第12話 Miles Davis 『The Man With The Horn』 (1981) US

今夜の一曲 Shout


milesman


 1975年から1981年までの空白期間。もうトランペットが吹けない、との下馬評をよそに、マイルス・デイビスは6年ぶりに復活を遂げます。活動停止には勿論、理由がありました。

 世間で言われる「諸事情」ってのは、いわゆる「大人の事情」と同じで、無粋な詮索は、井戸端会議か週刊誌ネタも同然でしょう。プライバシーに土足で踏み込むのは後ろめたいのですが、本人が明らかにしているエピソードなら免罪符でしょうね。むしろ、そこにヒューマン・ドラマがあるからこそ『The Man With The Horn』は面白いんです。

 けれども、音だけ聞くと、マイルス・ファンとしては屈辱ですが、これはマイルスでなくても作れるアルバムだった。ですが、復活に至る苦闘を知れば知るほど、本作には「エレクトリック・マイルス後期第一作」の他にもタグがつくんです。

 それはたとえば「再生マイルス」「茨の道を行く」「健康的な生活を取りもどそう!」「特定健診を受けましょう」「ダメ!ゼッタイ!」とかです。ますます付加価値アップですね。

 1974年に至るまで、ジャズに革新をもたらしたマイルスは、試行錯誤に喘いでいました。ジミヘンやスライやジェームス・ブラウンだけでなく、シュトックハウゼンの研究も欠かさず行いました。次の展開を探ってマイルスは身を粉にする日々でした。

 しかし、サンパウロでは、ウォッカとコカインと鎮静剤のせいで、死の瀬戸際をさまよう羽目になりました。しかし、その翌日には素晴らしいコンサートを披露して驚かせます。

 その後、米国に戻り、ヘッド・ハンターズで大成功を収めたハービー・ハンコックとのツアーを挙行。ところが、乱れた生活が災いして潰瘍が出血します。おまけに咽頭から結節の切除を行うなど波乱含み。

 1975年の夏には、NYでニューポート・ジャズ・フェスなどに出演しましたが、再び不調を訴えます。公私にわたるトラブルのストレス、健康上の問題、精神的な疲れから、とうとう音楽活動の一切の停止を決意します。

 12~13歳からずっと音楽に接していたのに、人生で最も大切な音楽を諦めるという苦渋の決断でした。マイルス49歳。

 最初は半年ほどの休養のつもりが、結局6年にも及びました。光を求めて闇の中から浮かび上がるための苦しい闘いがスタートします。

 1975年から1980年初頭までは、全くトランペットに触れなかったと言います。この間、やはり腐りきった生活とは縁を切れませんでした。コカインに加えて、パーコダンやセコノールなどの鎮静剤、コニャックにハイネケンなどのアルコール類を浴びるほど飲む生活。時には、コカインとヘロインを混ぜて、足に注射する「スピード・ボール」すら。プラス女遊びにうつつを抜かす日々・・・

 最後には引きこもり生活。半年以上も外に出ないこともありました。この時期の我が身を振り返って、彼は「双子座であることに加え、二人分の人格」があったと言います。自分の中に四人の人間がいて、鏡を見ると、その四人の顔が同時に映ったというから、想像するだに恐ろしい。

 そんな救いがたい状況のマイルスを救ったのが、手を差し伸べてくれた三人。リバティ/ブルーノートから、マイルスの契約会社のコロンビアに移籍してきたジョージ・バトラー。後にマイルスの伴侶となるシシリー・タイソン。そしてマイルスを敬愛するミュージシャンの甥、ヴィンセント・ウィルバーン。

 人を絶望の淵から救い出すのは、やはり人の力。三人の助力で、再び音楽を志そうと決意した瞬間に、これまでやめられなかったクスリとの縁が切れました。

 ですが、体の一部だったはずのトランペットが言うことを聞きません。ブロウに欠かせない唇も力強さを失っていたし、テクニックも衰えていました。この6年間、音楽界からも距離を置いていたので、音楽の潮流にとんと無縁の浦島状態。すぐにワウワウなどのエフェクトに逃げようとするマイルス。そんな逃げの姿勢を叱咤しつつ、じわじわと理想の音楽を形にしていきました。

 膨大なスタジオ・ワークを経て、新作のマテリアルをレコーディング。マイルスも、徐々に音楽へのカンを取り戻していきます。取捨選択の末、廃棄するものも膨大で、初期の録音で残ったのは「シャウト」と「ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン」の二曲のみ。

 そう考えると、今回取り上げた「Shout」は、マイルスの復活にかける当初のムードを色濃くすくい取っている作品ではないでしょうか。この曲の凡庸さを説く前に、彼のブランクからの蘇生にかける意気込みを汲み取ってほしいと思うのは、ファンならではの手前味噌か。

 カンが戻るに従って、マイルスは望む音を形に出来るミュージシャンを呼び寄せます。新たに集結したのが、盟友アル・フォスターを始め、マーカス・ミラーやマイク・スターンら、新進気鋭のメンツ。これで復活作の色合いが決定したのです。

 だが、本作は、まだまだ本来のマイルスのパワーを取り戻すに至っていません。それでも、空白期間のマイルスの苦悩を知れば知るほど、本作が眩しく思えます。私が評論家だったら、「ダメ」の烙印を押すことでしょう。マイルスらしい個性が欠如していて、作風も陳腐なポップスだったり単純なフュージョンにとどまっています。しかし、一ファンとしては、不死鳥マイルスにまずは喝采ですね。

 チャールズ・ミンガスが1979年、56歳で病死。ビル・エヴァンスも1980年、麻薬常用の影響で、51歳で失血性ショック死。マイルスは、相次ぐ朋友の死にショックを受けたはずです。復活を果たしたマイルス・・・アルバムリリース当時、55歳でした。

 マイルスは復活コンサートにおいて、脳性小児麻痺の車椅子の男が自分の演奏に感動しているのを気づきます。その男が差し伸べた手は「すべて問題はないよ、マイルス。前みたいに素晴らしい演奏じゃないか。」そう言っているように感じました。マイルスは、新たな力がみなぎってくるのを感じたのです。

 どん底においても希望の光を見失わない強い心。プレッシャーやストレスに打ち勝つしなやかな心。望みを失わなければ、闇の中から救い出してくれる暖かな手がある。しかし、忘れてはいけない。最後に試合を決するゴールを決めるのは、自分自身の足なのだ。


Miles Davis - trumpet
Bill Evans - soprano sax (exc. 3)
Barry Finnerty - guitar (exc. 5)
Mike Stern - guitar (1)
Marcus Miller - bass (exc. 3, 5)
Al Foster - drums (exc. 3, 5)
Sammy Figueroa - percussion (exc. 5)

on 'Shout' and 'The Man with the Horn'
Robert Irving III - Yamaha CP30 synthesizer, piano
Randy Hall - synth, guitar, celeste, Moog synthesizer; lead and background vocals (5)
Felton Crews - bass
Vincent Wilburn - drums

Produced by Teo Macero
Executive Producer: George Butler


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テーマ : JAZZ
ジャンル : 音楽

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 音楽ネタを中心とした雑記帳です。

 60年代後半から70年代にかけてのワールドワイドなロック、ポップス、プログレ、アシッド、サイケ、フォーク、ジャズロック、ジャズなどの話題を主に、ひっそりメモってます。

 それぞれの記事はその時々のフィーリングで書いていますが、基本形はある曲をきっかけに感じた雑感が題材になっています。

 私は単なる音楽愛好家ですので、記事に関しては、思い込みや勘違いがたっぷりあることかと思います。その点はご容赦願います。もし、お気づきの点があれば、ご指摘下さい。

 個人的に思い入れのあるものを主に綴っていますので、マイナーかつ気まぐれなセレクション、お許し下さい。

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