第127話 Danny Kirwan 『Second Chapter』 (1975)

今夜の一曲  Love Can Always Bring You Happiness


dk (7)


フリートウッド・マック(Fleetwood Mac)の『枯木』(Bare Trees)(1972)収録の「Sunny Side Of Heaven」。折に触れて聴きたくなる名曲です。甘美なメロディがとろけます。この作者が、ダニー・カーワン(Danny Kirwan)。まさにギター・インスト・ヘヴン。

『枯木』は、10曲中半分がカーワンのペンになるものでした。残りはボブ・ウェルチ(Robert Welch)とクリスティン・マクヴィー(Christine McVie)が半分ずつ。

前作『Future Games』(1971)からマックにボブ・ウェルチとクリスティン・マクヴィーがフル・メンバーに加わりました。新しいラインナップになって、ようやく安定したサウンド・メイキングが可能になりました。


dk (3)


確かに、ポスト・ブルース期のマックとしては、ここに至ってようやく一つの地歩を築いたかに思えます。でも実際は、バンドは危うい均衡の上で、ぎりぎり成立していたようです。世はまさに無情です。

ピーター・グリーン(Peter Green)が薬禍で脱退し、ジェレミー・スペンサー(Jeremy Spencer)がChildren Of Godに入信するなど、マックは主要なメンバーを次々に失っていきます。

破綻寸前のマックを立て直そうという気運になったのは、ミック・フリートウッド(Mick Fleetwood)やジョン・マクヴィー(John McVie)の強固な決意があってこそでしょう。


dk (4)


ブルース色の濃厚なグリーンの影響から抜け出せたのは、カーワンの貢献も無視できません。結果、ソフト・ロック化してフォーキーなロックに傾き始めたとしても、彼らの魅力が決して薄らいだわけではありません。

『枯木』はカーワンのみならず、ボブ・ウェルチやクリスティン・マクヴィーの成長ぶりを実感するアルバムです。一人のスター・プレーヤーに依存するのではなく、どこから玉が飛んでくるかわからないスリルすら感じます。それにしても、このアルバムは売れなかった。(またかよっ・・・て声が(笑)

私にとって『枯木』は、どこか陰りのある典型的なブリティッシュ・サウンド。米国ではかろうじてチャートにかすったものの、英国では全く話題にもなりませんでした。それでも地味に根強い人気を誇るアルバムです。『枯木』はこの時期のマックとしては、唯一のGold扱いとなりました。心からCongrats!です。


dk (1)


カーワンは『枯木』のサポート・ツアーで四面楚歌となり、1972年に解雇されます。彼の飲酒癖に起因する素行の悪さや奇行。さらにメンバーと派手にトラブるてん末。その後、カーワンはソロ作をマーケットに問うものの、佳曲はあれどフォーカスの甘さが災いしてか、鳴きはしても飛ばず状態。

それがこの『Second Chapter』(1975年)。ですが、忘れ去るには余りに惜しい作品。「Hot Summer Day」や「Cascades」など、珠玉のメロディを誇る曲がいくつもあります。

ですが、その後のカーワンと言うと、なかなかいい話は聞こえてきません。1993年当時の(42歳)のインタビューによると、失業保険と雀の涙ほどの印税暮らし。相変わらずアルコール依存に苦しみ、精神的にも泥沼状態。


dk (6)


その後、2000年(50歳)になって、コンピレ『Ram Jam City』をリリースしようという機運が高まりました。カーワン君、ようやく日の当たる場所に出てきたという感じです。間違っても「そんなCDカーワン」なんて言ってはいけません(苦笑)

そこに至るまでには、意外にも元妻クレア(Clare)の助力があったそうです。クレアを通じてカーワンの貴重な消息が伝えられました。クレアはインタビュアーに、カーワン50歳の誕生日を祝う写真を見せたとか。写真に見る彼は、1993年のインタビュー時より、ずっと元気そうだった。

彼は時折、アルコール依存症患者のためのケア・センターの部屋で、ギターをつま弾いているそうです。彼のアルコール依存は解消されたのでしょうか。その記事にあったのは、彼をエリック・クラプトン(Eric Clapton)の例の施設に保護してもらうべきではないか、という意見。


dk (2)

その施設「Eric Clapton's Crossroads Centre」はカリブ海、西インド諸島に浮かぶアンティグア島(Antigua)にあります。ドラッグおよびアルコール依存患者の社会復帰を目指す施設で、創設者はエリック・クラプトン本人。

ここに、創設者のクラプトンからのメッセージが載っています。クラプトンのサムネイルをクリックしてみて下さい。crossroadsantigua.org

マック在籍時より、アルコール依存、かつドラッグ濫用者だったダニー・カーワン。その彼が、こうした無垢な曲を編むことが出来た奇跡に感謝すると共に、彼が早く心の病から解かれることを祈っています。


dk (5)



Danny Kirwan – guitars, vocals
Andy Silvester – bass guitar
Paul Raymond – piano
Geoff Britton – drums
Jim Russell – drums, percussion
Gerry Shury – string arrangements






<第31話  Fleetwood Mac 『Bare Trees』  (1974) へ>
スポンサーサイト

テーマ : 洋楽ロック
ジャンル : 音楽

次回の予告などを

次回はヘヴィーなドラッグ濫用者、かつアルコール依存に苦しむこの男の産み出す珠玉のメロディの数々。

そんな男の生きざまを垣間見ながら夜話をはじめてみたいと思います。

第126話 King Crimson 『Islands』 (1971)

今夜の一曲  Ladies Of The Road


kc (10)


クリムゾンのライブ演奏は、ギグごとにかなり異なったアプローチをとることで知られています。ゆえに、コアに聞き込むほどに、病的な世界がエンジョイできます(笑)。

そういう理由で、私のブート・コレクションの中でも一番多いのがクリムゾンだったりします。前夜、とりあげた「Ladies Of The Road」 にしても、これをライブごとに追っていくと、この曲がどういう経緯で出来上がっていったかがわかってドキドキします(やはり私は病気?)。

この曲はアルバム『Islands』に収められています。発売こそ1971年12月3日でしたが、リリース以前から、ステージで演奏されていました。それを追うことで、メンバーたちがこの曲をどう解釈してきたかが浮かび上がってきます。

クリムゾンは1970年12月11日に『Lizard』をリリース。しかし、ギグのリハーサル中、レコーディングを支えたメンバーが次々とバンドを去っていきます。フリップは急遽、メンバーの穴埋めをした上で、ギグのためのリハーサルを行う必要に迫られました。

こうして1971年、新たなギグと、新作のための作曲活動がスタートしました。クリムゾンは三度に及ぶ英国ツアーの後、『Islands』をリリース。その後、米国ツアーを敢行。年が明けた1972年にも、引き続き米国ツアーをスタートさせています。


kc (8)


「Ladies Of The Road」のコンサート初出はわかりませんが、手始めに1971年5月11日のギグの音源を聴いてみましょう。Plymouth Guildhallでの演奏です。これは珍しい演奏で、アルバム収録の構成とは全く違った曲が聴けます。

ライブにおける曲の基本構造は、メロ部をA、サビをB、GuitarソロをG、SaxソロをS、コーダの"Ladies Of The Road!"のコーラスをCとすると、次のようになっています。A1・A2・G・A1・B・A2・A1・B・G・C・S。最後のA1は二行のみです。

歌詞も、メロ部の4行目が少しずつ違ったり、コーダのコーラスとサックス・ソロとの間隔がかなり離れていたりします。歌詞に関しては、アルバムではA1でsmiledとなっているのが、ここではまだlaughedとなっています。

フリップのギターのファズも深く、ヴォーカルもVCSを通したような凄みのある音像になっていて、かなり邪悪なイメージが強調されたパフォーマンスとなっています。


kc (7)


このPlymouth公演は、第一次英国ツアー(5/11~6/2)のものです。次に、第二次英国ツアー(8/9~9/28)の演奏を聴いてみましょう。1971年8月10日、Marqueeでのライブ・パフォーマンスです。

曲の基本構造に大きな変更が加えられ、A1・A2・S・A3・B・A4・A1・G・C・S。これは現行の構成にかなり近づいたものです。メロ部に新たにA3・A4が加わりました。しかし歌詞は全く異なっています。二行のみ歌われる二度目のA1は、最終的にアルバムではまだ見ぬA5に差し替えられる運命です。

A1の歌詞の一部は最終版とは異なり、SaidをCried、SmiledをLaughedで歌うヴァージョンになっています。サビのBも、何だかビートルズのイメージに一番近い印象で歌われます。

しかし、第一次英国ツアーのPlymouth公演との最も大きな違いは、何と言っても、ソロの構成が見直され、大きな変更が加えられたことです。つまり、A2とA3の間のソロがギターからサックスへと変わり、以後このパターンが踏襲されます。確かにunzippedの後のわいせつシーンを描写するのに、サックスほどふさわしい楽器はないでしょう。

もう一点ですが、最後のギターソロに続くコーラスとサックスは、ほぼ同じタイミングで演奏されるようになりました。


kc (5)


さて、同じく第二次英国ツアーから1971年9月10日、Wolverhampton Civic Hall公演。この時期、A3とA4の歌詞がようやく確定したようです。

また、二行のA5メロが初めて登場。これが例のマロン・グラッセの歌詞が歌われる部分です。"Like marron-glaced fish bones. Oh lady hit the road!"ですね。 ただし、CriedとLaughedの部分はまだ変更が加えられていません。

演奏はひときわジェントルな雰囲気で始まります。Bのコーラス部にかけられたマルチ・エフェクトが繊細なタッチを醸し出し、好感が持てる演奏です。


kc (6)


さて、今度は第三次英国ツアー(10/8~10/30)の1971年10月9日Preston公演。まだCried、Laughedのままの歌唱です。ところが、6日後のBournemouth Winter Gardens Concert Hall公演で一つの変化が・・・

それは、Criedの部分は相変わらずですが、これまでLaughedと歌ってきた部分が、最終ヴァージョンのSmiledに確定しているのです。

演奏面では、二度目のBでたびたび観客の茶々や笑いが入ること、そしてギターソロ部分が、ギターというよりも、バイオリンかメロトロンのようにも聞こえてしまうことが特徴です。

ブートですから、録音のクオリティの問題で、そう聞こえるのかもしれません。この日の演奏はとことん荒れ狂った末、無に昇華する感じですよ。昇華というより、昇天でしょうか(笑)。


kcs (4)


そして、翌日の1971年10月16日のBrighton Dome公演。ここではドラムスのパターンが違って新鮮です。

Aメロに絡むギターのオブリガードも妙にブルージーだし、ボズのヴォーカルもとことんアンニュイなムード。笑い声が絡んだり、二回目のBでは、何と語りが入ってくる点できわ立っている。


kcs (2)


次に第三次英国ツアーも終盤となった1971年10月29日、Sheffield City Hall公演。相変わらず歌詞はCriedのままですが、A1のバックのドラムスが途中リズム・キープをやめたり、ライドシンバルを鳴らしたりする。A3では、ギターがバッキング・パターンを変えたりします。

そして、コーダのサックス・ソロは、これまで聴いたことのないフレーズを連発し、最高のブロウで魅せるという展開です。


kcs (1)


そして1971年12月3日。満を持してクリムゾンの4枚目のアルバム『Islands』がリリースされます。ここでの「Ladies Of The Road」のバージョンは、VCSシンセが味付けに使われ、ギター・ソロの逆回転が挿入された完成版とも言うべきものに仕上がりました。

きわだった違いがまだあります。それはA1の歌詞の一部で、これまで一貫してCried, "Peace と歌ってきたのが、突然Said, "Peace に変更されているのです。これはちょっと首をかしげたくなります。というのもアルバムのレコーディングが10月とされているからです。


kcs (3)


第三次英国ツアー(通称オータム・ツアー)は、10/8~30までとなっています。その間にレコーディングに入ったと考えるのは、不可能ではないにしても、スケジュール的にオーバー・ワークな気がします。

となると、ツアー日程を除外すれば、レコーディングが可能だったのは9/29~10/7迄か、10/31以降と考えるのが自然だと思うのですが・・・しかも、10/29のシェフィールド公演でCried, "Peace と歌っていることからすると、Said, "Peace に変更されたのは、10/31以降とする想像の方が自然だと思うのですが・・・

確かフリップの詳しい日記があったと思うのですが・・・まぁ、でもフリップのことなので、ステージの合間を縫ってレコーディングしていたかも知れないし、ここではボズのVoはまさに最終段階だったと思うのですがね。

アルバム・リリース後、クリムゾンは米国ツアーに出ます。第一次が11/10~12/11、第二次が1972年2/11~4/1です。この期間のクリムゾンのライブ音源を、一つだけ取り上げておきましょう。この曲に、なかなか面白い解釈を加えています。


kcs (5)


1972年2月26日、Jacksonsvill公演。まず、アルバム最終版だったはずのA1の Said, "Peace が Cried, "Peace に逆戻り。そして、A4の出だしの歌詞を、A3の出だしと間違えて歌ってしまいました!

つまり、Stone-Headed を High Diving と歌ってしまいました。さらに二度目のサビメロBの4行目がきわめつけ。オリジナルのラインを捨てて、突然ボズがキレまくる。"Oh, lady. Hit the road!! Yeah yeah yeah etc.."

これが無茶苦茶ソウルフルでかっこいい。アドレナリン全開でぶち切れたボズに喝采を贈りたいところですが、フリップ氏はこれにイラっときたのではないでしょうか。演奏慣れしてきたせいか、余裕と言うべきか。幾分スキも感じますが、全体的に生音を重視した造りで、好感の持てるパフォーマンスです。

ひとつ書きもらしました。アルバム・バージョンのコーダはギグのそれとは違った構成になっています。最後のギター・ソロの後が、サックスとエレピに引き継がれ、コーラスが入るのが遅れる点です。A1・A2・G・A1・B・A2・A1・B・G・S(+el-p)・Cですね。

おおざっぱに書きましたが、ブリッジ部分もボズの歌い方やコーラスのつけ方、エフェクトのかけ方が違う等、コアな楽しみが出来ますので、クリムゾン病患者の皆様におかれましては、今後とも是非、病気をお楽しみ下さい。

私は健全な社会生活をまっとうしないといけないで、これにて失礼いたします。

誰ですか、「もうすでに不治の病(やまい)」と言っているのは?




Robert Fripp – guitar, mellotron, harmonium, sundry implements
Peter Sinfield – words, sounds and visions, cover design & painting
Mel Collins – saxophones, flute, bass flute, backing vocals
Ian Wallace – drums, percussion, backing vocals
Boz Burrell – bass, lead vocals, choreography

Paulina Lucas – soprano vocals
Keith Tippett – piano
Robin Miller – oboe
Mark Charig – cornet
Harry Miller – double bass
Uncredited musicians – strings


テーマ : プログレ
ジャンル : 音楽

第125話 The Warriors 『Bolton Club '65』 (1965)

今夜の一曲  You Came Along (※本アルバムには未収録)


warriors (1)


ジャンルの肩書きが必要ならば、ビートルズに影響を受けた英国のビート・ポップ・バンドとでも。しかし、メンバーを聞いてどっひゃーと思った覚えがあります。ジョン・アンダーソン(Yes)、イアン・ウォーレス(King Crimson)、ジョンの兄ちゃんのトニー・アンダーソン(Las Bravos)、デヴィッド・フォスター(Badger)・・・

しかし、主役はリード・ヴォーカリストとしてスポットライトを浴びるトニー・アンダーソン。収録公演の演目にはジョンがリードを取る曲もあります。そして、Deccaに残したウォリアーズ唯一のシングルが今夜の一曲「You Came Along / Don't Make Me Blue」(1964)です。

ところが、世の中、何が起こるかわからない。彼らのギグを記録した音源が発掘されてしまいました。それがウォリアーズ『Bolton Club '65』。それに飛びついた私もどうかと思いますが、彼らのエネルギッシュなビート・ポップがたっぷり堪能できる怒濤の2CDセット。ジョン・アンダーソン21歳。若い・・・

デヴィッド・フォスターはトニー・ケイ(Key)主導のBadger(1973)の創設メンバーに名を連ねています。おっと、フォスターはジョン・アンダーソンに呼ばれてイエスでも仕事をしていますよ。

warriors (2)

1970年にリリースされた、イエスのセカンド・アルバム『時間と言葉』(Time and a Word)がそれです。曲のクレジットを見てみると、たとえば「Sweet Dreams」のクレジットは(Anderson - Foster)となっています。フォスターはヴォーカリストとして参加。

また、アルバム・タイトル曲の「Time and a Word」 (Anderson - Foster) にもクレジットされていて、フォスターはアコギもプレイしています。どうやらこの二曲はウォリアーズ時代にジョンとフォスターの二人で書き上げた共作曲らしい。

リード・ヴォーカルのトニー・アンダーソンは、その後「Black Is Black」(VoはMike Kogel)のヒットを飛ばしていたロス・ブラヴォース(Los Bravos)に加入。一年間という短期間ながら、主要メンバーとして活動しました。その後のキャリアをひも解けば、何と僧侶になってしまったという変種。

ところでイアン・ウォーレス。ウォリアーズ加入時、彼はまだ初々しいティーンズでした。そういえば、「イアン・ウォーレスはクリムゾンのヴォーカリストのオーディションを受けたが落選し、ボズが当選した・・・」なる噂が流れたことがあります(出典はwikipedia)。


warriors (6)


しかし、友人のCPさんは、「キング・クリムゾンの『サミット・スタジオ1972』(Live at Summit Studios 1972)のCDライナーで、ウォーレス自身が『自分はオーディションは受けてない』と書いてますよ。」と教えてくれました。なるほど!

ところで、ウォーレスのヴォーカルの力量はどうだったのでしょう。あれこれ調べてみましたが、リード・ヴォーカリストとしての活動の経歴はヒットしませんでした。先ほど取り上げたThe Warriorsの『Bolton Club '65』のM11「Too Much Monkey Business」では、トニーがメイン・ヴォーカル、ジョンとウォーレスがVoでクレジットされています。

ウォーレス参加のThe Worldの『Lucky Planet』(1970)についても触れてみましょう。The Worldは元ボンゾ・ドッグ(Bonzo Dog Doo-Dah Band)のニール・イネス(Neil Innes)のバンドです。リード・ヴォーカルはイネス。ウォーレスは、デニス・コーワン(Dennis Cowan)と共に、バッキング・ヴォーカル担当となっていて、ソロ・ヴォーカル・パフォーマンスではありません。


warriors (5)


彼がクリムゾンに移籍するきっきかけとなったのは、The Worldの『Lucky Planet』のギグを見に来たドラマー募集中のロバート・フリップ(Robert Fripp)に言い寄られたからです(笑)。

それでは、クリムゾンでの活動におけるウォーレスのヴォーカル・パフォーマンスに目を向けてみましょうか。

クリムゾンの4枚目『アイランズ』(Islands)では・・・やはりボズ・バレル(Boz Burrell)のリード・ヴォーカルに対して、ウォーレスとコリンズの二人がコーラスをつける形です。アルバム・トップの「Formentera Lady」では、ボズでもウォーレスでもない女声がスキャットで舞い上がります。

クレジットによれば、彼女の名前はポーリーナ・ルーカス(Paulina Lucas)。soprano vocals、或いはただ単にsopranoとクレジットされています。彼女もまた故人となってしまったようですが、詳しいキャリアをご存知の方はいませんか?


warriors (4)


いずれにせよPaulina Lucasの担当はヴォーカリゼーションであって、『アイランズ』にはボズ以外のヴォーカリストがリードを取る場面は見られません。そういう意味では、ウォーレスは最後の最後までヴォーカリストに憧れながら、とうとう陽の目をみることはなかったようにも思えます。

それでも、ウォーレスはこれまでのキャリアから分かるように、ヴォーカリストとしての活動に憧れを抱いてきました。事実、いくつかの曲で彼が見せてきたハーモニー・ヴォーカルは捨てがたい魅力を持っています。

その良い例が「Ladies Of The Road」のビートルズ風のコーラス・ワークでしょう。しかし、この曲の歌詞はひどいもので、私のような紳士にとってはちょっとお下劣で感心しません(ここ笑うところではありません)。

ピート・シンフィールド(Pete Sinfield)のペンになるグルーピー賛歌など、ごめんこうむりたいのが本音ですが、彼には彼の独特の屈折した女性観やグループ(或いは特定のメンバー)に対する絶望があるような気がしますね。


warriors (3)


フリップはあるコンサートで、自分の母親に向けて「ごめんなさい、こんな曲を演って」みたいな釈明をしたそうです。ちょっと未確認なので本気なのか冗談なのか、含みが伝わってきません。それにボズはどんな思いでこの詞を歌っていたのか・・・

ところで、フィル・コリンズ(Phil Collins)は1972年に、ウォーレスをファイバリット・ドラマーにあげています。これは最高の栄誉というしかありません。

しかし、『アイランズ』発表の翌年、シンフィールドはグループを去りました。この編成の初期の段階から、シンフィールドはボズを無知だと罵倒する場面があったり、フリップ主導の音を奏でることで深まる対立構造の中、残されたメンバーたちは自分の音楽とは何かわからなくなるジレンマもあったのでしょう。


warriors (7)


その後、ウォーレスやコリンズもグループを脱退してしまい、フリップは結局「そして一人が残った」というジェネシスもびっくり!の状態でした。

バンドには様々なケミストリーが作用し、舵を切るものの思いとは別に、全く予想もつかない方向へと漂流していくことがあります。

いやはや、ウォーリアーズをきっかけに話は尽きませんね(笑)。

David Foster - Bass Guitar and Harmonies
Jon Anderson - Harmony Vocals
Tony Anderson - Lead Vocal and Harmonica
Ian Wallace - Drums
Rod Hill - Guitar
Mike Brereton - Guitar



テーマ : 洋楽ロック
ジャンル : 音楽

ゲスト・ブック
Profile

ticca

Author:ticca
 音楽ネタを中心とした雑記帳です。

 60年代後半から70年代にかけてのワールドワイドなロック、ポップス、プログレ、アシッド、サイケ、フォーク、ジャズロック、ジャズなどの話題を主に、ひっそりメモってます。

 それぞれの記事はその時々のフィーリングで書いていますが、基本形はある曲をきっかけに感じた雑感が題材になっています。

 私は単なる音楽愛好家ですので、記事に関しては、思い込みや勘違いがたっぷりあることかと思います。その点はご容赦願います。もし、お気づきの点があれば、ご指摘下さい。

 個人的に思い入れのあるものを主に綴っていますので、マイナーかつ気まぐれなセレクション、お許し下さい。

 それでは、今宵の音楽夜話におつきあい下さい。

カレンダー
02 | 2016/03 | 04
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR