第81話  Soft Machine 『Live At The Proms』 (1970) U.K.

今夜の一曲 Esther's Nose Job (中編)


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<Pigの正体は?>

 「Pig」は、その後も姿形を変えて様々な音源に登場する。だが、ライヴ・セットにおいて、『Esther's Nose Job』組曲中「Pig」がメドレー演奏されることはあっても、ワイアットのヴォーカル・バージョンにはなかなか出会えない。心が折れますな。

 演奏の多くはジャズ・アンサンブルのフォーマット。まさしく火の出るようなインプロ合戦だ。ワイアットが口を開くことはあっても、"ダーダーダー・ア・ア・ア"のスキャットなので、新たな切り口は望めそうにない。

 とにかく「Pig」については、世間ではトマス・ピンチョン(Thomas Pynchon)絡みということになっている。ピンチョンの小説にはピッグ・ボーダイン(Pig Bodine)という人物が幾度となく顔を出す。

 初出は処女作『V』(1963)だが、実は習作時代の『低地』(Low-lands)にもピッグ・ボーダインが登場する。『低地』が収められた短編集『スロー・ラーナー(のろまな子)』(Slow Learner)(1984)には、ピンチョン自身によって『序』(Introduction)が書かれた。そこで彼は、ピッグ・ボーダインの素性について語っている。


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 「(『低地』には)受け入れることのできない次元の人種差別的、性差別的、原始ファシスト的おしゃべりが全篇を通じてあることに、(読者は)ぞっとするだろう。」とした上で、それこそ「ピッグ・ボーダインの声に過ぎないのだ。」と付け加えている。さらに「残念ながら、それはまた当時のぼく自身の声でもある。」とさえ。

 さて、『低地』の第一幕。主人公のデニス・フランジ(Dennis Flange)が、ゴミ収集人の友人ロッコ(Rocco)と昼間から飲んだくれている。ヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi)の「ヴァイオリンのための第六協奏曲」(Violin Concerto in C major 'Il Piacere')を聴いていると、第二楽章の途中で、突然ドア・ベルが鳴る。

 妻のシンディ(Cindy)がドアを開ける。そこにはデニスの海軍時代の部下、ピッグ・ボーダインが立っていた。シンディに言わせれば、ピッグは「海軍の制服を着た類人猿」だ。その男は勝手に掃海艇から抜け出し、駅の駐車場から盗んだ車に乗ってデニスを訪ねてきた。

 シンディはこの男を七年前から、吐き気を催すほど毛嫌いしている。シンディは新婚旅行をふいにした忌まわしい過去があるからだ。ピッグがデニスを勝手に連れ出し、二週間もふらふら飲み歩いた。そんなわけで、シンディは怒髪天を衝き、デニス、ロッコ、ピッグの三人を家から叩き出す・・・というプロット。


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 ピンチョンが明かすには、ピッグ・ボーダインのモデルなる人物に出会ったのは、海軍時代だった。噂でしか聞いていなかった人物なのに、初めて出会った瞬間、「ESP体験」のごとく、すぐに「彼」だと理解した。ピンチョンはピッグに対して得体の知れないシンパシーを抱いていて、「以来この人物を1、2回長編小説に入れたくらいで、今もピッグ・ボーダインが大好きだ。」と語っている。

 未読だが、『V』には、ピッグ・ボーダインが下卑(げび)た笑い声をあげるシーンが登場する。サイテー醜悪な絵。ワイアットはその心象を膨らませて「Pig」の猥雑な詞を書いたのか。

 以下、友人のNTさんからの情報・・・『Esther's Nose Job』については、ブライアン・.ホッパー(Brian Hopper)が、次のように語っています。「1963年にマイク・ラトリッジからピンチョンの『V』について教えてもらった。あの小説は芸術全般だけでなく、音楽的成長の面でも、僕らにヒントを与えてくれた。」なるほど、『Esther's Nose Job』組曲の骨格を作ったのはラトリッジというわけだ。

 とすれば、『Volume Two』は、『Rivmic Melodies』組曲を擁したA面がワイアット・サイド。『Esther's Nose Job』組曲を配したB面がラトリッジ・サイドと言えるだろう。『Volume Two』は、ワイアットとラトリッジの二人でパイを奪い合っていたというわけだ。

※ただし「Dedicated To You, But You Weren't Listening」はヒュー・ホッパーが主導した曲


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 NTさんの言葉を続ける。「(Canterburied Soundsに収録された)『Esther's Nose Job』の69年1月ホーム・デモ(背景でTVの音が聞こえる)はインストなので、「Pig」の歌詞は後にワイアットが添えたのでしょうか。ただし、クレジット上はラトリッジのみの名義になっています。」(一部改変)

 その後『Esther's Nose Job』は歌詞を削り、セプテットのための壮大なジャズ・スコアに書き換えられる。これがBBCで放送されたのが1969年11月29日。リアル・タイムで聞き逃したフォロワーたちは、あの『トリプル・エコー』(Tripple Echo)を待って、ようやく『Esther's Nose Job』のライヴ(C2)を追体験した。

※Tripple Echo; a three-record anthology, Harvest Records, 1977
※D1「Mousetrap / Noisette / Backwards / Mousetrap Reprise」も同じフォーマットでの演奏
※演奏;Playhouse Theatre(10/11/69)/ 放送;Top Gear(29/11/69)

 69年10月以降、『Esther's Nose Job』には、後に『5』に収録される「Pigling Bland」(こぶたのピグリン・ブランド)が挿入されるようになる。このあたりの経緯は気になるところだ。一体、ソフツはどこに向かって突っ走っていたのか。

※Pigling Blandはピーター・ラビットに登場する豚キャラ


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<Live At The Proms 1970>

 『トリプル・エコー』くらいしかソフツのライヴに触れるチャンスがなかった当時の私。そんな私に、1988年になってようやく福音がもたらされた。それが『Live At The Proms 1970』。リリースはインディペンダント系のレックレス・レコード(Reckless Records)。わっはっは。でかしたぞ!ほめてつかわそう。

 『Esther's Nose Job』に関して言えば、『Volume Two』のラインナップから、まず冒頭の「Fire Engine Passing With Bells Clanging」をカットし、次に「Orange Skin Food」と「10.30 Returns to the Bedroom」の間に、新たに「Pigling Bland」を挿入した構成。

 収録場所はWestminster, London(1970 Aug 13)BBC Radio3 。『サード』の収録時期(April-May 1970/リリースはJune 6th 1970)と近接していることもあり、演奏自体には意外性や変則性はない。が、この音源に触れた当時、まさに天啓に触れる思いがした。

 2007年、Sony BMGによる『サード』再発盤のボーナス・ディスクに、なんと本作の全曲が添えられてリリースされた。バナナの叩き売りである。『Live At The Proms 1970』のアルバムとしての価値は、今となっては、もはや別のところにあると言えるだろう。おあとがよろしいようで。


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Elton Dean - Alto Saxophone, Saxello
Hugh Hopper - Bass
Robert Wyatt - Drums, Voice
Mike Ratledge - Keyboards





 さて、後編では、一体「Esther's Nose Job」とは何なのか、について触れたいと思います。それではまた。
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 60年代後半から70年代にかけてのワールドワイドなロック、ポップス、プログレ、アシッド、サイケ、フォーク、ジャズロック、ジャズなどの話題を主に、ひっそりメモってます。

 それぞれの記事はその時々のフィーリングで書いていますが、基本形はある曲をきっかけに感じた雑感が題材になっています。

 私は単なる音楽愛好家ですので、記事に関しては、思い込みや勘違いがたっぷりあることかと思います。その点はご容赦願います。もし、お気づきの点があれば、ご指摘下さい。

 個人的に思い入れのあるものを主に綴っていますので、マイナーかつ気まぐれなセレクション、お許し下さい。

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