。価値あるブライアン・ホッパー(Brian Hopper)のライナー。だが、ブックレットの写真がワイルド・フラワーズ(Wilde Flowers)ばかりなのは何故?

 メドレーの曲順は「Esther's Nose Job」(8'21")「Pigling Bland」(3'45")「Cymbalism」(4'19")「Esther's Nose Jobは(Reprise)」(1'23")。このブロックは2011年リリースの180gアナログLP(Lilith傘下のVinyl Lovers)では、「Esther's Nose Job Medley」とクレジットされていた。

 「Slightly All The Time」(10'21")「Out-Bloody-Rageous」(10'46")は10分強の縮約ヴァージョン。「Facelift」は19'19"フルの爆演状態なり。

Mike Ratledge / lowery organ, electric piano
Hugh Hopper / bass guitar
Robert Wyatt / drums, voice
Elton Dean / alto saxophone, saxello


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<Breda Reactor>

 2004年Voiceprint, 2CDs。1970年1月31日、Het Turfschip, Breda, the Netherlands公演。例のメドレー部分は、「Esther's Nose Job」(7'43")「Pigling Bland」(3'23")「Cymbalism」(1'58")「Out-Bloody-Rageous」(2'21")「Esther's Nose Job(Reprise)」(1'56")。

 音質は『Somewhere In Soho』より良いものの、5年前(2000年)に遡って音質抜群、きらめく『Noisette』(1970年1月4日)がキュニフォームからリリ-スされているので、分が悪すぎる。かろうじてステレオ録音ながら、オルガンとベースが居丈高に支配している。往々にしてドラムスやリード楽器(reed instruments)が埋もれてしまう。

 だが、このアルバムにはウリもある。第一に、一枚物の『Noisette』と違って、フル・セットのドキュメンタリーである点。プラス、「Esther's Nose Job」メドレー中に、当時まだ見ぬ「Out-Bloody-Rageous」からの抜粋が組み込まれた。時間は2分程度。「ただいま鋭意作曲中!」ってことね。

 『Somewhere In Soho』と際だった違いはこうだ。たった3ヶ月しか存在しなかったクインテット演奏の勇姿を採録していて、Fairfield Hall, Croydon, Englandの『Noisette』同様、付加価値が高い。「Facelift」だってクインテット仕様で聴ける至福の爆裂21'48"だ!とにかくスピリチュアルなフレーズを連発するリンのフルートにぞくぞくする。

 惜しむらくはエンディングの「We Did It Again」が途中でフェード・アウトの刑に遭うことだな。それにしても「Hibou Anemone And Bear」と「We Did It Again」以外は全て、当時未発表だったことを考えれば、恐らくオーディエンスは何が何だかわからなかったと思われる。

Mike Ratledge / lowery organ, electric piano
Hugh Hopper / bass guitar
Robert Wyatt / drums, voice
Elton Dean / alto saxophone, saxello
Lyn Dobson / flute, soprano & tenor saxophone, harmonica, voice


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<ピンチョンとジョイスのことなど>

 ピンチョンの『V』は、文化的背景に目を背けての理解は不可能と言えるでしょう。同じことが図抜けた難解さで知られるジェームズ・ジョイス(James Joyce)にも当てはまる。でも、『フィネガンズ・ウェイク』(Finnegans Wake)(1939)の難解さのベクトルは、全然あさっての方向だ。

 ジョイスの場合もまた、彼のクセのある言葉遊びを堪能するには、相当な異文化理解が必要となる。特に外国人がジョイスを読み解くには、相当な困難に直面する。このあたりは翻訳家・宮田恭子さん(後述)の解説が興味深い。

 たとえば、ネイティヴには常識と思われる固有名詞を暗示させながら普通名詞を機能させるという技。ノン・ネイティヴにもわかりやすい例をあげると、川の水たまり(river + pool)や湿地にある家(bruc + sella)だとか、酒の飲み過ぎで肝臓が衰弱(Liver + poor)する、という文脈が、同時にリヴァプール(Liverpool)やブリュッセル(Brussels)という地名を暗示する。これでは見当もつかないどころか普通にスルーしてしまう。

 あふれる複合語。ギリシャ語・フランス語・ラテン語など、英語にとどまらぬ言語が異型に変形して結びつく。研究者によれば、ジョイスは本作に60言語を投入しているという。


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 多義語の多用。そもそもタイトルの"Finnegans Wake"とは何か。フィネガンとは勿論主人公のレンガ職人だが、同時にFinn+again? 「再び終わりが来た後で目覚める」?これはフランス語のfinやラテン語のfinis(終わり)をも想起させるからだ。

 Fin(n)とはアイルランドの伝説の英雄の名なのか、王のイメージなのか。あるいはFinlandの名詞・形容詞起源なのか。

 Wakeとは?めざめ?通夜?航跡?(King Crimsonの『In The Wake Of Poseidon』<ポセイドンのめざめ>という誤訳はよく知られた話ですね)

 縮約語。Cropseという造語の正体はcorpse(死骸)+crop(収穫)を想起させ、「死と再生」のイメージか。時空を越えた語が結びつく音意語や変態的な擬態・擬音(オナマトペ)、押韻、回文、アクロスティック(折り句)、アナグラム。


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 これらが単語・文章レベルだけでなく、ことわざや歌、経典、文学作品の応用にも出現する。まさに先鋭的な言葉遊びの世界。※くやしまぎれに言いますが、これは全面的な賛辞ではありません(筆者注)

 小説末尾がtheでぷつんと終わり、小説文頭のriverrunに結びつく円環構造も迷宮だ。いや、メビウスの帯というべきか。それだけではなく、思想的な切り口も含めて私のような半可通には、相当な努力をもってしても自爆パターンとなる。

 かつて、後輩がジョイスの翻訳本を持っていて、それを拾い読みした事がある。一見してたまげた。翻訳者の果敢なる挑戦は十二分に伝わった。が、著作本来の卓越した面白バカらしさこそ、原文で読みたいとすら思った(あっさり無理ですが)。仮に原語で読めたとしても120%読み込めていないという自負がある。ま、私の場合、甲斐性もないし。

 今、手元にはジョイスの翻訳本が二種類ある。一つは1991年頃、後輩に見せてもらった柳瀬尚紀のもの(河出書房新社・全二巻・753ページ)。これは全訳版。当時、私は口をあんぐり開けながら、注釈と本文と一体どちらが主役なのかといぶかしく思い、おまけに彼の(秀逸な?)ぶっ飛び訳を眺めただけで昇天した記憶がある。もう一つは2004年に抄訳で出版された宮田恭子(集英社・676ページ)によるもの。


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 いずれもページ数の多くは解説・詳説。ですが、それがなければ宇宙語と同等に難しい。もし、皆さんがお読みになるならば、まず宮田さんの翻訳を読まれてから柳瀬さんのスーパー青天井訳にチャレンジしてみてはどうでしょう。

 宮田さん訳は手取り足取り「わかり」やすい(それを「わかる」と言うならばだが)。ジョイス風に言うならば、柳瀬&宮田訳にてジョイスを延縁エン「ジョイス」るわけです(苦笑)。

 柳瀬本が刊行された時の帯には「今世紀最大の文学的大事件、現代文学の偉大なる祖、ヴェールに包まれた幻の大傑作、ジョイス死後、50年を経てついに日本語に!!」とあった。別冊のブックレットには井上ひさし、柄谷行人、筒井康隆、丸谷才一、数学界からも森毅らが絶賛の言葉を寄せていた。

 中でも井上ひさしの紹介文は笑える。「私は三人の翻訳家を知っていた。三人とも「フィネガンズ・ウェイク」を日本語に移そうと志し、この言語の巨大な森へ、言葉の大迷宮へ、ヨーロッパ数千年の全歴史を一夜の夢に圧縮した複雑怪奇な回路へ、分け入って行った。それから十年、一人は言葉の重みに圧し潰されて神経を病み、一人は迷路の罠にかかって消息を絶った。


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 だが、一人柳瀬尚紀さんだけは、その恐ろしい森から、危険きわまりない迷路から、錯綜した夢の回路から、豊かな獲物をぶら下げて無事に帰還した。これを喜ばずしてなにを喜べばいいのか。そこで、わたしは深夜ひとりこっそりと杯をあげてこれを祝し、帰らなかった二人のためには、二粒の涙を流したのである。」(以上、引用)

 ちなみに、宮田さんの集英社本の腰巻には、イタリアの記号論哲学者、ウンベルト・エーコ(Umberto Eco)のジョイス評があった。その言葉は「巨大な世界劇場、宇宙を開く鍵、宇宙を映す鏡」と書かれていたが、よくわかんないや(笑)。

 では、ピンチョンの『V』の場合はどうか。現在と過去が不条理に混じり合い、増殖していく登場人物たちが相互に有機反応を起こしていく。ストーリーの中でVという女性が姿形を変えて変幻自在に登場してスフィンクスの謎かけをする。

 友人のNTさんには色々とご教示いただきました。『ティファニーで朝食を』(1958)(Breakfast at Tiffany's)のトルーマン・カポーティ(Truman Capote)が、ピンチョンをぼろくそに言っていたこと、ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』をモチーフにしたタンジェリン・ドリーム(Tangerine Dream)の作品(Eastgate / 2011)があること。


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 ジョイス自身も音楽に造詣が深く、ステージに立ったこともあるし、作家にならなかったら音楽(声楽)で身を立てていたかもしれなかったということ。ジョイスの作品にも音楽が引用されることが多いということ。

 音楽と小説の絡みをひもとけば、またまた別項を起こす必要が出てくる。スティーリー・ダン(Steely Dan)の名前の由来も、ウィリアム・バロウズ(William Burroughs)の『裸のランチ』(The Naked Lunch)にあるそうで、興味はつきない。

 かくして、眠れぬ夜を過ごすことになるのだ。その時にはこのブログ・タイトルを『不眠症患者(インソムニア)のための音楽夜話』と変えねばならないだろう。


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 さて、次回はジャズ。「リリシズム・崇高・繊細・ユーモア・耽美・静謐」で評される某左利きのピアニストについての二・三のことなどを。

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第83話  Soft Machine 『Backwards』 (1970) U.K.

今夜の一曲 Esther's Nose Job (おまけ)


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<ピンチョンについて>

 日本の米国文学者、杉浦銀策氏に言わせれば、「トマス・ピンチョンはハーマン・メルヴィル(Herman Melville)、ウィリアム・フォークナー(William Faulkner)と並ぶ米国文学最大の小説家」ということになる。

 処女作『V』(1963)は、人間嫌いのピンチョンがメキシコに隠遁して書き上げた小説で(ピンチョンはNY生まれ)、優れた処女小説に贈られるウィリアム・フォークナー財団賞を受賞した。

 ※本賞による顕彰は1960年~70年まで行われたらしい。無学をさらすようだが、いわゆるペン/フォークナー賞とは異なる賞か?

 第二作『競売ナンバー49の叫び』(The Crying of Lot 49)(ローゼンタール基金賞)(1966)、『重力の虹』(Gravity's Rainbow)(全米図書賞)(1973)の後、初期作の発刊を除けば、17年間に渡って沈黙を守り、ようやく『ヴァインランド』(Vineland)(1990)を発刊。

 恐ろしく寡作、しかもプライベートをちらとも曝さない伝説の作家でありながら、なぜにこれほど注目を集めるのか。

 『ヴァインランド』を取り上げてみると、舞台設定は1960年代の終わり、カウンター・カルチャー最盛期。まさに、学生運動やヒッピー、フラワー・チルドレンが堂々と表街道を闊歩していた時代。


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 小説家、池澤夏樹が言うように、『ヴァインランド』は「ピンチョンが造った恐ろしく巨大なお化け屋敷で、そこには80年代アメリカのポップな呪物がぎっしり詰まっている。それが「ピカピカぎらぎら光り、うなりをあげて回転している」。サブカル世代にとっては目を離せないのも、むべなるかな。河出書房の本書の帯には「過激にポップに疾駆するピンチョン版『1984』」とあるし、帯の背には「現代アメリカ文学最高峰の鬼才が17年の沈黙の後に発表したポップでパラノイアックな大傑作」と最高の賛辞が並ぶ。

 さて、『V』だ。池澤はこのモダン・クラシック(新古典)に関して、「今更『V』について何を言うことがあるだろうか。」と語る。本書の折り返しには、「恋と冒険とスパイと陰謀。探求と浮浪と窃視と妄想。愛と暴力と機械と人間。拡散しつづけ、解け続けていくかに見える爆笑と戦慄のエピソード群は、やがて巨大な綾織りとなる。」と書かれている。

 とにかくサブカルな引用が読む者を惹きつける。たとえば音楽。先日読んだ『エントロピー』(Entropy)にもストラヴィンスキー(Igor Stravinsky)の「兵士の物語」(L'Histoire du soldat)、デイヴ・ブルーベック(Dave Brubeck)、チャールズ・ミンガス(Charles Mingus)、ジョン・ルイス(John Aaron Lewis)・サラ・ヴォーン(Sarah Vaughan)などが引用されていく。

 ジャズだけではない。ポップス、ロック、クラシックなどの仕掛けもたっぷり。ピンチョンと音楽の関わりを扱ったサイトだってある。文学、TV番組、映画などの引用も含め、世にピンチョン研究は数え切れないほどある。
※第82話に関連項目


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<Backwards>

 さて、『Backwards』だ。トラック⑥がワイアット単独での「Moon In June」のデモ(20'46")。これを聞いた時には、思わずAEDのお世話になりそうだった。「たられば」は御法度だが、バンドがこの方向性を切り捨てなかったら、一体・・・思わず妄想をたくましくしてしまう。

 二度目のUSツアーを終えてバンドは解散状態。ワイアットは米国に留まり、この曲をソロ・レコーディングした。時は1968年10月TTG(ハリウッド)、11月レコード・プラント(NYC)。

※「Moon In June」は「That's How Much I Need You Now」と「You Don't Remember」のテーマのモチーフを含む。(『Wrong Movements』Michael King)
※1994年リリースのレアトラック集『Flotsam Jetsam』(1968 - 1990)で「Moon In June」が前振りされたが、わずか2'57"だけのご開帳だった。(同上・改)
※実はまだこの時点で、彼らのファースト・アルバム(1968年12月発売)はリリースされていなかった。


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 その後、バンドは『Volume Two』(1969年2~3月)のために再編される。スペインにいた流浪のケヴィン・エアーズ(Kevin Ayres)と連絡が取れなかったため、ヒュー・ホッパー(Hugh Hopper)に声がかかった。ホッパーがワイアットから再編話をもらったのは、フランス旅行のためにバイクを買おうと、ベースを売り払った当日の夜だった。

 1969年末、バンドはセプテットに拡張され、四管体制となった。チャリグ(Marc Charig)とエヴァンス(Nick Evans)は短期で脱退、ドブソン(Lyn Dobson)はしばらく遺留するが、最終的にはディーン(Elton Dean)のみが残留してカルテットに落ち着く。

 『Third』に収められた「Moon In June」は、後半部にバンド・メンバーが参加する形で体裁を整えた(1969年春)。だが、ホッパー(Hugh Hopper)とラトリッジ(Mike Ratledge)は、この曲が嫌で仕方がなかった。ワイアット(Robert Wyatt)は傷つき、ソロ・ワーク『The End Of An Ear』(1970年8月)に流れていく。


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 本アルバムのトラック①②③(Esther's Nose Job)は1970年5月末、『Third』の録音終了直後のカルテット仕様。ロンドンにおけるギグで、モノラルながら音質良好、演奏も火が付いたようにダイナミック。

 トラック④⑤は1969年11月末、パリにおけるセプテット演奏。ラトリッジの狙い通りバンドの奏でるサウンド・スケープがスケールアップ。恐るべきエネルギー・レベル。だが、やがて七人体制は崩壊してしまう。

※「七人もいると、コンセプト的にあまりにも固まりすぎるか、完全にめちゃくちゃかのどちらかだった。」(ラトリッジ談)
※「あらゆるレベルにおいて舌を巻くほどの困難があった。七人分の機材も金もなかったという現実的な問題も除外できない。最後にはパチンとはじけたんだ。」(ワイアット談)
※「楽しいこともいっぱいあった。新しいことも、問題も、ノイローゼも。」(同上)

 さあ『Backwards』総評。良きにつけ悪しきにつけ、所詮コンピなのだが、侮れないリリース。こんなのがぽっと出てくるから、夜も眠れなくなるのだ。私の健康を返してほしい(笑)。


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<Track 1 to 5>
Hugh Hopper – Bass
Robert Wyatt – Drums, Vocals
Mike Ratledge – Electric Piano, Organ
Elton Dean – Alto Saxophone, Saxello

<Track 4, 5>
Lyn Dobson – Soprano Saxophone, Tenor Saxophone
Nick Evans – Trombone
Mark Charig – Trumpet

<Track 6>
Robert Wyatt – All Instruments


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 第84話は『Esther's Nose Job』おまけのおまけ・・・ということで、この項めでたく卒業式です。やれやれ。あ、次回の酒の肴は『Breda Reactor』と『Somewhere In Soho』です。ついでに、禁断のジェームズ・ジョイスなども登場したりして (^_^;)

 ※追記;ポール・トーマス・アンダーソン(Paul Thomas Anderson)監督によるピンチョン作品が、いよいよ本邦公開(4月18日)されます。ただし、タイトルは『L.A. ヴァイス』ではなく、原題に忠実そのものの『インヒアレント・ヴァイス』に変更されたようです。

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第82話  Soft Machine 『Grides』 (1970) U.K.

今夜の一曲 Esther's Nose Job (後編)


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< Esther's Nose Job とは?>

 まず、Nose Jobというのは鼻の美容整形手術。メリアム=ウェブスター(Merriam-Webster Online)で検索すると、医学用語としてはライノプラスティ(rhinoplasty)と表現するらしい。

 前述のように、『Esther's Nose Job』という組曲のタイトルは、トマス・ピンチョン(Thomas Pynchon)の小説、『V』(1963)の第四章から引用されています。新潮社の『トマス・ピンチョン全小説』の『V』では、第四章のタイトル訳は「エスター嬢が鉤鼻(かぎばな)を付け替えるの巻」となっています。
※訳;小山太一+佐藤良明

 『V』の第四章には、エスター(Esther Harvitz)という22歳の女性が登場します。エスターはユダヤ系の女性で、自分の鼻の形(6の字型)にコンプレックスを抱いています。彼女が憧れるのは、ぷりっと反り返ったアイリッシュ系の鼻。

 そこで、マンハッタンの整形外科医の元で美容整形を受けることにしました。医師の名前は、シェーンメイカー(Dr. Shale Schoenmaker)。


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 今にも叫び出しそうなハイな気分で手術室に入るエスター。でも、次の瞬間には不安の波に揉まれて無言のまま泣きじゃくる。手術が始まりますが、術中通してシェーンメイカーは、局麻のエスターに、二人の助手(アーヴィングとトレンチ/Irving and Trench)に、そして誰に、というわけでもなく、滔々と話しかけながら狂気のオペが進行します。

 その描写が延々と続くエグさは、まさにピンチョンのパラノイアを証明して総毛立ちます。しかも、このストーリーが異形なのは、術後にエスターがシェーンメイカーのもとを訪れ、まさにあの手術室でエスターと関係を持ってしまうこと。おまけに助手のトレンチに覗き見られながら。手術によってエスターの発情のスイッチが入ってしまったのです。挙げ句の果てに彼女は妊娠してしまう。

 この日、エスターはタクシーに乗ってシェーンメイカーの元を訪れています。その車内でかかっていた音楽が、チャイコフスキー(Peter Ilyich Tchaikovsky)の幻想序曲『ロミオとジュリエット』(Romeo and Juliet, fantasy-overture)のとろり甘いメロディ。そんな伏線に、ピンチョンのしたたかさを感じます。結局、手術は二人の関係を盛り立てる序曲(Overture)だったというわけか・・・

 シェーンメイカーが形成術の医師を志したきっかけとなった出来事についても触れられています。彼は第一次世界大戦中、戦闘機のメカニックでした。彼には、ひそかに憧れていた美形のエース・パイロットがいました。男の名は若き将校、エヴァン・ゴドルフィン(Evan Godolphin)。


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 そのエヴァンの乗った手負いの飛行機が着陸に失敗して滑走路に叩きつけられます。彼はこの事故で重傷を負い、顔の形を失ってしまいます。シェーンメイカーの言葉を借りると、「人の顔はここまで変形可能なのかと戦慄させる骨と肉の塊」・・・

 エヴァンは移植手術を受けることになります。軍医のハリダム(Halidom)は、アログラフト(Allograft)という施術を採用します。象牙の鼻梁、銀の頬骨、パラフィンとセルロイドの顎など、無機物素材を駆使して、顔面の形成を行いました。

 けれども、半年ともたない素材を使わざるを得なかったのが理由で、抗異物反応による感染症・炎症を引きおこし、エヴァンの美しかった顔面はやがて崩れ落ちることになります。

 「銀の頬は質屋にでも持ってけよ」と捨て鉢になるエヴァンを見て、シェーンメイカーはもっと望ましい形成術があるのではないか、という理想主義に目覚めます。こんな体験をもとに、シェーンメイカーは整形外科医を志すことになったのです。

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 こうした非現実な狂気と幻想に蹂躙された人々を描き出したのが、ピンチョンの『Esther's Nose Job』のワン・シーンでした。マイク・ラトリッジは、こうした『V』の放つ錯乱した異世界に魅せられて、『Volume Two』のB面を飾る組曲に、このタイトルを捧げたのでしょうか。

 ピンチョンの『V』を通して出現する謎の女性V。Vというシンボルが表すのは何なのか、という議論も多々。Vとは、Void(虚無)なのかVanity(虚栄)なのか、それとも・・・。『V』には半端なく膨大な登場人物が登場します。しかも、それぞれが強烈な個性の発光体で、彼らが離合集散しては化学反応を起こしていく。

 耽美主義者たちが直視することを避けてきた人間の醜い側面、ひそかに隠匿してきた心の深い闇。これを隠さずあからさまに表現したピンチョンが、ダダイズムを信奉する若いミュージシャンの心を掴んだのは容易に理解できますね。

 また、それがサイケデリアを生きる彼らの心象にぴったりハマったのかもしれません。言うまでもありませんが、ピンチョンにラブ・コールを送ったのはソフトマシーンだけではなかったし、逆にピンチョン自身もミュージシャンの作品を多く引用していて興味をそそられます。
※Rhapsody; Thomas Pynchon & Pop Music


<Grides>

 まさかの一撃!あのラジオ・ブレーメン(Radio Bremen)のDVD動画が20分フルで私蔵できるなんて、一体誰が想像しただろう。こいつはビート・クラブ用にTVスタジオで収録した映像で、四本のカメラを駆使した、まさに「ファイト一発!」もの。(が、全編に挿入されるイケイケのサイケ調エフェクトだけはお願いだからやめてくださいね)

 撮影は1971年3月23日。同一日時のコンサートがキュニフォーム(The Cuneiform Label)から『Virtually』(1998)としてフル・セット版で発表されているが、DVD動画とは別テイク収録になっている。
※キュニフォームのHP、Allmusicに関連記事あり。


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 このコンサートは、ロバート・ワイアットにとって最後の欧州ツアーとなっていて、妙にノスタルジックになる。CDについては、1970年10月25日のオランダ・アムステルダムのコンセルトヘボウ(Concertgebouw)でのライヴ。『Esther's Nose Job』は、アンコール前のセカンド・セット最終曲として演奏された。

 この時期は1970年10月13日に始まり、11月18日に終了した『Fourth』のレコーディング・セッションの狭間にあたる。アルバム・タイトルの元になったエルトン・ディーン(Elton Dean)作「Neo-Caliban Grides」が10分を越える長尺で演奏されるのは珍しい。
※『Live In Norway』(Oslo, Feb 28, 1971)などでもロング・ヴァージョンが楽しめる。
※『Fourth』のレコーディング・デイトは10/13~16, 27~28, 11/9, 16~18となっている。

 実は、このアルバムがリリースされる3ヶ月前、エルトン・ディーンが亡くなっている。Elton Deanの死没が2006年2月8日、『Grides』の発売は同年5月23日だ。そんなことを考えながら『Grides』を聞くにつけ、ほろ苦い感傷に浸ってしまうことも告白しておこう。R.I.P.


Mike Ratledge - Electric Piano, Organ
Hugh Hopper - Bass
Robert Wyatt - Drums, Vocals
Elton Dean - Alto Saxophone, Saxello, Electric Piano


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 さて、次回。泥沼ついでのいくつかのの補足などを(笑)。

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Author:ticca
 音楽ネタを中心とした雑記帳です。

 60年代後半から70年代にかけてのワールドワイドなロック、ポップス、プログレ、アシッド、サイケ、フォーク、ジャズロック、ジャズなどの話題を主に、ひっそりメモってます。

 それぞれの記事はその時々のフィーリングで書いていますが、基本形はある曲をきっかけに感じた雑感が題材になっています。

 私は単なる音楽愛好家ですので、記事に関しては、思い込みや勘違いがたっぷりあることかと思います。その点はご容赦願います。もし、お気づきの点があれば、ご指摘下さい。

 個人的に思い入れのあるものを主に綴っていますので、マイナーかつ気まぐれなセレクション、お許し下さい。

 それでは、今宵の音楽夜話におつきあい下さい。

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