第59話  Morgan 『Brown Out』 (1973) U.K.

今夜の一曲  Fire In The Head




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 あの頃、中古盤屋の店頭には『Brown Out』のカット・アウト盤がごろごろしていました。購買意欲も全く湧かず。おまけに、あまりなジャケットに引いてた私(フィッシャーさん、ごめんなさい)。

 それでも、勇気を振り絞って(笑)一聴してたまげた。アグレッシブでカラフルなアナログ・キーボード群が、パワフルなリズム・セクションに乗って、踊る・踊る。ハモンドにエレピにVCS3が大活躍。これは痛快だ!

 その頃、EMS(Electronic Music Studios)が初めて国産(英国)のシンセサイザーを開発しました。それが、VCS3です。キング・クリムゾンが『Lizard』(Dec. 1970)の「Happy Family」でマイクロフォンで拾ったVoをVCS3を通して加工し、リスナーを驚かせましたね。ピンク・フロイド(Pink Floyd)の『狂気』(The Dark Side Of The Moon)(1973)でもお馴染みです。


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 モーガン・フィッシャー(Morgan Fisher)もすぐにVCS3を取り入れた音作りを始めています。しかし、こうしたアナログ・シンセは電圧の変化に弱かったし、プログラム・メモリーがなかったので、ギグは修羅場でした。

 フィッシャーは曲と曲の間に、ヘッドフォンを使って音を調整したり、ベースのイントロやドラムスのブレイクを長くしたり、ティム・スタッフェル(Tim Staffell)にアコギで弾き語りしてもらう間にセッティングして、切り抜けていたようです。

 さて、フィッシャーの経歴を見て見ましょう。彼はラヴ・アフェア(Love Affair)を経て、自身のバンド、モーガン(Morgan)を結成。なかなかグループ名が決まらない中、苦肉の策でシンプルに自分の名前を使って、命名しています。事実、作曲クレジットのメインはフィッシャーですので、説得力はありました。

 面白いことにVo,Gのティムは、あのスマイル(Smile)出身です。スマイルのメンバーはティムに加え、ブライアン・メイ(Brian May)とロジャー・テイラー(Roger Taylor)。言ってみれば、クイーン(Queen)の前身バンドです。ティム脱退後に彼の穴を埋めたのが、フレディ・マーキュリー(Freddie Mercury)。それに伴い、スマイルはバンド名をクイーンと変えました。


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 モーガンのデビュー作は、ホルストの惑星をテーマにした『Nova Solis』(1972)。第二作が『Brown Out』(1973)。この二枚は、ローマを本拠地とする、イタリアRCAでレコーディングされています。そのため、マーキー・ムーン社の『ユーロ・ロック集成』(1987)には、イタリアン・ロックのカタログ中にリスト・アップされていました。(VoがRobert Sapsedという記載は誤認でしょうか )

 8トラックが主流の当時において、RCAには最新鋭の16トラック・レコーダの装備がありました。ニーノ・ロータ(Nino Rota)がフェリーニ(Federico Fellini)の映画のための音楽をレコーディングするスタジオだったと、フィッシャーのウェブサイトには書かれています。

 RCAからのリリ-スについての真相は、ドラマーのモリス・ベーコン(Maurice Bacon)の父親のシド(Sid)絡みでした。シドはマネージャを兼ねていて、コネを持つイタリアの某ハンドバッグ製造会社を通じ、RCAとの契約を実現させています。英国のレーベルより契約の条件が良かったそうです。さらにイタリアのレーベルは、当時プログレ・バンドに手厚かったことも理由にあげています。

 さて、デビュー作は賛否両論。セカンド・アルバム『Brown Out』も、RCAがリリースに難色を示してお蔵入り。これがリリースされたのは、パスポート/Passport(US)によってで、哀れにも1976年のことでした。その後、チェリー・レッド/Cherry Red(UK)がレーベル・リリース第一弾として1978年に再発。以後、チェリー・レッドとフィッシャーとの長いつきあいが始まります。


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 本作の『Brown Out』とは、米国の一部地域では「停電」を意味する俗語とか。でも、フィッシャーは別の意味で名付けたそうです。インサート用に、メンバーがズボンを下げてお尻を出し(Mooning)、カメラマンに撮らせたそうです。

 カメラマンは困惑したそうですが、撮影は終了しました。しかし、出来上がった写真を見たRCA側は、ただただ沈黙するばかりだったそうです。タイトルが『The Sleeper Wakes』と変えられてしまいます。レコーディングは完結させてもらえたものの、結局、陽の目を見ず。

 フィッシャーはバンド解散後、活動の場を求めて、サード・イアー・バンド(Third Ear Band)を経て、モット・ザ・フープル(Mott The Hoople)へと移籍しました。

 フィッシャーは1982年にはスマイルつながりで、Queenの欧州ツアーでkeyを担当して旧交を温めました。そう言えば、クイーンはモット・ザ・フープルの前座を務めたこともありましたね。

 現在の情報には明るくありませんが、フィッシャーは長きにわたって日本に滞在し、日本のTVのCMを一杯手がけていて驚かされます。日産、パナソニック、資生堂、サッポロビール、SONY、JAL、セイコー、JR、カネボウ化粧品、NHK、オリンパス、コカ・コーラ、三菱などなど。

 私的には、『ミニチュアーズ』(miniatures)(1980)に針を落とした時の脳天を貫かれたような衝撃は、いまだに忘れられません。


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Tim Staffell / vocals, libretti
Bob Sapsed / Fretless bass
Maurice Bacon / drums, percussion
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 音楽ネタを中心とした雑記帳です。

 60年代後半から70年代にかけてのワールドワイドなロック、ポップス、プログレ、アシッド、サイケ、フォーク、ジャズロック、ジャズなどの話題を主に、ひっそりメモってます。

 それぞれの記事はその時々のフィーリングで書いていますが、基本形はある曲をきっかけに感じた雑感が題材になっています。

 私は単なる音楽愛好家ですので、記事に関しては、思い込みや勘違いがたっぷりあることかと思います。その点はご容赦願います。もし、お気づきの点があれば、ご指摘下さい。

 個人的に思い入れのあるものを主に綴っていますので、マイナーかつ気まぐれなセレクション、お許し下さい。

 それでは、今宵の音楽夜話におつきあい下さい。

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