第83話  Soft Machine 『Backwards』 (1970) U.K.

今夜の一曲 Esther's Nose Job (おまけ)


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<ピンチョンについて>

 日本の米国文学者、杉浦銀策氏に言わせれば、「トマス・ピンチョンはハーマン・メルヴィル(Herman Melville)、ウィリアム・フォークナー(William Faulkner)と並ぶ米国文学最大の小説家」ということになる。

 処女作『V』(1963)は、人間嫌いのピンチョンがメキシコに隠遁して書き上げた小説で(ピンチョンはNY生まれ)、優れた処女小説に贈られるウィリアム・フォークナー財団賞を受賞した。

 ※本賞による顕彰は1960年~70年まで行われたらしい。無学をさらすようだが、いわゆるペン/フォークナー賞とは異なる賞か?

 第二作『競売ナンバー49の叫び』(The Crying of Lot 49)(ローゼンタール基金賞)(1966)、『重力の虹』(Gravity's Rainbow)(全米図書賞)(1973)の後、初期作の発刊を除けば、17年間に渡って沈黙を守り、ようやく『ヴァインランド』(Vineland)(1990)を発刊。

 恐ろしく寡作、しかもプライベートをちらとも曝さない伝説の作家でありながら、なぜにこれほど注目を集めるのか。

 『ヴァインランド』を取り上げてみると、舞台設定は1960年代の終わり、カウンター・カルチャー最盛期。まさに、学生運動やヒッピー、フラワー・チルドレンが堂々と表街道を闊歩していた時代。


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 小説家、池澤夏樹が言うように、『ヴァインランド』は「ピンチョンが造った恐ろしく巨大なお化け屋敷で、そこには80年代アメリカのポップな呪物がぎっしり詰まっている。それが「ピカピカぎらぎら光り、うなりをあげて回転している」。サブカル世代にとっては目を離せないのも、むべなるかな。河出書房の本書の帯には「過激にポップに疾駆するピンチョン版『1984』」とあるし、帯の背には「現代アメリカ文学最高峰の鬼才が17年の沈黙の後に発表したポップでパラノイアックな大傑作」と最高の賛辞が並ぶ。

 さて、『V』だ。池澤はこのモダン・クラシック(新古典)に関して、「今更『V』について何を言うことがあるだろうか。」と語る。本書の折り返しには、「恋と冒険とスパイと陰謀。探求と浮浪と窃視と妄想。愛と暴力と機械と人間。拡散しつづけ、解け続けていくかに見える爆笑と戦慄のエピソード群は、やがて巨大な綾織りとなる。」と書かれている。

 とにかくサブカルな引用が読む者を惹きつける。たとえば音楽。先日読んだ『エントロピー』(Entropy)にもストラヴィンスキー(Igor Stravinsky)の「兵士の物語」(L'Histoire du soldat)、デイヴ・ブルーベック(Dave Brubeck)、チャールズ・ミンガス(Charles Mingus)、ジョン・ルイス(John Aaron Lewis)・サラ・ヴォーン(Sarah Vaughan)などが引用されていく。

 ジャズだけではない。ポップス、ロック、クラシックなどの仕掛けもたっぷり。ピンチョンと音楽の関わりを扱ったサイトだってある。文学、TV番組、映画などの引用も含め、世にピンチョン研究は数え切れないほどある。
※第82話に関連項目


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<Backwards>

 さて、『Backwards』だ。トラック⑥がワイアット単独での「Moon In June」のデモ(20'46")。これを聞いた時には、思わずAEDのお世話になりそうだった。「たられば」は御法度だが、バンドがこの方向性を切り捨てなかったら、一体・・・思わず妄想をたくましくしてしまう。

 二度目のUSツアーを終えてバンドは解散状態。ワイアットは米国に留まり、この曲をソロ・レコーディングした。時は1968年10月TTG(ハリウッド)、11月レコード・プラント(NYC)。

※「Moon In June」は「That's How Much I Need You Now」と「You Don't Remember」のテーマのモチーフを含む。(『Wrong Movements』Michael King)
※1994年リリースのレアトラック集『Flotsam Jetsam』(1968 - 1990)で「Moon In June」が前振りされたが、わずか2'57"だけのご開帳だった。(同上・改)
※実はまだこの時点で、彼らのファースト・アルバム(1968年12月発売)はリリースされていなかった。


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 その後、バンドは『Volume Two』(1969年2~3月)のために再編される。スペインにいた流浪のケヴィン・エアーズ(Kevin Ayres)と連絡が取れなかったため、ヒュー・ホッパー(Hugh Hopper)に声がかかった。ホッパーがワイアットから再編話をもらったのは、フランス旅行のためにバイクを買おうと、ベースを売り払った当日の夜だった。

 1969年末、バンドはセプテットに拡張され、四管体制となった。チャリグ(Marc Charig)とエヴァンス(Nick Evans)は短期で脱退、ドブソン(Lyn Dobson)はしばらく遺留するが、最終的にはディーン(Elton Dean)のみが残留してカルテットに落ち着く。

 『Third』に収められた「Moon In June」は、後半部にバンド・メンバーが参加する形で体裁を整えた(1969年春)。だが、ホッパー(Hugh Hopper)とラトリッジ(Mike Ratledge)は、この曲が嫌で仕方がなかった。ワイアット(Robert Wyatt)は傷つき、ソロ・ワーク『The End Of An Ear』(1970年8月)に流れていく。


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 本アルバムのトラック①②③(Esther's Nose Job)は1970年5月末、『Third』の録音終了直後のカルテット仕様。ロンドンにおけるギグで、モノラルながら音質良好、演奏も火が付いたようにダイナミック。

 トラック④⑤は1969年11月末、パリにおけるセプテット演奏。ラトリッジの狙い通りバンドの奏でるサウンド・スケープがスケールアップ。恐るべきエネルギー・レベル。だが、やがて七人体制は崩壊してしまう。

※「七人もいると、コンセプト的にあまりにも固まりすぎるか、完全にめちゃくちゃかのどちらかだった。」(ラトリッジ談)
※「あらゆるレベルにおいて舌を巻くほどの困難があった。七人分の機材も金もなかったという現実的な問題も除外できない。最後にはパチンとはじけたんだ。」(ワイアット談)
※「楽しいこともいっぱいあった。新しいことも、問題も、ノイローゼも。」(同上)

 さあ『Backwards』総評。良きにつけ悪しきにつけ、所詮コンピなのだが、侮れないリリース。こんなのがぽっと出てくるから、夜も眠れなくなるのだ。私の健康を返してほしい(笑)。


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<Track 1 to 5>
Hugh Hopper – Bass
Robert Wyatt – Drums, Vocals
Mike Ratledge – Electric Piano, Organ
Elton Dean – Alto Saxophone, Saxello

<Track 4, 5>
Lyn Dobson – Soprano Saxophone, Tenor Saxophone
Nick Evans – Trombone
Mark Charig – Trumpet

<Track 6>
Robert Wyatt – All Instruments


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 第84話は『Esther's Nose Job』おまけのおまけ・・・ということで、この項めでたく卒業式です。やれやれ。あ、次回の酒の肴は『Breda Reactor』と『Somewhere In Soho』です。ついでに、禁断のジェームズ・ジョイスなども登場したりして (^_^;)

 ※追記;ポール・トーマス・アンダーソン(Paul Thomas Anderson)監督によるピンチョン作品が、いよいよ本邦公開(4月18日)されます。ただし、タイトルは『L.A. ヴァイス』ではなく、原題に忠実そのものの『インヒアレント・ヴァイス』に変更されたようです。
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 それぞれの記事はその時々のフィーリングで書いていますが、基本形はある曲をきっかけに感じた雑感が題材になっています。

 私は単なる音楽愛好家ですので、記事に関しては、思い込みや勘違いがたっぷりあることかと思います。その点はご容赦願います。もし、お気づきの点があれば、ご指摘下さい。

 個人的に思い入れのあるものを主に綴っていますので、マイナーかつ気まぐれなセレクション、お許し下さい。

 それでは、今宵の音楽夜話におつきあい下さい。

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