第32話  Triade 『1998: La Storia di Sabazio』 (1973) Italy

今夜の一曲  Caro Fratello

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 ずいぶん長い間、「トリアーデ」(TRIADE)というグループ名が謎のままでした。最初はカトリックの「三位一体」とか、音楽用語の「三部曲・三和音」に由来するのかな・・・とぼんやり想像していました。チャイニーズ・マフィアの名前にちなんだという説を聴いたこともあります。

 しかし、ある時ジャケットを見ていて突然、膝を叩きました。これは、ギリシャ神話のモイライ(運命の三女神)を指しているに違いありません。あの、クロートー(Clotho)・ラケシス(Lachisis)・アトロポス(Atropos)の三姉妹です。


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 その確信が深まったのは、意外にもというか案の定というか、EL&Pのデビュー・アルバム(1970)を引っ張り出していた時のことでした。アナログB①が、まさにその「運命の三人の女神」(The Three Fates)。日本語盤のクレジットは順に、クローソー・ラキシス・アトロポスの名前があります。


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 このグループがサウンド・モデルとしたのはNiceやEL&P、Le Ormeあたりでしょう。そう考えると、グループの採名がEL&P由来だと断じても、あながちハズれてないと思うのですが。

 さて、KingのNexus Internationalシリーズのオビには「限定発売;このジャケットは特殊装丁につき初版のみに限らせていただきます。マニアなら即、手に入れよう!」と書かれています。その後、再プレスされたという噂もありませんが・・・

 まして、ダービー(Derby)のオリジナル・プレスはmirror golden foil gatefold coverと表記され、あまりにデリケートな表装のため、スリーブが損なわれ易かった模様。

 それにしても、ジャケット写真を撮影しようと奮闘しましたが、うまくいきません。光線にテカるし、周囲を鏡のように写してしまうのです。素人には手に負えません。みなさん、どうやって撮影しているのでしょうか。

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 さて、ここに70年代イタリアのワン・アルバム・ワンダーがまた一つ。しかも、このバンドに関する情報は恐ろしく乏しく、不可解そのもの。Derby盤には、むさ苦しいメンバー写真と、申し訳程度のラスト・ネームだけの作曲クレジットがあっただけ。文字通りミステリアスでした。

 再発のヴィニル・マジック(Vinyl Magic)盤(1994)でも、バンドの正体は一向に明らかにされず、依然として謎のグループであり続けました。

 その謎が解かれたのは2003年、イタリアン・プログレ愛好家、アウグスト・クローチェ(Augusto Croce)の執念と、元カンポ・ディ・マルテ(Campo Di Marte)のギタリスト、エンリコ・ロサ(Enrico Rosa)の正確な記憶力に負うものだったようです。本稿もアウグストの資料を参考にしました。

 18歳のヴィンチェンツォ・コッチミリオ(ヴィニー)(Vincenzo Coccimiglio)と、24歳のアゴスティーノ・ノビーレ(ティノ)(Agostino "Tino" Nobile)の出会いが、トリアーデを産みます。

 キャンド・ヒートやVDGGもプレイしていたthe Space Electronic(フィレンツェ)で 出会った二人は、ヴィニー宅の居間でリハーサルに入ります。

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 才能と意欲がありながら未熟だったヴィニーと、ノイ・トレ(Noi Tre)で経験を積んだティノがうまく融合して生まれたサウンド。ノイ・トレは、センセイションズ・フィックス(Sensations' Fix)のフランコ・ファルシーニ(Franco Falsini)や、カリフィ(I Califfi)やアレア(Area)のパオロ・トファーニ(Paolo Tofani)が在籍した実力派でした。

 互いに書き上げた曲を持ち寄りましたが、それを演奏できるドラマーがなかなか見つかりませんでした。オーディションでは、イラッと来てスティックを投げ捨てたドラマーもいました。苦労の末、ジョルジオ・ソラーノ(Giorgio Sorano)に白羽の矢が立ちます。

 サウンド的には前述のようにEL&PとLe Ormeのハイブリッドという感じですが、チェロを加えて独創的。A①冒頭のダークなオルガンやチェロのオーバートーンに始まり、メランコリックなメロディー、ダイナミックな演奏も特筆ものです。

 ヴィニーは、キース・エマーソン(Keith Emerson)のフィルターのかかったバッハ、そしてショパンが好きだったようです。一方、ティノはストラヴィンスキーの『春の祭典』がお気に入り。彼の手による作詞は、フランスの詩人アルチュール・ランボーの影響下にあったようです。A面はヴィニー、B面はティノのペンになる作品。

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 当時、トリアーデはFranco Battiato やPFM、Bancoのサポートもしていたし、生きの良いライブ・バンドでもありました。

 PFMのコンサートでは、エージェントから使用可と言われていたPAが使えなかった苦い思い出もあります。一方、Bancoのフランチェスコからは、MCで過分なる声かけまでしてもらって好印象を持っています。何よりBMSのプロフェッショナルな姿勢に感銘を受けたようです。

 彼らはレーベルのサポートがなく消滅した、と伝えられています。その真相は、プロデューサーのエリオ・ガリバルディ(Elio Gariboldi) がミュンヘンに転勤になり、新しいマネージメントが、よりコマーシャルな方向性を要求したことにあります。後年、ティノは「時代を考えると、それはもっともな助言だった」と回顧しています。

 トリアーデ解散後、ヴィニーはディク・ディク(I Dik Dik)に参加するという話もあったようですが、最終的には元トリップのジョー・ヴェスコヴィ(Joe Vescovi)が参加しました。

 ヴィニーはボローニャ大学で音楽を専攻し、音楽指導者に。その後、バーのピアニストとしてインターナショナルな活動をしたようですが、惜しくも2012年逝去。

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 ティノは、いくつかのマルチ・ジャンルのバンド経験を経て、クラシック・オーケストラで活動します。彼も音楽の指導者を経験した後、ベース・マンとしてピアノ・バーで働いたようです。

 彼は他文化に触れたいという思いが強く、LAにも滞在しました。バーブラ・ストライサンド(Barbra Streisand)のための曲を書きましたが、残念ながら陽の目を見ることはありませんでした。その後、ポルトガル領のマデイラ諸島に在住との情報があります。

 はじめ、スリーブ・デザインは、デザイン集団 Crepaxに依頼しようとしました。Crepaxはガリバルディ(Garybaldi)の『ヌーダ』(Nuda)を担当したチームです。

 最終的には、ジョルジオ・ソラーノ(Ds)の奥さんのフロリンダ(Florinda)によって、出色のスリーブが完成しました。作品を完璧に理解した人にしか描けない、秀逸なパッケージですね。

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Vincenzo Coccimiglio / keyboards
Agostino Nobile / bass, acoustic guitar, vocals
Giorgio Sorano / drums



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 音楽ネタを中心とした雑記帳です。

 60年代後半から70年代にかけてのワールドワイドなロック、ポップス、プログレ、アシッド、サイケ、フォーク、ジャズロック、ジャズなどの話題を主に、ひっそりメモってます。

 それぞれの記事はその時々のフィーリングで書いていますが、基本形はある曲をきっかけに感じた雑感が題材になっています。

 私は単なる音楽愛好家ですので、記事に関しては、思い込みや勘違いがたっぷりあることかと思います。その点はご容赦願います。もし、お気づきの点があれば、ご指摘下さい。

 個人的に思い入れのあるものを主に綴っていますので、マイナーかつ気まぐれなセレクション、お許し下さい。

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