スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第82話  Soft Machine 『Grides』 (1970) U.K.

今夜の一曲 Esther's Nose Job (後編)


gridessm.jpg


< Esther's Nose Job とは?>

 まず、Nose Jobというのは鼻の美容整形手術。メリアム=ウェブスター(Merriam-Webster Online)で検索すると、医学用語としてはライノプラスティ(rhinoplasty)と表現するらしい。

 前述のように、『Esther's Nose Job』という組曲のタイトルは、トマス・ピンチョン(Thomas Pynchon)の小説、『V』(1963)の第四章から引用されています。新潮社の『トマス・ピンチョン全小説』の『V』では、第四章のタイトル訳は「エスター嬢が鉤鼻(かぎばな)を付け替えるの巻」となっています。
※訳;小山太一+佐藤良明

 『V』の第四章には、エスター(Esther Harvitz)という22歳の女性が登場します。エスターはユダヤ系の女性で、自分の鼻の形(6の字型)にコンプレックスを抱いています。彼女が憧れるのは、ぷりっと反り返ったアイリッシュ系の鼻。

 そこで、マンハッタンの整形外科医の元で美容整形を受けることにしました。医師の名前は、シェーンメイカー(Dr. Shale Schoenmaker)。


DSC_0564.jpg


 今にも叫び出しそうなハイな気分で手術室に入るエスター。でも、次の瞬間には不安の波に揉まれて無言のまま泣きじゃくる。手術が始まりますが、術中通してシェーンメイカーは、局麻のエスターに、二人の助手(アーヴィングとトレンチ/Irving and Trench)に、そして誰に、というわけでもなく、滔々と話しかけながら狂気のオペが進行します。

 その描写が延々と続くエグさは、まさにピンチョンのパラノイアを証明して総毛立ちます。しかも、このストーリーが異形なのは、術後にエスターがシェーンメイカーのもとを訪れ、まさにあの手術室でエスターと関係を持ってしまうこと。おまけに助手のトレンチに覗き見られながら。手術によってエスターの発情のスイッチが入ってしまったのです。挙げ句の果てに彼女は妊娠してしまう。

 この日、エスターはタクシーに乗ってシェーンメイカーの元を訪れています。その車内でかかっていた音楽が、チャイコフスキー(Peter Ilyich Tchaikovsky)の幻想序曲『ロミオとジュリエット』(Romeo and Juliet, fantasy-overture)のとろり甘いメロディ。そんな伏線に、ピンチョンのしたたかさを感じます。結局、手術は二人の関係を盛り立てる序曲(Overture)だったというわけか・・・

 シェーンメイカーが形成術の医師を志したきっかけとなった出来事についても触れられています。彼は第一次世界大戦中、戦闘機のメカニックでした。彼には、ひそかに憧れていた美形のエース・パイロットがいました。男の名は若き将校、エヴァン・ゴドルフィン(Evan Godolphin)。


DSC_0569.jpg


 そのエヴァンの乗った手負いの飛行機が着陸に失敗して滑走路に叩きつけられます。彼はこの事故で重傷を負い、顔の形を失ってしまいます。シェーンメイカーの言葉を借りると、「人の顔はここまで変形可能なのかと戦慄させる骨と肉の塊」・・・

 エヴァンは移植手術を受けることになります。軍医のハリダム(Halidom)は、アログラフト(Allograft)という施術を採用します。象牙の鼻梁、銀の頬骨、パラフィンとセルロイドの顎など、無機物素材を駆使して、顔面の形成を行いました。

 けれども、半年ともたない素材を使わざるを得なかったのが理由で、抗異物反応による感染症・炎症を引きおこし、エヴァンの美しかった顔面はやがて崩れ落ちることになります。

 「銀の頬は質屋にでも持ってけよ」と捨て鉢になるエヴァンを見て、シェーンメイカーはもっと望ましい形成術があるのではないか、という理想主義に目覚めます。こんな体験をもとに、シェーンメイカーは整形外科医を志すことになったのです。

vcover.jpg


 こうした非現実な狂気と幻想に蹂躙された人々を描き出したのが、ピンチョンの『Esther's Nose Job』のワン・シーンでした。マイク・ラトリッジは、こうした『V』の放つ錯乱した異世界に魅せられて、『Volume Two』のB面を飾る組曲に、このタイトルを捧げたのでしょうか。

 ピンチョンの『V』を通して出現する謎の女性V。Vというシンボルが表すのは何なのか、という議論も多々。Vとは、Void(虚無)なのかVanity(虚栄)なのか、それとも・・・。『V』には半端なく膨大な登場人物が登場します。しかも、それぞれが強烈な個性の発光体で、彼らが離合集散しては化学反応を起こしていく。

 耽美主義者たちが直視することを避けてきた人間の醜い側面、ひそかに隠匿してきた心の深い闇。これを隠さずあからさまに表現したピンチョンが、ダダイズムを信奉する若いミュージシャンの心を掴んだのは容易に理解できますね。

 また、それがサイケデリアを生きる彼らの心象にぴったりハマったのかもしれません。言うまでもありませんが、ピンチョンにラブ・コールを送ったのはソフトマシーンだけではなかったし、逆にピンチョン自身もミュージシャンの作品を多く引用していて興味をそそられます。
※Rhapsody; Thomas Pynchon & Pop Music


<Grides>

 まさかの一撃!あのラジオ・ブレーメン(Radio Bremen)のDVD動画が20分フルで私蔵できるなんて、一体誰が想像しただろう。こいつはビート・クラブ用にTVスタジオで収録した映像で、四本のカメラを駆使した、まさに「ファイト一発!」もの。(が、全編に挿入されるイケイケのサイケ調エフェクトだけはお願いだからやめてくださいね)

 撮影は1971年3月23日。同一日時のコンサートがキュニフォーム(The Cuneiform Label)から『Virtually』(1998)としてフル・セット版で発表されているが、DVD動画とは別テイク収録になっている。
※キュニフォームのHP、Allmusicに関連記事あり。


virtually.jpg


 このコンサートは、ロバート・ワイアットにとって最後の欧州ツアーとなっていて、妙にノスタルジックになる。CDについては、1970年10月25日のオランダ・アムステルダムのコンセルトヘボウ(Concertgebouw)でのライヴ。『Esther's Nose Job』は、アンコール前のセカンド・セット最終曲として演奏された。

 この時期は1970年10月13日に始まり、11月18日に終了した『Fourth』のレコーディング・セッションの狭間にあたる。アルバム・タイトルの元になったエルトン・ディーン(Elton Dean)作「Neo-Caliban Grides」が10分を越える長尺で演奏されるのは珍しい。
※『Live In Norway』(Oslo, Feb 28, 1971)などでもロング・ヴァージョンが楽しめる。
※『Fourth』のレコーディング・デイトは10/13~16, 27~28, 11/9, 16~18となっている。

 実は、このアルバムがリリースされる3ヶ月前、エルトン・ディーンが亡くなっている。Elton Deanの死没が2006年2月8日、『Grides』の発売は同年5月23日だ。そんなことを考えながら『Grides』を聞くにつけ、ほろ苦い感傷に浸ってしまうことも告白しておこう。R.I.P.


Mike Ratledge - Electric Piano, Organ
Hugh Hopper - Bass
Robert Wyatt - Drums, Vocals
Elton Dean - Alto Saxophone, Saxello, Electric Piano


gridescddvd.jpg


 さて、次回。泥沼ついでのいくつかのの補足などを(笑)。
スポンサーサイト

テーマ : プログレ
ジャンル : 音楽

コメントの投稿

非公開コメント

ゲスト・ブック
Profile

ticca

Author:ticca
 音楽ネタを中心とした雑記帳です。

 60年代後半から70年代にかけてのワールドワイドなロック、ポップス、プログレ、アシッド、サイケ、フォーク、ジャズロック、ジャズなどの話題を主に、ひっそりメモってます。

 それぞれの記事はその時々のフィーリングで書いていますが、基本形はある曲をきっかけに感じた雑感が題材になっています。

 私は単なる音楽愛好家ですので、記事に関しては、思い込みや勘違いがたっぷりあることかと思います。その点はご容赦願います。もし、お気づきの点があれば、ご指摘下さい。

 個人的に思い入れのあるものを主に綴っていますので、マイナーかつ気まぐれなセレクション、お許し下さい。

 それでは、今宵の音楽夜話におつきあい下さい。

カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。