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第133話 Centipede 『Septober Energy』 (1971)

今夜の一曲  Septober Energy - Part 1


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1971年に二枚組の唯一作を残したセンティピード。これは果たしてワン・タイムのプロジェクトだったのか。それが気になっていました。

ムカデなるグループ名の由来は「50人と100本の足のための音楽」。本作Centipedeのレコーディングは1971年6月の4日間だけの日程。リリースは同年10月。
※Music for People and 100 Feet

そのセンティピードは前年1970年の11月15日付でコンサートを開いたという記録が残っています。

このリセウム(Lyceum)のコンサート時の写真がこれ。Cさんに指摘して頂いたのですが、写真中央、マイク・パトゥ(Mike Patto)とジュリー・ティペッツ(Julie Tippetts)の掲げた腕の間に鎮座しておみえなのは、まさにロバート・フリップ(Robert Fripp)(g)
ではありませんか。
※キースはティペット(Tippett)、ジュリーはティペッツ(Tippetts)なのか?


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マイケル・キング(Michael King)の『Wrong Movements / A Robert Wyatt History』によれば、「キース・ティペットは過去数ヶ月、大編成のための大曲の構想を練っていた。」とあります。

「このプロジェクトは最終的に2時間の組曲『Septober Energy』に結実した。だが、この実現しそうにないプロジェクトは、キースが中心となって集めたミュージシャンたちの同胞愛をいたく刺激した。」

キース・ティペットは次のように証言しています。「センティピードを編成した時、自分の知っている友人を、クラシックからジャズ、ジャズロック、ロックの世界まで、なるべく大勢入れたかった。ロバート・ワイアットは当然の選択だった。」

ティペットがThe Keith Tippett Groupとして『You Are Here... I Am There』をリリースしたのは1970年1月(Advision Studios, London)。セカンドの『Dedicated to You, But You Weren't Listening』は9月レコーディング(ワイアットも参加)、翌1971年1月のリリース。それを完成形に持っていくために『Septober Energy』を6月16~19日にレコーディング、10月8日にリリースしたという流れでしょうか。


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1970年の10月13~16日にはソフト・マシーンがオリンピック・スタジオで『Fourth』のレコーディング・セッションを開始しています。最終セッションが終了したのは11月16~18日で、これはセンティピードが11月15日にリセウムでの初コンサートを終えた翌日に当たります。

なので、この時期はセンティピードを構成する主要メンバーらがティペット・グループやソフト・マシーンと同時並行的にセッションを重ねて行く中で、キースがプロジェクトのコンセプトを固めていったと考えるのが妥当かと。

『Fourth』の最終セッションを終えた2日後の11月20日、21日には、センティピードはフランス、ボルドーにあるアルハンブラ劇場における「アーツ・フェスティバル」に参加。NME誌は「センティピード、フランスを侵略」(Centipede Invade France)という見出しを掲げて公演の成功ぶりを伝えています。(Roy Carrの記事による)

その後も各メンバーらはそれぞれの活動に忙しくした上で、1971年6月12日には、オランダのロッテルダムでコンサートを開きました。『Septober Energy』のレコーディングは、その4日後の6月16~19日となっています。


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ロイ・バビントン(Roy Babbington)はその録音風景について次のように述べています。「スタジオではミュージシャンを必要に応じて入れたり出したりしなければならなかった。何ページも綴じられた紙があって、そこに書いてある名前が呼ばれたら入っていって、自分のパートをやって、終わったら出ていく。

ありゃ、ちょっとしたもんだった。あんな手に負えないミュージシャン連中だけで何かをでっちあげちまおうって言うんだから。できたものを聞いた時には驚いたな。雰囲気がうまく捉えられていると思った。」

ジュリー・ティペッツは「バンドはレコードよりコンサートの方がずっと良かったわ。とても素晴らしい経験だったわ。」と語っています。

そして、1971年9月4日のメロディ・メイカー誌(Melody Maker)はロバート・ワイアットのソフト・マシン脱退(8月)を報じています。


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ワイアットはその後、マッチング・モールを始動させますが、同時にゴング(Gong)(9月18日)、アマルガム(Amalgam)(?)、ケヴィン・エアーズ(Kevin Ayers)(10月15日)、ゲイリー・バートン(Gary Burton)(11月)、ニュー・バイオリン・サミット(New Violin Suumit)(11月7日)への活動に奔走します。

センティピードでの活動に絞れば、10月14日ロイヤル・アルバート・ホール(Royal Albert Hall)、ファイナル公演が12月19日レインボー・シアター(Rainbow Theatre)。なお、12月29日、30日にはマッチング・モール(Matching Mole)のファースト『マッチング・モール』のためのセッションが行われました。

センティピードのジャケットにはワイアットのコメントが書かれています。ロバート・フリップの抱えた苦悩を案じつつ「それを語るも無意味だし、ジュリー・ティペットの詩について語るのもヤボだし」としながらも、「やっぱりニック・エヴァンス(Nick Evans)が発した『ワー・ヘイ(Wah-Hay)』」(勝ちどきの叫び)というメッセージだけは伝えておきましょうかね。」と締めくくっています。

何ともこのプロジェクト、本気なのかお遊びなのか、いかにも時代の寵児(異端児)たちの素晴らしき実験場となりましたね。フリップはティペット人脈での経験をクリムゾンの諸作に編み上げていく。


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Alto Saxophone – Dudu Pukwana, Ian McDonald, Jan Steel
Alto Saxophone, Saxello – Elton Dean
Baritone Saxophone, Clarinet – Dave White
Baritone Saxophone, Oboe – Karl Jenkins
Bass – Brian Belshaw, Dave Markee, Harry Miller, Jeff Clyne, Jill Lyons
Bass Saxophone, Soprano Saxophone – John Williams
Bass, Bass Guitar – Roy Babbington
Cello – Catherine Finnis, John Rees-Jones, Katherine Thulborn, Mike Hurwitz, Suki Towd, Tim Kramer
Cornet – Marc Charig, Mongezi Feza
Drums – Robert Wyatt, Tony Fennell
Drums, Percussion – John Marshall
Guitar – Brian Godding
Piano, Conductor – Keith Tippett
Tenor Saxophone – Alan Skidmore, Brian Smith, Gary Windo, Larry Stabbins
Trombone – Dave Amis, Dave Perrottet, Nick Evans, Paul Rutherford
Trumpet – Mick Collins, Peter Parkes
Trumpet, Flugelhorn – Ian Carr
Violin – Carol Slater, Channa Salononson, Colin Kitching, Esther Burgi, Garth Morton, John Trussler, Louise Jopling, Mica Gomberti, Philip Saudek, Rod Skeaping, Steve Rowlandson, Wendy Treacher
Violin [Lead] – Wilf Gibson
Vocals – Boz, Julie Tippett, Maggie Nichols, Mike Patto, Zoot Money
Producer – Robert Fripp


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テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

第132話  Soft Machine  『Triple Echo』 (1977)

今夜の一曲  Memories


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このアルバムがクールだったのは、当時、公式リリースされていた作品群の「別テイク」や「未発ライブ」など、聞いた事のないレア音源がぎっしり詰まっていたことでした。学生時代、レコード屋の店頭で「発見」した時の興奮度は尋常ではありませんでした。

その後、個々の音源の完全版が続々とリリースされ、今、改めてトリプル・エコーを聴き返すと、本作は貴重な音源の一部を抜粋しただけのパッチワークにすぎないように思えます。それでも当時は、このアルバムは宝石箱そのものだったのです。


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それほど当時はソフト・マシーンに関するブート音源は限られていた。ですから、その後の怒濤のようなソフト・マシーン関連のリリース・ラッシュはまさにアンビリーバボーでした。

トリプル・エコーって何だろうか。検索すると、1972年の英国映画がヒットする。それが引用元かはわからないけれど。


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映画のアウトラインはこうだ。第二次世界大戦中、農場の娘のアリス(Glenda Jacson)は軍を脱走したバートン(Brian Deacon)をかくまう。やがて、軍の追っ手が農場に迫ってくる。バートンは女装してアリスの姉になりすまして生活し、軍の目をごまかす。しかし、あり得ない筋書きの中、軍曹(Oliver Reed)に女装を見抜かれてしまう。そして悲劇が・・・

果たして、ソフツのコンピのタイトル名の由来は?どなたかご存知の方、おみえでしょうか?


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Kevin Ayers - Bass
Robert Wyatt - Drums, Vocals
Daevid Allen - Guitar
Mike Ratledge - Organ
Wtitten by - Hugh Hopper





ため息をついたところで、キース・ティペット(The Keith Tippett Group)の『You Are Here... I Am There』が聞きたくなる。「昨年のような今晩」(This Evening Was Like Last Year)。キース・ティペットのファースト・ソロ。1969作。スウィンギング・ロンドンの空気に突如として異質な空気が流れた不思議な時代。

「Stately Dance For Miss Primm」孤高のエルトン・ディーン(Elton Dean)のサックス。浸ってしまうなぁ。


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「Thank You For The Smile」ん?いきなりHey Jude !? こういうユーモア感がセカンドのタイトル曲(Dedicated To You, But You Weren't Listening )につながったのかな。

当時のジャズ・ロック・シーンはロック側からのアプローチがある一方、ジャズ・サイドからロックへのアプローチも顕著だった。キース・ティペットは、チャールス・ミンガス(Charles Mingus)やジョージ・ラッセル(George Russell)、ジョン・コルトレーン(John Coltrane)、ファラオ・サンダース(Pharoah Sanders)経由でした。

とは言っても、キース・ティペットはもともとクラシック畑出身。彼のコンポジションのルーツは、ヴォーン・ウィリアムス(Ralph Vaughan Williams)、フレデリック・ディーリアス(Frederick Theodore Albert Delius)、ダリウス・ミヨー(Darius Milhaud)あたり。いかにも、でしょうか?


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それにしても、キース・ティペットのファーストはフリーキーとかアヴァンとか、言われますが、今聞くと、それほど前衛っぽく思えませんよね。時代感覚が変わったのか、自分の感性が寛容になったのか。これまた謎深し。

Jeff Clyne - Bass
Marc Charig - Cornet
Alan Jackson - Drums, Glockenspiel
Elton Dean - Saxophone
Nick Evans - Trombone
Keith Tippett - Piano


テーマ : サイケデリック
ジャンル : 音楽

第131話 Joni Mitchell 『The Hissing of Summer Lawns』 (1975)

今夜の一曲  In France They Kiss on Main Street


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ジョニ・ミッチェルのアルバムの中でも、初めて買った思い出深い一枚。あれは高校生の頃だったかな。思えば、ジョーン・バエズ(Joan Baez)やジュディ・コリンズ(Judy Collins)のフォロワで終わらなかったところがジョニのジョニたるゆえんだろう。後追いで聞いたにせよ、それほど、この1975年の『夏草の誘い』は突き抜けていた。

何といっても最高の栄誉はローリングストーン誌(Rolling Stone)の「ワースト・アルバム・オブ・ザ・イアー」に認定されたことです!でも、メディア受けする曲を書けばいいってものでもない。新機軸を打ち出さねば、進歩は望めないから。ただし、痛みは伴うからね。試行錯誤がすべて受け入れられたり、評価を受けたりするわけじゃないし。

ジャジーなオープナーに始まって、二曲目は思いっきりエスニックと前衛のブレンドしたアプローチ。ブルンジの打楽器集団を起用した民俗音楽的な曲調。おまけにムーグの使い方も一般受けとは無縁の、実に奇怪な雰囲気。おまけに歌詞はフランスの印象派画家、アンリ・ルソー(Henri Rousseau)を引用して幻想的で、わたくしたまりませぬ。


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そうこうするうち、昨年(2016年)の10月12日、JoniMitchell.comからのツイートがSNSに飛び込んできたことを思い出したよ。バッファロー・ニューズ(The Buffalo News)の Life & Artsのコラム、Neil & Joni: Long may they run がそれでした。

折しも、ジョニ・ミッチェルとニール・ヤングの自伝が発行された時です。いずれも、問答無用にカナダを代表してしまうミュージシャンたち。しかし、この二人、音楽スタイルも人生観も好対照。二人の自伝の書き方も、ジョニの内省に対して、ニールはフェティッシュに愛車を礼賛したセルフ・ヒストリーだし。


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※Neil Young; "Special Deluxe: A Memoir of Life & Cars,”※
※Joni Mitchaell.; "Joni Mitchell In Her Own Words: Conversations with Malka Marom”

ジョニの記事中には、ジュノー賞(JUNO賞)の話が出てきました。受賞の理由は、作曲活動とか、ミュージシャンとしての彼女のパフォーマンスに対するものでは全然なかった。なんとまあ、彼女のプロデュースの業績に対して!だったという点で、我々の意表を突いたね。

ジョニも複雑な思い。さもありなん。自分の「クリエイティブ」な仕事が、どう評価されているかは、アーチストにとって最大の関心事なのだから。


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記事に取り上げられていた、次作『Hejira』からの「ブラック・クロウ」(Black Cow)。音楽と恋にすがる人生に見たのは、光るものを見つけては急降下してくる不気味に黒いカラス。栄光と凋落の象徴とかね。

そして、一睡もせず迎えた朝、バスルームの鏡に見るやつれた自分の顔・・・そんなイメージがつづられる強烈な曲。ジョニが、そんな風に自分の人生を見ているなら悲しい。これは単なる歌の中での絵空事だと信じたい。

今でも鮮烈に覚えているのは、ジョニのコンサートで「チャイニーズ・カフェ」(Chinese Cafe)が流れてきた時の感動。「アンチェインド・メロディ」(Unchained Melody)が引用された名曲だった。モルジェロンズ病(Morgellons Syndrome)という難病と闘い、動脈瘤に倒れた闘病中のジョニ。早く癒えて欲しい。




Joni Mitchell : vocals, acoustic guitar, Moog, piano, keyboards, Arp, Farfisa
Graham Nash : background vocals
David Crosby : background vocals
James Taylor : background vocals, guitar
Robben Ford : electric guitar, dobro, guita
Jeff Baxter : electric guitar
Larry Carlton : electric guitar
Victor Feldman : electric piano, congas, vibes, keyboards, percussion
Joe Sample : electric piano, keyboards
John Guerin : drums, arrangement, Moog
Max Bennett : bass
Wilton Felder : bass
The Warrior Drums of Burund
Chuck Findley : horn, trumpet, flugelhorn
Bud Shank : saxophone and flute, bass flute
Dale Oehler : string arrangement


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気分を変えようと引っ張り出したのは、アーマ・トーマス(Irma Thomas)。数々の名曲をしみじみ歌いあげたアーマだが、この曲は鳥肌もの。ニューオーリーンズのソウル・クイーン、1964年作。

ストーンズ(The Rolling Stones))のカバー「Anyone Who Knows What Love Is」は「Time Is On My Side」のB面でしたが、アーマ・トーマスの代表曲の一つだと思いますよ。いまだ現役。日本公演行きたかったあ!




お次はこれ。ハービー・ハンコックの「オスティナート」(Ostinato)。ロニー・モントローズ(Ronnie Montrose)の参加云々はさておき、純粋に当時の時代背景の中で、いかにハービーが時代を切り開く音を模索していたのかが痛いほどわかるなぁ。

ハービー君、そんなに苦しまなくってもいいのに・・・と慰めたいところですが、ミュージシャンにとっては、「これぞ〇〇」という音を提示し続けることがアイデンティティー直結なんで、彼の抱えていた苦悩は察するに余りある。

いかにもベニー・モウピン(Bennie Maupin)という感じのバスクラの音が耳に入った瞬間、ビッチェス・ブリュー(Bitches Brew)の影がちらつくね。これ、好きなの!




最後に引っ張り出したのは、スターバック(Starbuck)ヒットしましたね、「恋のムーンライト」(Moonlight Feels Right)1976年ビルボード3位。ワンヒット・ワンダーで終わらせるにはあまりに惜しかった。見事な超絶マリンバ。よだれ垂れちゃいます。ブルース・ブラックマン(Vo)(Bruce Blackman)とボー・ワグナー(mrb)(Bo Wagner)のグループだった。




・・・というわけで今宵も良い夢が見られそうかな(笑)。

テーマ : 洋楽
ジャンル : 音楽

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ticca

Author:ticca
 音楽ネタを中心とした雑記帳です。

 60年代後半から70年代にかけてのワールドワイドなロック、ポップス、プログレ、アシッド、サイケ、フォーク、ジャズロック、ジャズなどの話題を主に、ひっそりメモってます。

 それぞれの記事はその時々のフィーリングで書いていますが、基本形はある曲をきっかけに感じた雑感が題材になっています。

 私は単なる音楽愛好家ですので、記事に関しては、思い込みや勘違いがたっぷりあることかと思います。その点はご容赦願います。もし、お気づきの点があれば、ご指摘下さい。

 個人的に思い入れのあるものを主に綴っていますので、マイナーかつ気まぐれなセレクション、お許し下さい。

 それでは、今宵の音楽夜話におつきあい下さい。

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