スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第66話  Linda Perhacs  『The Soul of All Natural Things』 (2014) U.S.

今夜の一曲  River Of Gold


lp.jpg


 44年ぶりの新作。期待せず、いぶかしく感じながらも聞いてみた。そして、素直に感動した。『パラレログラム』(Parallelograms)(1970)を奇蹟たらしめたのは、あの時代の空気だけではなく、彼女の研ぎ澄まされた感性と、たぐいまれなるインスピレーションのたまものだったのだ。

 スリーヴ写真にも意表をつかれた。重ねた齢(よわい)を隠そうともしない。豊かな人生を送ってきた自負に支えられた泰然自若の表情。彼女を取り巻く宇宙にある万物の美しさが愛おしくて仕方ない、と言わんばかりの暖かい眼差し。その神々しさに眩暈(めまい)さえ覚えた。

 コンサート活動を含め、活発な音楽活動を送るリンダ・パーハックス。彼女のユトレヒトのコンサートの動画(3voor12 Session - Le Guess Who? Festival, 30 Nov. 2013@Mirliton Theater, Utrecht)を見た。そこに気になる一言。彼女は『パラレログラム』を24トラックで録音したと言っている。ステージでは曲の再現が難しいから、助っ人のヴォーカリストを頼んだ、と。

 えっ?ちょっと待てよ。24トラックだって?このアルバムは1970年リリースだったなぁ・・・ってことは、この時代に24トラックはなかった気がする。

 マルチ・トラック録音の歴史を検索してみると、面白いネット資料がヒットした。それが信頼できるものとしてまとめてみると・・・


11linda-perhacs.jpg


 プロ機材の開発時期と、それがスタジオ標準となる時期には微妙にズレがあるのだが、ロック&ポップス界に関しては、おおよそ次のようになる。1960年代半ばまでは、せいぜい2トラック(バッキング)+1トラック(ヴォーカル)。フィル・スペクター(Phil Spector)の「ウォール・サウンド」(The Wall Of Sound)やモータウン(Motown)のヒット曲も、このスタイルが基本だ。

やがて4トラック・マルチ・レコーダが導入される。ビートルズが最初に使ったのは「抱きしめたい」(I Want To Hold Your Hand)(Nov. 1963)が初めてで、その後『リボルバー』(Revolver)(Aug. 1966)も4トラック録音だ。

 驚くことに、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band)(Jun. 1967)も、何と4トラックでレコーディングされた。ただし、リダクション・ミックス(UK)<バウンス・ダウン(US)>と言う手法を駆使している。

 少し解説しておくと、これは4トラックで録音したものを、別の4トラック・レコーダの1つのチャンネルにミックス録音し、残り3つの空きチャンネルに新たな録音を重ねる手法だった。


lp4.jpg


 このテクノロジーをベースとして派生した技術が4チャンネル・ステレオ・システム(Quadraphonic)だ。ピンク・フロイド(Pink Floyd)の『狂気』(The Dark Side of the Moon)(Mar. 1973)や、マイク・オールドフィールド(Mike Oldfield)の『チューブラ・ベルズ』(Tubular Bells)(May 1973)等が、このフォーマットでもリリースされた。

 だが、この4チャンネル市場に受け入れられる事はなかった。そうは言っても、現在のホーム・シアターのサラウンド・システムの先駆けとしては評価できるだろう。

 話を戻そう。4トラックに次ぐ8トラック・レコーダが導入されたのはいつでしょう・・・それは1968年。米国で最初に機材が導入された。一例を挙げると、1968年1月。ステッペンウルフ(Steppenwolf)が4トラック録音によるデビューアルバム『Steppenwolf』をリリースした。

 英国はやや出遅れたが、まずアドヴィジョン・スタジオ(Advison Studios)に続き、トライデント・スタジオ(Trident Studios)、アビイロード・スタジオ(Abbey Road Studios)の順で8トラックを設置している。

 ザ・フー(The Who)のシングル「Dogs / Call My Lightening」(Jun. 1968)。ティラノサウルス・レックス(Tyrannosaurus Rex)が『ティラノザウルス・レックス登場!!』(My People Were Fair and Had Sky in Their Hair... But Now They're Content to Wear Stars on Their Brows)(Jul. 1968)。ザ・ビートルズは『ホワイト・アルバム』(White Album)(Nov. 1968)の一部と「ヘイ・ジュード」(Hey Jude)(Aug. 1968)を8トラックで録音している。


3M8tr2.jpg

 上下の写真は3M社のM-23 8トラック・レコーダ。1966年から1970年頃まで標準規格としてアビイロードを含む多くのスタジオに設置されていた。また、ジョン・レノン(John Lennon)やピート・タウンシェンド(Pete Townshend)などは、自宅にM-23を持っていたと言う。


3M8tr3.jpg


 そしていよいよ16トラックの登場だ。例によってまずは米国で導入された。CBSスタジオ(New York)のアーティストがその恩恵に預かる。ブラッド・スウェット&ティアーズ(Blood Sweat & Tears)の2nd『Blood, Sweat & Tears 』(Dec. 1968)、グレートフル・デッド(Grateful Dead)の『アオクソモクソア』(Aoxomoxoa)(Jun. 1969)など。

 他にもTTGスタジオ(Los Angeles)でフランク・ザッパ(Frank Zappa)が『ホット・ラッツ』(Hot Rats)(Oct. 1969)をレコーディング。ジェファーソン・エアプレイン(Jefferson Airplane)も『Volunteers』(Nov. 1969)を録音している。

 英国が16 trackを導入したのは1969年になってからで、アドヴィジョンやトライデントに導入された。ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレータ(Van der Graaf Generator)の『精神交遊』(The Least We Can Do Is Wave To Each Other)の「After The Flood」(Dec. 1969)も16トラックを駆使して作られた。

 こうして1960年代末~70年代初頭は16トラック全盛の時代となった。1971年にはドルビー・システム(Dolby Noise reduction System)が内蔵され、トライデントではジェネシス(Genesis)やデヴィッド・ボウイ(David Bowie)、クイーン(Queen)の『Queen II』『A Night At The Opera』等が、最新鋭の機材の恩恵を受けている。


lp6.jpg


 時代の移り変わりは激しく、1974年にはいよいよ24トラックのマルチ・トラック・レコーダが登場する。そしてその後の32トラックの登場までが、アナログ・レコーダの守備範囲となった。

 これが1990年代になると、デジタル・テープ・マシンが登場。やがてPC制御のハード・ディスク・ドライブの時代に突入することになる。

 いずれにせよ、こうした技術と並行する形で、楽器のデジタル化やMIDI規格、同期、といったテクノロジーが進行していく。音楽の変遷をこうした技術革新と別個に論じることは不可能だろう。ただわかった事は、技術に依存しさえすれば良い音楽が出来るのではない、という事実。

 実際、現在よりも遙かに恵まれない環境にもかかわらず、これまで幾多の優れた音楽が生み出されてきた。ロックの黎明期の1950年代は言うまでもない。サイケデリック時代の扉を開けたザ・ビートルズの『サージェント』(Jun. 1967)は4トラック録音だった。

 神業とも思えるビーチ・ボーイズ(The Beach Boys)の『ペット・サウンズ』(Pet Sounds)(May 1966)にしても、せいぜい8トラックの世界。ザ・ビートルズの『ホワイト・アルバム』(White Album)(Nov. 1968)や『アビイ・ロード』(Abbey Road)(Sept. 1969)だってアナログの8トラックで録音されたのだ。


lp7.jpg


 話がそれましたが、リンダ・パーハックスの『パラレログラム』が24トラック録音だったかどうか、という話でしたね。リリースが1970年ですから、彼女が幸運に恵まれていれば16トラックを使った可能性は高いでしょう。でも24トラック・レコーダは、まだ存在していなかったのでは?

 よく知られているように、リンダを発掘した人物は、かのレナード・ローゼンマン(Leonard Rosenmann)という著名な作曲家でした。ですから、LAの最新鋭の機材を使った可能性は十分にあります。でも、時代の流れは16トラックだったと思うのです。その頃の録音機材の詳細については、やはり関係者に聞いてみない限りどうにもなりません。

 リンダはユトレヒトのコンサートで、当時を振り返ってこう語っています。「あの頃は愛に満ちた創造性みなぎる時代でした。このアルバムがユニークなのは、時代がそうだったからなのです。」・・・含蓄のある言葉ですね。





Linda Perhacs / lead vocals and all lyrics
Chris Price / vocals, acoustic and electric guitar, keyboards, bass, percussion, programming and effects
Fernando Perdomo / acoustic and electric guitar, keyboards, bass, percussion
Julia Holter / vocals, keyboards
Ramona Gonzalez / vocals, keyboards
Ryan Holquist / drums and percussion
Derek Cintron / cajon
David Goodstein / drums
Eric Summer & Kate Reddish / strings
Kaitlin Wolfberg / strings

<第11話 Linda Perhacs 『Parallelograms』 (1970)へ>


 さて、次回の音楽夜話は・・・2008年、北京五輪の閉会式でジミー・ペイジが「Whole Lotta Love」を演奏し、いよいよロンドン五輪への期待が高まりましたね。そして、4年後の2012年、ロンドン五輪の閉会式に登場したのは、この人、〇〇〇〇・〇〇〇でした。
スポンサーサイト

テーマ : 女性アーティスト
ジャンル : 音楽

コメントの投稿

非公開コメント

ゲスト・ブック
Profile

ticca

Author:ticca
 音楽ネタを中心とした雑記帳です。

 60年代後半から70年代にかけてのワールドワイドなロック、ポップス、プログレ、アシッド、サイケ、フォーク、ジャズロック、ジャズなどの話題を主に、ひっそりメモってます。

 それぞれの記事はその時々のフィーリングで書いていますが、基本形はある曲をきっかけに感じた雑感が題材になっています。

 私は単なる音楽愛好家ですので、記事に関しては、思い込みや勘違いがたっぷりあることかと思います。その点はご容赦願います。もし、お気づきの点があれば、ご指摘下さい。

 個人的に思い入れのあるものを主に綴っていますので、マイナーかつ気まぐれなセレクション、お許し下さい。

 それでは、今宵の音楽夜話におつきあい下さい。

カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。