第125話 The Warriors 『Bolton Club '65』 (1965)

今夜の一曲  You Came Along (※本アルバムには未収録)


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ジャンルの肩書きが必要ならば、ビートルズに影響を受けた英国のビート・ポップ・バンドとでも。しかし、メンバーを聞いてどっひゃーと思った覚えがあります。ジョン・アンダーソン(Yes)、イアン・ウォーレス(King Crimson)、ジョンの兄ちゃんのトニー・アンダーソン(Las Bravos)、デヴィッド・フォスター(Badger)・・・

しかし、主役はリード・ヴォーカリストとしてスポットライトを浴びるトニー・アンダーソン。収録公演の演目にはジョンがリードを取る曲もあります。そして、Deccaに残したウォリアーズ唯一のシングルが今夜の一曲「You Came Along / Don't Make Me Blue」(1964)です。

ところが、世の中、何が起こるかわからない。彼らのギグを記録した音源が発掘されてしまいました。それがウォリアーズ『Bolton Club '65』。それに飛びついた私もどうかと思いますが、彼らのエネルギッシュなビート・ポップがたっぷり堪能できる怒濤の2CDセット。ジョン・アンダーソン21歳。若い・・・

デヴィッド・フォスターはトニー・ケイ(Key)主導のBadger(1973)の創設メンバーに名を連ねています。おっと、フォスターはジョン・アンダーソンに呼ばれてイエスでも仕事をしていますよ。

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1970年にリリースされた、イエスのセカンド・アルバム『時間と言葉』(Time and a Word)がそれです。曲のクレジットを見てみると、たとえば「Sweet Dreams」のクレジットは(Anderson - Foster)となっています。フォスターはヴォーカリストとして参加。

また、アルバム・タイトル曲の「Time and a Word」 (Anderson - Foster) にもクレジットされていて、フォスターはアコギもプレイしています。どうやらこの二曲はウォリアーズ時代にジョンとフォスターの二人で書き上げた共作曲らしい。

リード・ヴォーカルのトニー・アンダーソンは、その後「Black Is Black」(VoはMike Kogel)のヒットを飛ばしていたロス・ブラヴォース(Los Bravos)に加入。一年間という短期間ながら、主要メンバーとして活動しました。その後のキャリアをひも解けば、何と僧侶になってしまったという変種。

ところでイアン・ウォーレス。ウォリアーズ加入時、彼はまだ初々しいティーンズでした。そういえば、「イアン・ウォーレスはクリムゾンのヴォーカリストのオーディションを受けたが落選し、ボズが当選した・・・」なる噂が流れたことがあります(出典はwikipedia)。


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しかし、友人のCPさんは、「キング・クリムゾンの『サミット・スタジオ1972』(Live at Summit Studios 1972)のCDライナーで、ウォーレス自身が『自分はオーディションは受けてない』と書いてますよ。」と教えてくれました。なるほど!

ところで、ウォーレスのヴォーカルの力量はどうだったのでしょう。あれこれ調べてみましたが、リード・ヴォーカリストとしての活動の経歴はヒットしませんでした。先ほど取り上げたThe Warriorsの『Bolton Club '65』のM11「Too Much Monkey Business」では、トニーがメイン・ヴォーカル、ジョンとウォーレスがVoでクレジットされています。

ウォーレス参加のThe Worldの『Lucky Planet』(1970)についても触れてみましょう。The Worldは元ボンゾ・ドッグ(Bonzo Dog Doo-Dah Band)のニール・イネス(Neil Innes)のバンドです。リード・ヴォーカルはイネス。ウォーレスは、デニス・コーワン(Dennis Cowan)と共に、バッキング・ヴォーカル担当となっていて、ソロ・ヴォーカル・パフォーマンスではありません。


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彼がクリムゾンに移籍するきっきかけとなったのは、The Worldの『Lucky Planet』のギグを見に来たドラマー募集中のロバート・フリップ(Robert Fripp)に言い寄られたからです(笑)。

それでは、クリムゾンでの活動におけるウォーレスのヴォーカル・パフォーマンスに目を向けてみましょうか。

クリムゾンの4枚目『アイランズ』(Islands)では・・・やはりボズ・バレル(Boz Burrell)のリード・ヴォーカルに対して、ウォーレスとコリンズの二人がコーラスをつける形です。アルバム・トップの「Formentera Lady」では、ボズでもウォーレスでもない女声がスキャットで舞い上がります。

クレジットによれば、彼女の名前はポーリーナ・ルーカス(Paulina Lucas)。soprano vocals、或いはただ単にsopranoとクレジットされています。彼女もまた故人となってしまったようですが、詳しいキャリアをご存知の方はいませんか?


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いずれにせよPaulina Lucasの担当はヴォーカリゼーションであって、『アイランズ』にはボズ以外のヴォーカリストがリードを取る場面は見られません。そういう意味では、ウォーレスは最後の最後までヴォーカリストに憧れながら、とうとう陽の目をみることはなかったようにも思えます。

それでも、ウォーレスはこれまでのキャリアから分かるように、ヴォーカリストとしての活動に憧れを抱いてきました。事実、いくつかの曲で彼が見せてきたハーモニー・ヴォーカルは捨てがたい魅力を持っています。

その良い例が「Ladies Of The Road」のビートルズ風のコーラス・ワークでしょう。しかし、この曲の歌詞はひどいもので、私のような紳士にとってはちょっとお下劣で感心しません(ここ笑うところではありません)。

ピート・シンフィールド(Pete Sinfield)のペンになるグルーピー賛歌など、ごめんこうむりたいのが本音ですが、彼には彼の独特の屈折した女性観やグループ(或いは特定のメンバー)に対する絶望があるような気がしますね。


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フリップはあるコンサートで、自分の母親に向けて「ごめんなさい、こんな曲を演って」みたいな釈明をしたそうです。ちょっと未確認なので本気なのか冗談なのか、含みが伝わってきません。それにボズはどんな思いでこの詞を歌っていたのか・・・

ところで、フィル・コリンズ(Phil Collins)は1972年に、ウォーレスをファイバリット・ドラマーにあげています。これは最高の栄誉というしかありません。

しかし、『アイランズ』発表の翌年、シンフィールドはグループを去りました。この編成の初期の段階から、シンフィールドはボズを無知だと罵倒する場面があったり、フリップ主導の音を奏でることで深まる対立構造の中、残されたメンバーたちは自分の音楽とは何かわからなくなるジレンマもあったのでしょう。


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その後、ウォーレスやコリンズもグループを脱退してしまい、フリップは結局「そして一人が残った」というジェネシスもびっくり!の状態でした。

バンドには様々なケミストリーが作用し、舵を切るものの思いとは別に、全く予想もつかない方向へと漂流していくことがあります。

いやはや、ウォーリアーズをきっかけに話は尽きませんね(笑)。

David Foster - Bass Guitar and Harmonies
Jon Anderson - Harmony Vocals
Tony Anderson - Lead Vocal and Harmonica
Ian Wallace - Drums
Rod Hill - Guitar
Mike Brereton - Guitar



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テーマ : 洋楽ロック
ジャンル : 音楽

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 音楽ネタを中心とした雑記帳です。

 60年代後半から70年代にかけてのワールドワイドなロック、ポップス、プログレ、アシッド、サイケ、フォーク、ジャズロック、ジャズなどの話題を主に、ひっそりメモってます。

 それぞれの記事はその時々のフィーリングで書いていますが、基本形はある曲をきっかけに感じた雑感が題材になっています。

 私は単なる音楽愛好家ですので、記事に関しては、思い込みや勘違いがたっぷりあることかと思います。その点はご容赦願います。もし、お気づきの点があれば、ご指摘下さい。

 個人的に思い入れのあるものを主に綴っていますので、マイナーかつ気まぐれなセレクション、お許し下さい。

 それでは、今宵の音楽夜話におつきあい下さい。

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