第50話 PFM 『Photos Of Ghosts』 (1973) Italy

今夜の一曲 Rivers Of Life


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 1970年代のイタリアにおいて、多くのロック・バンドがインターナショナルな成功を求めて、英詩をつけたアルバムをリリースした事が知られています。

 Le Ormeは『Collage』(1971)を聞いたカリスマ・レーベル(Charisma)がアプローチしました。英国でツアーを行い、VDGGのピーター・ハミル(Peter Hammill)によって英詩が提供され、『Felona e Sorona』(1973)をリリースします。けれども成功には至りませんでした。


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 Premiata Forneria MarconiやBanco Del Mutuo SoccorsoはEL&Pのマンティコア(Manticore)からコンタクトがありました。

 PFMは、同レーベルで『幻の映像』(Photos Of Ghosts)(1973)、『甦る世界』(The World Became The World / L'isola Di Niente)(1974)、『クック』(Live In USA)(1974)の三枚をリリースしています。英詩を提供したのはピート・シンフィールド(Pete Sinfield)でした。


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 PFMはマネージャのFranco Mamone(Le Ormeのマネージャ)の尽力によって、三度の米国ツアーを成功させました。三枚のアルバムは1992年のBillboard 200 "Top Pop Catalog"にも選出されています。

 一方のバンコは『イタリアの輝き~バンコ登場』(Banco)(1975)『最後の晩餐』(As In A Last Supper / Come In Un'ultima Cena)(1976)の二枚をリリース。しかし、インターナショナルな成功を収めることはありませんでした。


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 他にも、イタリア語盤と英語盤が存在するグループがあります。たとえば、Maxophone『Maxophone』(1975)。これはUS、カナダ、ドイツ盤が英語で、よく中古盤市場にも出回りますが、イタリア原盤はレアです。


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 Uno『Uno』(1974)は、フランス・ドイツ盤を始め、ヨーロッパ盤がヒプノシス(Hipgnosis)・カバーの英語版で、本国盤がイタリア語版。


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 Il Rovescio Della Medagliaの『Contaminazione』(1973)は、本国やヴェネズエラ盤はイタリア語版のようですが、US、カナダを始め、ヨーロッパ盤は英語版の『Contamination』。この英語版はイタリア本国では、1975年になって初めて国内リリースされています。


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 Il Balletto Di Bronzoの『YS』(1972)には英語版が存在しますが、これは本国盤からの抜粋で、しかも完全に別アレンジ。いや、恐らく事実はその逆で、英語版は正式盤リリース以前のリハ音源(1971)ではないかと言われていますが真相は不明です。抜粋というよりも、他の楽章のレコーディングが未完だったのかも知れません。

 バレット・ディ・ブロンゾは『YS』を英国とドイツでもリリースしました。これは英国における初めてのイタリア語によるロック・アルバムだったようです。しかし、彼らの音楽はあまりに複雑で、英国はもちろん、本国においても受け入れられることはありませんでした。


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 イタリア語盤が存在せず、最初から英語で勝負しているバンドもあります。思いつくままに挙げてみると、Anonima Sound LTD.『Red Tape Machine』(1972)、Analogy『Analogy』(1972)、Acqua Fragile『Mass Media Stars』(1974)、Crystals『Crystals』(1974)、The Blues Right Off『Our Blues Bag』(1970)などなど。


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 ここまであからさまだと、国ごとのアイデンティティって何?・・・という気もしますね。勿論、そのアーティストにとって、英語が完全なる外国語の場合もあれば、はたまた第二言語である、と言う場合もあるので「アイデンティティ論」は、別のくくりで話題にすべきでしょう。

 国ごとのアイデンティティと言っても、曲の出来不出来の話ではありません。まして、そのアーティストの存在意義を云々するわけでもありません。ABBAの例を見るまでもなく、良い曲は良いのだし、語り継がれるべきは語り継がれていくのですから。


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 現在、世界人口70億人のうち、英語を母国語とする人はせいぜい4~5%と言われています。けれども、70億の人口のうち、その1/4が英語人口と言われています。単純計算でも17億5千万人ですね。

 それだけではありません。非英語圏の人々にとっても、英語の認知度が高いことを考えると、英語で勝負することで、母国語で勝負するよりはるかに巨大なマーケットで勝負できるわけです。


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 ちなみに、1970年の人口を調べてみると、イタリアで5366万人、フランスで5078万人、ドイツで7778万人となっています。ちなみに、当時の世界人口は36億9千万人だったと言われています。

 勿論、こうしたヨーロッパ諸言語においても、第二言語としての話者の数を考えると、移民や植民の歴史と共にもっと多い数字に落ち着くでしょう。それを差し引いても、英語の認知度が格段に高いという理由が、英語録音の理由(わけ)なのでしょうか。


Franz Di Cioccio / drums, percussion, vocals
Jan Patrick Djivas / bass, vocals
Franco Mussida / guitars, lead vocals
Mauro Pagani / violin, flute, vocals
Flavio Premoli / keyboards, lead vocals

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 私は単なる音楽愛好家ですので、記事に関しては、思い込みや勘違いがたっぷりあることかと思います。その点はご容赦願います。もし、お気づきの点があれば、ご指摘下さい。

 個人的に思い入れのあるものを主に綴っていますので、マイナーかつ気まぐれなセレクション、お許し下さい。

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