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第97話 The United States Of America 『Same』 (1968 )U.S.

今夜の一曲  The Garden Of Earthly Delights


USA (9)


◆以下の設問に答えよ◆

問題1;ロックのバンド編成にバイオリンが導入されるようになった背景は何か?
問題2;ロック界におけるバイオリンの巨匠(マエストロ)を挙げなさい。 
問題3;ロック界において、バイオリニストであることの長所は何か?
問題4;ロック界に初めてバイオリンを導入したのは誰か?
問題5;ロック史におけるイースト・オブ・エデンの業績を評価せよ。
(各20点 計100点)

<後編>

それでは、ロック系バンドでバイオリンが使われた例を「1968年代以前」というくくりで洗い出してみましょう。

前回話題にしたシュガーケイン・ハリス(Don "Sugarcane" Harris)を再び取り上げます。彼はジョニー・オーティス・ショウ(The Johnny Otis Show Featuring Mighty Mouth Evans & Shuggie Otis)の『Cold Shot!』にサイドマンとして参加。タイトル曲でバイオリンを弾いていることがわかりました。1968年作ですが、残念ながらリリース月までは不明。

ここで、第92話で話題にしたダーティ・マックに話を戻します。The Dirty Macとは、ローリング・ストーンズ周辺で持ち上がったスタジオ・ライブ企画、『ロックンロール・サーカス』(Rock and Roll Circus)のために結成されたワン・ショットのスーパー・グループでした。

メンバーはジョン・レノン(John Lennon)、キース・リチャーズ(Keith Richards)、ミッチ・ミッチェル(Mitch Mitchell)、エリック・クラプトン(Eric Clapton)の御仁。


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演奏曲目は「Yer Blues」、そして「Whole Lotta Yoko」。実は、その「Whole Lotta Yoko」にはバイオリニストが合流しているんです。ジョン・レノンはあまり記憶にないらしく、後年「なんだか頭の狂ったようなバイオリニストがいたなぁ」くらいの発言をしていましたよ。OMG!

その「狂ったような」バイオリニストの正体はイブリー・ギトリス(Ivry Gitlis)。クラシック畑から参戦したバイオリニストでした。

ロックンロール・サーカスの収録は1968年12月。けれども、この震っちゃうような音源が陽の目を見ることはなく、あっけなくお蔵入り。TV放映すらありませんでした。その封印がようやく解かれたのが1996年。2004年に満を持してのDVD化。それまで世に知られることもなかったなんて、勿体なさすぎ。どうしてくれよう!

先を急ぎましょう。続いて、アル・クーパー(Al Kooper)とスティーヴ・カッツ(Steve Katz)のイメージの濃い、ブルース・プロジェクト(The Blues Project)。二人はオリジナル・メンバーの中ではニュー・フェイス。ブルース・プロジェクトへは後追いで加わったメンバーでした。


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この二人が、1967年10月、突如として脱退を表明します。二人はそのままブラッド・スウェット・アンド・ティアーズ(Blood, Sweat & Tears)を結成して、表街道を歩みます。

残されたブル・プロ(勝手に省略すんなって?)は自然消滅かと思われましたが、置き去りにされたメンバーのうち、アンディ・カルバーグ(Andy Kulberg)(fl)とロイ・ブルメンフェルド(Roy Blumenfeld)(ds)の大黒柱を中心に、1968年4月、バンドは再編されます。こうして発表されたのが『ブルース・プロジェクト・ラスト・アルバム』(Planned Obsolescence)。1968年12月のことでした。

このアルバムに起用されたのが、バイオリニストのリチャード・グリーン(Richard Greene)。グリーンは「ブルーグラス界にその人あり」と謳われた才能の持ち主です。ブル・プロのバイオリンとフルートの掛け合いを軸とした不思議な音世界は、初期作とはまた違う魅力を放っています。

ブルース・プロジェクト名義ではあるものの、実際はヴァーヴ(Verve Forecast)との契約を履行する関係でバンド名を継承したのであって、『Planned Obsolescence』はシー・トレイン(Sea Train)の事実上のデビュー作として捉えた方が良さそうです。


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さて、1968年7月リリースの、あるアルバムに目を向けましょう。今度はリック・グレッチ(Ric Grech)絡みです。骨の髄まで英国くさいバンド、ファミリー(Family)。『ミュージック・イン・ア・ドールズ・ハウス』(Music in a Doll's House)がそれです。リックはbass, violin, cello, vocal担当となっています。

※ちなみに、その後グレッチはブラインド・フェイス(Blind Faith)に引き抜かれ、唯一作を1969年8月にリリース。さらに1970年3月にはジンジャー・ベイカーズ・エアフォースのデビュー作『Ginger Baker's Air Force』に乱入。また、トラフィック(Traffic)には、1971年11月リリースの『ザ・ロウ・スパーク・・・』(The Low Spark of High Heeled Boys)から参加しています。

さて、お次。1968年6月リリースのブルースブレイカーズの『Bare Wires』。バイオリン&コルネット(トランペット)に、ジャズ畑のヘンリー・ロウザー(Henry Lowther)の名前があります。


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ロウザーは器用・多才で、多くのアーチストと共演しています。60年代にはマイク・ウェストブルック(Mike Westbrook)(1963)、ジョン・ダンクワース(John Dankworth)(1967)、グラハム・コリアー(Graham Collier)(1967)、ジョン・ウォーレン(John Warren)(1968)、ニール・アードレイ(Neil Ardley)(1968)、ボブ・ダウンズ(Bob Downes)(1969)、キーフ・ハートレイ(Keef Hartley)(?)、マイク・ギブス(Mike Gibbs)(1970)、ケニー・ホイーラー(Kenny Wheeler)(1972)などなど・・・

しかし、純粋にロック系かと言えば「?」でしょうか。

ちょっと寄り道して、トラッド寄りのグループですが、フェアポート・コンベンション(Fairport Convention)はいかがでしょう。

フェアポートのバイオリニストというと、個人的にはデイブ・スウォブリック(Dave Swarbrick)ですが、彼は三枚目の『Unhalfbricking』(1969年7月)からの参加なんです。

けれども、フェアポートの初期作には、バイオリニストとしてマーティン・ランブル(Martin Lamble)がメンバー入り。デビュー作『Fairport Cinvention』のリリースは1968年6月ですよ。ちなみに、2ndの『What We Did』になると、1969年1月リリース。

さてさて、ロック寄りにせよ、トラッドやジャズまで食指を伸ばしていると夜が明けてしまうので、これくらいで勘弁して頂きましょう。


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もっと以前のものはないか、と目を皿にして探していたら、まだまだあるじゃないですか!たとえば、1967年12月録音、1968年3月リリース作。鬼才ジョセフ・バード(Joseph Byrd)率いる、必殺ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカ(The United States Of America)です。

このエクスペリメンタルなアヴァン・サイケ・バンドの残した怪作が、2004年、なんとサンデイズド(Sundazed Records)からデモ、別テイク、アウトテイクスを含む拡張版として発売されたのです。世も末ですね!

このノー・ギタリスト・バンドはバイオリニストとしてゴードン・マロン(Gordon Marron)を擁しています。担当楽器はバイオリンとリング・モジュレータというから生唾ものです。マロンだなんて可愛い名前のバイオリニストは、現在ではカウアイ島でブルー・ハワイでも飲みながら、ハワイアン・ミュージック・サークルにどっぷりでしょうか。

ニコ(Nico)のお姉さまがUSAに加わろうとしたという逸話もあり、ニューヨークのアングラ・シーンってのは超ミステリアス。ニコもいいけど、私にとっては、ドロシー・モスコヴィッツ(Dotothy Moskowitz)嬢「命」ですから(笑)。

じゃ、The United States Of America以前は・・・? 先ほど取り上げたヘンリー・ロウザーとマンフレッド・マン(Manfred Mann)の共演が1967年という記録があります。


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また、ジェントル・ジャイアント(Gentle Giant)のシャルマン兄弟が結成していたサイモン・デュプリー&ザ・ビッグ・サウンズ(Simon Dupree and the Big Sound)。彼らのファースト・リリースは1966年のシングル曲「I See The Light」に遡ります。

バンド解説を見ると、レイ・シャルマン(Ray Shulman)がguitar, violin, trumpet, vocals担当となっています。唯一のアルバムが『Without Reservations』(1967)。その他にもおびただしい数のシングルや、16曲にも及ぶアンリリースト・マテリアル(セカンド・アルバム用のマテリアルか?)が後年発売になり、マニアを悦楽の園へと誘いました。

2004年にリリースされたアンソロジー(CD二枚組コンピ)『Part Of My Past』。そこに収められた未発表曲「Stained Glass Window」(1967)「Kindness」(1968)などには、ストリングス(バイオリン)が導入されています。ただ、それがレイによる貢献なのかははっきりしません。いずれにしても、1969年の解散までの間に、実際にレイが、いつどの曲でバイオリンを弾いていたかは、検証が必要です。

同様に、リック・ダンコ(Rick Danko)にしても、ザ・バンド(The Band)結成前夜の活動については、未確認だったりします。

さてさてさて。以前、話題にしたドン・シュガーケイン・ハリスの古いディスコグラフィを見ていると、リトル・リチャード(Little Richard)の『Little Richard is Back』が1964年ですね!(※未聴)


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まだまだロック系の音源へのバイオリニスト参加の事例は一杯ありそうです。メンバーなのか、ゲストなのか、はたまた、どういう貢献の仕方なのなのか。それを調べていくのはわくわくドキドキですね。さて、ここからがいよいよ佳境。

ですが、そんな検証の楽しみを、私ごときが奪っては申し訳ないので、ここから先は、あなたにバトンタッチです。わっはっは(笑)。


Edward Bogas - Bass, Calliope, Organ, Piano
Joe Byrd - Arranger, Calliope, Harp, Organ, Piano
Gordon Marron - Violin, Strings, Ring Modulator
Dorothy Moskowitz - Vocals
Craig Woodson - Drums, Percussion




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第96話 Led Zeppelin 『Led Zeppelin II』 (1969) U.K

今夜の一曲  Whole Lotta Love (胸いっぱいの愛を)


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さて、無敵艦隊の勢いで一時代を築いたLed Zeppelin。先駆的なサウンド・イノヴェイターでありながらブルースやフォーク、サイケデリアなど、時流を捉えて疾走した彼らも、実はソング・ライティングの面では大いに物議を醸しました。

まず、「Whole Lotta Love」(胸いっぱいの愛を)。『Led Zeppelin II』(1969)のオープナーであると同時に3分12秒の短縮盤がシングル・リリースされ、ビルボード第4位まで登り詰めた名曲。ツェッペリンはこれをBonham, Jones, Page & Plantのクレジットでリリースしました。

ところが、Willie Dixonが書き、Muddy Watersの演奏で知られる「You Need Love」(1963)と同じにおいがぷんぷん。歌詞などはモロですね。「Whole Lotta Love」の最後のコーラス後のラインにある「Shake For Me」「Backdoor Man」などはシカゴ・ブルース界のマスター、ハウリン・ウルフ(Howlin' Wolf)の『Howlin' Wolf』(1962)収録曲タイトル(Dixon / Wolf)まんまでした。

プラントが歌唱のスタイルとしてお手本にしたのは、スモール・フェイセズ(Small Faces)による「You Need Love」のカバー曲「You Need Loving」(1966)(クレジットは何とMarriott / Lane)だったかもしれません。







プラントの唱法はスティーヴ・マリオット(Steve Marriott)を意識しまくり。プラントはマリオットになりたかった男だ。Small Facesのギグにも通いつめていたし(Kidderminster / Stourbridgeのギグなど)、そのギグ恒例のオープニング曲は「You Need Loving」だった。

そう考えると、「似ている」のも当然の成り行きと言える。が、それをノー・クレジットでやってしまったがゆえの、著作権問題がらみの訴訟沙汰。かくかくしかじか、最終的にクレジットは、Dixon, Bonham, Jones, Page, Plantに変更されました(1987)。

※ペイジにとっても、ニュー・ヤードバーズ(New Yardbirds)のヴォーカリストとしてマリオットが最有力候補だったが、あっけなくふられたという経緯がある。また、スティーヴ・ウィンウッド(Steve Winwood)、テリー・リード(Terry Reid)の名も、ペイジの青写真にはあった。だが、計画は暗礁に乗り上げていた。

※ディクソン側が訴えたのはSmall Faces ではなく、Led Zeppellinだった。どうやらDixonの娘のシャーリ(Shirli)(13歳)が友達の家で「Whole Lotta Love」を耳にして、どこかで聞いた曲だなぁ、と思ってレコードを借りた。それを家に持ち帰って父親に聞かせたと言う。


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同じく『Led Zepelin II』のトラブル事案としては、「Lemon Song」があげられます。この曲は、チェスター・バーネット(ハウリン・ウルフ)<Chester (Howlin' Wolf) Burnett>の「Killing Floor」(1964)と、ロバート・ジョンソン(Robert Leroy Johnson)の「Travelling Riverside Blues」(1937)の合わせ技と言われています。

着地点としては、1970年代になってバーネットの名前をクレジットに加え、Howlin' Wolf, Bonham, Jones, Page, Plantとすることで一件落着。

「Bring It On Home」では、サニー・ボーイ・ウィリアムソンII(Sonny Boy Williamson II)の曲が(1963)引用されました。これもノー・クレジット。

また、デビュー作『Led Zeppelin』(1969)では、「Dazed And Confused」でトラブル発生。ジェイク・ホルムス(Jake Holmes)のデビュー作『The Above Ground Sound』(1967)に収められた同曲。ジェイク自身もトラッドを引用した模様。まず前段として、それをジミー・ペイジ在籍のヤードバーズ(Yardbirds)がカバーしています。





ジェイクはニューヨークでヤードバーズの前座をつとめたことがあります。自分の曲がノー・クレジットでツェッペリンに引用されたことを知ったジェイクは、ペイジに「一言くらい断って欲しい」と手紙を送りました。けれども、返事はなかったとのこと。この件は2010年に訴訟となり、2012年に決着。クレジットは"inspired by Jake Holmes"と変更されました。

「Babe I'm Gonna Leave You」はTrad. arr. Jimmy Pageとなっていますが、実は元歌があることが判明しました。ジョーン・バエズ(Joan Baez)がカバーしたアン・ブレドン(Anne Bredon)の「Babe I'm Gonna Leave You」(1960)です。ペイジ側に悪意はなかったにせよ、最終的にはクレジットの変更(Anne Bredon, Page & Plant) を余儀なくされました。

「How Many More Times」では、ハウリン・ウルフの「How Many More Years」(1951)、アルバート・キング(Albert King)の「The Hunter」(1967)が曲中でメドレー演奏されているものの、これもノー・クレジットであることが問題視されました。

さらに、『Led Zeppelin IV』(1971)では、「Stairway To Heaven」(天国への階段)(1971)とスピリット(Spirit)の「Taurus」(1968)のイントロのリフが似ているとして訴訟に発展し、現在係争中です。





ツェッペリンは初めての米国ツアー(1968)でクリスマスの翌日、スピリットの前座を務めました(the Denver Auditorium Arena)。それ以降も何度かステージを共にしています。状況証拠として「Taurus」を聴いたツェッペリンが同曲を拝借したというのが、争点の一つです。

スピリットのギタリスト、ランディ・カリフォルニア(Randy California)は「一言、ペイジにThank Youと言ってほしかっただけだ」とのことですが、結局その言葉はなかった。両曲を聞き比べてみて、みなさんの率直な印象はいかがでしょう。

ツェッペリンからは、ちょっと離れましょう。ここに、もう一つ踏み絵があります。イーグルス(The Eagles)のミリオン・セラー「Hotel California」(ホテル・カリフォルニア)(1977)。名曲ですよね!

ここで先入観なしに、ジェスロ・タル(Jethro Tull)の「We Used To Know」(1969)を聞いてみて下さい。偶然の産物?他人のそら似?それとも、似ても似つかない赤の他人?





借用&引用疑惑だなんて、遡れば日常茶飯事だったのでしょうか。スメタナ(Smetana)の『わが祖国』の第二曲「モルダウ」(Moldau)(1874)は良いのか? イスラエルの国歌はどんな経緯で選定されたのか? 楽聖ベートーヴェンの交響曲第3番変ホ長調『英雄(エロイカ)』(1804)(Symphony No. 3 in E-flat major)の第1楽章は良いのか?

※スメタナの「モルダウ」は15世紀から16世紀にイタリアで活躍したテノール歌手ジュゼッペ・チェンチ(Giuseppe Cenci)の「ラン・マントヴァーナ」(La Mantovana)を改変している。

※ベートーヴェンの「英雄」のテーマはモーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart)の歌劇『バスティアンとバスティエンヌ』(Bastien und Bastienne K.50/K.46b)序曲(1767)のテーマに似ている。


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「似てる」「似てない」は個人の印象に負う部分も大きいので、これを明確な基準をもって正否を判断するのは難しい。法律の視点に立ってさえ、現在では「4小節以内、あるいは15秒以内の短いフレーズの引用」であっても著作権上アウトとなる可能性は十分あります。

まぁ、深いテーマですね。影響を「与え&与えられ」、刺激を「与え&与えられ」、その結果として合法的かつ良い意味での「ライバル意識」を燃やす中で『切磋琢磨』ができればいいのですが・・・。ひいてはそれがファンに感動を与えてくれる・・・

今回の夜話は、誰それを「糾弾」するとか「揶揄」するとかではなく、敬愛するミュージシャンたちに対する「オマージュ」だと思って頂ければ・・・やっぱり私は大人だなぁ(^_^;)


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Jimmy Page – electric and acoustic guitars, backing vocals, theremin on "Whole Lotta Love"
Robert Plant – lead vocals, harmonica on "Bring It On Home"
John Paul Jones – bass guitar, organ on "Thank You"
John Bonham – drums, timpani





テーマ : 洋楽ロック
ジャンル : 音楽

第95話 Deep Purple 『Machine Head』 (1972) U.K.

今夜の一曲  Smoke On The Water


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前回の夜話で、ディープ・パープルがIt's A Beautiful Dayの「Bombay Calling」を参考に「Child In Time」を作曲したことに触れました。でも、〇〇が〇〇に似ているだなんて、この手の話は業界には山ほどある話です。

学生の頃に読んだジョージ・ハリソン(George Harrison)のインタビュー。インタビュアがジョージに「マイ・スウィート・ロード」(My Sweet Lord)(1970)はシフォンズ(The Chiffons)の「イカした彼」(He's So Fine)(1963)を剽窃したと言われていますが?・・・と質問していました。

当時、「剽窃」(ひょうせつ)だなんて言葉を知らず、「ジョージは難しい言葉を知ってるんだなぁ」と妙に感心した覚えが・・・。でも、考えてもみれば、「剽窃」というのは日本語ですよね。私も間抜けですなぁ。この言葉を使ったのは日本人の翻訳者だし(笑)。

エドウィン・ホーキンス・シンガー(The Edwin Hawkins Singers) の取り上げた18世紀の賛美歌「Oh Happy Day」(1968)。ジョージはこの曲にインスパイアされて「My Sweet Lord」を書きあげたそうです。しかし、意図してか意図せずかを問わず、ジョージの敗訴という形で裁判は結審します。


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ジョン・レノン(John Lennon)にしても、「カム・トゥゲザー」(Come Together)(1969)はチャック・ベリー(Chuck Berry)の「ユー・キャント・キャッチ・ミー」(You Can't Catch Me)(1956)に酷似している、との指摘を受けました。ジョンは騒動を鎮めるために、『Rock 'n' Roll 』(1975)でこの曲を取り上げ、印税を支払うという形で決着を図りました。

音楽の世界だけではありませんが、互いに影響を「与え&与えられ」の世界において、オリジナルと二番煎じとの線引きは非常に難しくなっています。

ロックの世界でも古くはビーチ・ボーイズの「Surfin' USA」(1963)とチャック・ベリーの「Sweet Little Sixteen」(1958)。ドアーズの「Hello I Love You」(1968)とキンクスの「All Day And All Of The Night」(1964)など、枚挙にいとまがありません。

Deep Purpleのイアン・ギラン(Ian Gillan)も、「Child In Time」でみせたファルセット・スクリームのアイデアは独創ではなく、エドガー・ウィンター(Edgar Winter)の「タバコ・ロード」(Tobacco Road)から得たと語っています。


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Deep Purpleの全英第二位シングル曲「ブラック・ナイト」(Black Night)(1971)はどうでしょう。リッキー・ネルソン(Ricky Nelson)の「サマー・タイム」(Summertime)(1962)のリフにインスパイアされた、と言ったのはロジャー・グローヴァー(Roger Glover)だったか、ジョン・ロード(Jon Lord)だったか・・・

※「Summertime」の元ネタはジョージ・ガーシュイン(George Gershwin)の同名オリジナル曲。オペラ作『ポーギーとベス』(Porgy and Bess)(1935)のために書き下ろされた。

それに、「Black Night」はブルース・マグース(Blues Magoos)の「恋する青春」(We Ain't Got Nothin' Yet)(1966)にもよく似てますね。







ところで「Smoke On The Water」(1972)は、べートーヴェン(Ludwig van Beethoven)の交響曲第五番(The Symphony No. 5 in C minor )に影響を受けた、とリッチー・ブラックモア(Ritchie Blackmore)は語っています。

けれども、一聴してそれがわかる人なんていないのではないでしょうか。むしろ、アストラッド・ジルベルト(Astrud Gilberto)&ギル・エヴァンス(Gil Evans)の「Maria Quiet」(Maria Moite)(1966)に似ている、という主張の方が、ピンポイントですよね。





また、「Burn」(1974)のリフ。これは、ガーシュイン(Gershwin)の「Fascinating Rhythm」(1924)からヒントを得た? そして、「Fireball」(1971)。こちらはカナダのバンド、ウォー・ピッグ(Warpig)の「Rock Star」(1970)からヒントを得た?







そっくりだから何なのか、ここでかっこ付きの「正論」あるいは「邪推」に決着をつけようとする意図はありません。お茶を濁すつもりはありませんが、ここは一つ、話題提供という事でご納得いだだけたら、と思います。みなさん、大人なんですから(笑)。

次回の音楽夜話は、私も愛してやまない大御所Led Zeppelinの登場です。これまた「〇〇似」「〇〇風」「〇〇的」・・・の宝庫。さすが、偉大なイノベーターはマジで話題豊富ですね。


Ritchie Blackmore – guitar
Jon Lord – keyboards
Ian Paice – drums, percussion
Ian Gillan – vocals, harmonica
Roger Glover – bass


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テーマ : 洋楽ロック
ジャンル : 音楽

第94話 It's a Beautiful Day 『It's A Beautiful Day』 (1969) U.S.

今夜の一曲  Bombay Calling


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◆以下の設問に答えよ◆

問題1;ロックのバンド編成にバイオリンが導入されるようになった背景は何か?
問題2;ロック界におけるバイオリンの巨匠(マエストロ)を挙げなさい。 
問題3;ロック界において、バイオリニストであることの長所は何か?
問題4;ロック界に初めてバイオリンを導入したのは誰か?
問題5;ロック史におけるイースト・オブ・エデンの業績を評価せよ。
(各20点 計100点)

<中編>

 さて、ロックにバイオリンを導入した先駆者は誰だったか、でしたね。イースト・オブ・エデンの『世界の投影』のリリースが1969年2月。ですから、それ以前のロックのカタログで、バイオリンがフィーチャーされているアルバムを調べてみましょう。

 実は、1969年2月リリースというのは、ロック・バイオリンの歴史の中では、タイム・ライン的にはかなり早い印象です。ですから、私の頭の中にあったいくつかのアーチストはこの時点で予選落ちです。

 たとえば、ブルース系のバイオリニスト、パパ・ジョン・クリーチ(Papa John Creach)が参加したジェファーソン・エアプレイン(Jefferson Airplane)や、ホット・ツナ(Hot Tuna)。ホット・ツナはヨーマ・カウコネン(Jorma Kaukonen)、ジャック・キャサディ(Jack Casady)らが結成したバンドですが、パパ・ジョンのグループ参加は両バンドとも1970年のことでした。


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 次に思い浮かんだのが、ローリング・ストーンズ(Rolling Stones)の『レット・イット・ブリード』(Let It Bleed)。「カントリー・ホンク」(Country Honk)で演奏したバイオリニストはバイロン・バーリン(Byron Berline)。彼はブルーグラス出身。アルバムのリリースは1969年12月です。これでは候補からはずれてしまいますねぇ。

 続いて、強烈な個性を放つシュガーケイン・ハリス(Don "Sugarcane" Harris )。彼はフランク・ザッパ&ザ・マザーズ(Frank Zappa & The Mothers of Invention)への参加で知られるブルース&ジャズ畑のバイオリニストです。

 ザッパとの交流において、最初にコラボしたアルバムが、ザッパのソロ名義の『ホット・ラッツ』(Hot Rats)。これは1969年10月リリース。シュガーケイン・ハリスが2曲、ジャン・リュック・ポンティ(Jean Luc Ponty)が1曲、それぞれバイオリンの妙技を披露しています。

 ですが、シュガーケイン・ハリスのマザーズへの参加はそれ以降です。『Burnt Weeny Sandwich』(バーント・ウィーニー・サンドウィッチ)が1970年2月、『Weasels Ripped My Flesh』(いたち野郎)が1970年10月と、70年代に入ってしまうのです(両者はバンド解散後の未発表音源集)。ちなみにハリスがジョン・メイオールと合流したのも70年代に入ってからでした。

※シュガーケイン・ハリスのディスコグラフィを見て見ると、同じく1969年にJohn Mayall & Bluesbreakersの『The Best of John Mayall』がリスト・アップされていますが未確認。


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 米国人画家マックスフィールド・パリッシュ(Maxfield Parrish)の「Ecstasy」(1930)にインスパイアされたスリーヴ・デザイン(Bruce Steinberg作)で知られる、イッツ・ア・ビューティフル・デイ(It's a Beautiful Day)。

 まさにパリッシュ・ブルー(パリッシュお得意のコバルト・ブルー)の映える気品あふれる作風は、ノーマン・ロックウェル(Norman Rockwell)、アンディ・ウォーホール(Andy Warhol)など、多くの信奉者を抱えています。

 ※ロックウェルは「パリッシュは自分のアイドルだ」と公言していたし、ウォーホールはパリッシュの絵画のコレクターだった。

 パリッシュの作品はムーディ・ブルース(The Moody Blues)やエルトン・ジョン(Elton John)のアルバム・カバーでもお馴染みですね。


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 もともとこのバンドは、バイオリニストのデビッド・ラフレイム(David LaFlamme)が結成したグループです。彼の出自はオケのソロイスト。つまり、クラシック畑。後にジェリー・ガルシア(Jerry Garcia )やジャニス・ジョップリン(Janis Joplin)とも共演したことでも知られています。

 彼らの活動は1967年に遡ります。ところがマネージャーとの関係につまずき、アルバム・リリースは1969年9月までもつれ込みます。ですから、バイオリンの導入が1967年だったとしても、公式音源として周知されるのはかなり後のことです。

 すがすがしいグループ名とは裏腹に、厳しい下積み生活を余儀なくされたシアトルでの日々。天候にも恵まれず、皮肉にもそれが彼らのシグネチャー・ソング(代表曲)を産みます。代表曲の「ホワイト・バード」(White Bird)がそれです。

 ところで、ディープ・パープル(Deep Purple)の『In Rock』(1970)に収録されたA③「Child In Time」。このメロディがIt's a Beautiful Dayのデビュー作B①「Bombay Calling」からの借用だというのはよく知られた話です。


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 It's A Beautiful Dayは、それを訴訟沙汰にしませんでした。その代わり、お礼参りとしてDeep Purpleの『The Book Of Taliesyn』(詩人タリエシン)(1968)収録の「Wring That Neck」からアイデアを借用したのです。それが、第二作『Marrying Maiden』(1970)に収録された「Don And Dewey」だったのです。

 It's A Beautifu Dayの「Bombay Calling」は、ラフレイム参加の前身バンドOrkustraによってマーチング・バンド風の演奏が残されています。1967年のことです。もし、パープルがこれに倣(なら)ったならば、アルバム・タイトルは『In Rock』ではなく、『In March』だったと推測されます(笑)。

 もともと、Bombay Callingは、ヴィンス・ウォレス(Vince Wallace)が1962年に作曲した曲です。ネット動画にあるのは、その1975年再録でしょうか。


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 ヴィンス・ウォレスはジャズ畑のサクソフォン奏者。ウォレスはこの曲を1966年、It's A Beautifu Dayのラフレイムに聞かせた、といいます。その後ラフレイムは、シーンで脚光を浴びます。

 それに対して、ウォレスはその才能にも関わらず、当時の音楽の時流に乗れませんでした。レコード会社はBS&TやChicagoの売り出しに夢中で、ウォレスの才能は過小評価されたとも言います。

 さて、Deep Purpleの「Child In Time」はメンバーの共作になっていて、ラフレイムの名前はノー・クレジットです。盗用の可能性はあるのでしょうか。確かに、テーマ・ソロ・テーマ・エンディングの構成もそっくり。パープルの曲のイントロは、よりブルージーな迫り方をしていますね。

 1988年6月、イアン・ギラン(Ian Gillan)は、ラジオ・ショー「Rockline」で興味深い発言をしています。ギランは、アルバム『Nobody's Perfect』のプロモートのためにラジオ出演しました。そこで、ギランは盗用の事実を容認する発言をしたそうです。(未確認)。


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 2002年のイラン・ギランのインタビューが参考になるかもしれません。ある日、Bombay Callingを聞いたジョン・ロード(Jon Lord)がキーボードでこの曲を弾いていました。それを共感をもって聞いたメンバーたちは、オリジナル曲は聞いたことはなかったものの、みんなで曲想を膨らませて歌詞をつけ、ようやく出来上がったのがChild In Timeだったそうです。

 ※Ian Gillan, Mumbai, India, 3rd May, 2002 (Courtesy of Narendra Kusnur, Mid-Day Newspaper, Bombay)

 『In Rock』発表の数年後、空港でラフレイムと会った時、ラフレイムは「いいよ、僕らもWring That Neckを拝借したし」と返して和解が成立したとのことです。何だか、寛容なのか豪放なのか、まさに鷹揚(おうよう)な時代を象徴するような話ですよね。

 さてさて、これまで取り上げてきたロック・バイオリニストたちは、どれもこれも1969年以降のものばかりでした。次回はイースト・オブ・エデンの『世界の投影』(1969年2月)に先立つ1968年以前に遡ってみたいと思います。

Linda Laflamme - Organ, Piano, Electric Piano, Celesta, Harpsichord
David Laflamme - Violin, Vocals
Mitchell Holman - Bass
Val Fuentes - Drums
Hal Wagenet - Guitar
Bruce Steinberg - Harmonica
Pattie Santos - Vocals, Tambourine, Bells, Percussion





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ticca

Author:ticca
 音楽ネタを中心とした雑記帳です。

 60年代後半から70年代にかけてのワールドワイドなロック、ポップス、プログレ、アシッド、サイケ、フォーク、ジャズロック、ジャズなどの話題を主に、ひっそりメモってます。

 それぞれの記事はその時々のフィーリングで書いていますが、基本形はある曲をきっかけに感じた雑感が題材になっています。

 私は単なる音楽愛好家ですので、記事に関しては、思い込みや勘違いがたっぷりあることかと思います。その点はご容赦願います。もし、お気づきの点があれば、ご指摘下さい。

 個人的に思い入れのあるものを主に綴っていますので、マイナーかつ気まぐれなセレクション、お許し下さい。

 それでは、今宵の音楽夜話におつきあい下さい。

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