第84話  Soft Machine 『Live In 1970』 (1970) U.K.

今夜の一曲 Esther's Nose Job (おまけのおまけ)


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 2014年、MSIから『Live In 1970』として『Somewhere In Soho』『Breda Reactor』が抱き合わせで販促ルートに乗った。「全世界(意味不明)1000セット限定」の4枚組ボックス・セットってなわけで、簡単にレビューさせて頂こうかと。


<Somewhere In Soho>

 2004年Voiceprint, 2CDs。1970年4月20日~25日、Ronnie Scott's Jazz Club公演5days。ここでも相変わらず洒落にならない大音響をとどろかせたソフツ。彼らは、以前セロニアス・モンク(Thelonious Monk)のサポートでロニー公演の経験があった。

 さすがヴォイプリ。いかんせん、音が悪いぜ。こもったような音質には悩ませられる(筆者注;これは感服と賞賛40%・絶望と諦念60%)。価値あるブライアン・ホッパー(Brian Hopper)のライナー。だが、ブックレットの写真がワイルド・フラワーズ(Wilde Flowers)ばかりなのは何故?

 メドレーの曲順は「Esther's Nose Job」(8'21")「Pigling Bland」(3'45")「Cymbalism」(4'19")「Esther's Nose Jobは(Reprise)」(1'23")。このブロックは2011年リリースの180gアナログLP(Lilith傘下のVinyl Lovers)では、「Esther's Nose Job Medley」とクレジットされていた。

 「Slightly All The Time」(10'21")「Out-Bloody-Rageous」(10'46")は10分強の縮約ヴァージョン。「Facelift」は19'19"フルの爆演状態なり。

Mike Ratledge / lowery organ, electric piano
Hugh Hopper / bass guitar
Robert Wyatt / drums, voice
Elton Dean / alto saxophone, saxello


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<Breda Reactor>

 2004年Voiceprint, 2CDs。1970年1月31日、Het Turfschip, Breda, the Netherlands公演。例のメドレー部分は、「Esther's Nose Job」(7'43")「Pigling Bland」(3'23")「Cymbalism」(1'58")「Out-Bloody-Rageous」(2'21")「Esther's Nose Job(Reprise)」(1'56")。

 音質は『Somewhere In Soho』より良いものの、5年前(2000年)に遡って音質抜群、きらめく『Noisette』(1970年1月4日)がキュニフォームからリリ-スされているので、分が悪すぎる。かろうじてステレオ録音ながら、オルガンとベースが居丈高に支配している。往々にしてドラムスやリード楽器(reed instruments)が埋もれてしまう。

 だが、このアルバムにはウリもある。第一に、一枚物の『Noisette』と違って、フル・セットのドキュメンタリーである点。プラス、「Esther's Nose Job」メドレー中に、当時まだ見ぬ「Out-Bloody-Rageous」からの抜粋が組み込まれた。時間は2分程度。「ただいま鋭意作曲中!」ってことね。

 『Somewhere In Soho』と際だった違いはこうだ。たった3ヶ月しか存在しなかったクインテット演奏の勇姿を採録していて、Fairfield Hall, Croydon, Englandの『Noisette』同様、付加価値が高い。「Facelift」だってクインテット仕様で聴ける至福の爆裂21'48"だ!とにかくスピリチュアルなフレーズを連発するリンのフルートにぞくぞくする。

 惜しむらくはエンディングの「We Did It Again」が途中でフェード・アウトの刑に遭うことだな。それにしても「Hibou Anemone And Bear」と「We Did It Again」以外は全て、当時未発表だったことを考えれば、恐らくオーディエンスは何が何だかわからなかったと思われる。

Mike Ratledge / lowery organ, electric piano
Hugh Hopper / bass guitar
Robert Wyatt / drums, voice
Elton Dean / alto saxophone, saxello
Lyn Dobson / flute, soprano & tenor saxophone, harmonica, voice


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<ピンチョンとジョイスのことなど>

 ピンチョンの『V』は、文化的背景に目を背けての理解は不可能と言えるでしょう。同じことが図抜けた難解さで知られるジェームズ・ジョイス(James Joyce)にも当てはまる。でも、『フィネガンズ・ウェイク』(Finnegans Wake)(1939)の難解さのベクトルは、全然あさっての方向だ。

 ジョイスの場合もまた、彼のクセのある言葉遊びを堪能するには、相当な異文化理解が必要となる。特に外国人がジョイスを読み解くには、相当な困難に直面する。このあたりは翻訳家・宮田恭子さん(後述)の解説が興味深い。

 たとえば、ネイティヴには常識と思われる固有名詞を暗示させながら普通名詞を機能させるという技。ノン・ネイティヴにもわかりやすい例をあげると、川の水たまり(river + pool)や湿地にある家(bruc + sella)だとか、酒の飲み過ぎで肝臓が衰弱(Liver + poor)する、という文脈が、同時にリヴァプール(Liverpool)やブリュッセル(Brussels)という地名を暗示する。これでは見当もつかないどころか普通にスルーしてしまう。

 あふれる複合語。ギリシャ語・フランス語・ラテン語など、英語にとどまらぬ言語が異型に変形して結びつく。研究者によれば、ジョイスは本作に60言語を投入しているという。


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 多義語の多用。そもそもタイトルの"Finnegans Wake"とは何か。フィネガンとは勿論主人公のレンガ職人だが、同時にFinn+again? 「再び終わりが来た後で目覚める」?これはフランス語のfinやラテン語のfinis(終わり)をも想起させるからだ。

 Fin(n)とはアイルランドの伝説の英雄の名なのか、王のイメージなのか。あるいはFinlandの名詞・形容詞起源なのか。

 Wakeとは?めざめ?通夜?航跡?(King Crimsonの『In The Wake Of Poseidon』<ポセイドンのめざめ>という誤訳はよく知られた話ですね)

 縮約語。Cropseという造語の正体はcorpse(死骸)+crop(収穫)を想起させ、「死と再生」のイメージか。時空を越えた語が結びつく音意語や変態的な擬態・擬音(オナマトペ)、押韻、回文、アクロスティック(折り句)、アナグラム。


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 これらが単語・文章レベルだけでなく、ことわざや歌、経典、文学作品の応用にも出現する。まさに先鋭的な言葉遊びの世界。※くやしまぎれに言いますが、これは全面的な賛辞ではありません(筆者注)

 小説末尾がtheでぷつんと終わり、小説文頭のriverrunに結びつく円環構造も迷宮だ。いや、メビウスの帯というべきか。それだけではなく、思想的な切り口も含めて私のような半可通には、相当な努力をもってしても自爆パターンとなる。

 かつて、後輩がジョイスの翻訳本を持っていて、それを拾い読みした事がある。一見してたまげた。翻訳者の果敢なる挑戦は十二分に伝わった。が、著作本来の卓越した面白バカらしさこそ、原文で読みたいとすら思った(あっさり無理ですが)。仮に原語で読めたとしても120%読み込めていないという自負がある。ま、私の場合、甲斐性もないし。

 今、手元にはジョイスの翻訳本が二種類ある。一つは1991年頃、後輩に見せてもらった柳瀬尚紀のもの(河出書房新社・全二巻・753ページ)。これは全訳版。当時、私は口をあんぐり開けながら、注釈と本文と一体どちらが主役なのかといぶかしく思い、おまけに彼の(秀逸な?)ぶっ飛び訳を眺めただけで昇天した記憶がある。もう一つは2004年に抄訳で出版された宮田恭子(集英社・676ページ)によるもの。


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 いずれもページ数の多くは解説・詳説。ですが、それがなければ宇宙語と同等に難しい。もし、皆さんがお読みになるならば、まず宮田さんの翻訳を読まれてから柳瀬さんのスーパー青天井訳にチャレンジしてみてはどうでしょう。

 宮田さん訳は手取り足取り「わかり」やすい(それを「わかる」と言うならばだが)。ジョイス風に言うならば、柳瀬&宮田訳にてジョイスを延縁エン「ジョイス」るわけです(苦笑)。

 柳瀬本が刊行された時の帯には「今世紀最大の文学的大事件、現代文学の偉大なる祖、ヴェールに包まれた幻の大傑作、ジョイス死後、50年を経てついに日本語に!!」とあった。別冊のブックレットには井上ひさし、柄谷行人、筒井康隆、丸谷才一、数学界からも森毅らが絶賛の言葉を寄せていた。

 中でも井上ひさしの紹介文は笑える。「私は三人の翻訳家を知っていた。三人とも「フィネガンズ・ウェイク」を日本語に移そうと志し、この言語の巨大な森へ、言葉の大迷宮へ、ヨーロッパ数千年の全歴史を一夜の夢に圧縮した複雑怪奇な回路へ、分け入って行った。それから十年、一人は言葉の重みに圧し潰されて神経を病み、一人は迷路の罠にかかって消息を絶った。


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 だが、一人柳瀬尚紀さんだけは、その恐ろしい森から、危険きわまりない迷路から、錯綜した夢の回路から、豊かな獲物をぶら下げて無事に帰還した。これを喜ばずしてなにを喜べばいいのか。そこで、わたしは深夜ひとりこっそりと杯をあげてこれを祝し、帰らなかった二人のためには、二粒の涙を流したのである。」(以上、引用)

 ちなみに、宮田さんの集英社本の腰巻には、イタリアの記号論哲学者、ウンベルト・エーコ(Umberto Eco)のジョイス評があった。その言葉は「巨大な世界劇場、宇宙を開く鍵、宇宙を映す鏡」と書かれていたが、よくわかんないや(笑)。

 では、ピンチョンの『V』の場合はどうか。現在と過去が不条理に混じり合い、増殖していく登場人物たちが相互に有機反応を起こしていく。ストーリーの中でVという女性が姿形を変えて変幻自在に登場してスフィンクスの謎かけをする。

 友人のNTさんには色々とご教示いただきました。『ティファニーで朝食を』(1958)(Breakfast at Tiffany's)のトルーマン・カポーティ(Truman Capote)が、ピンチョンをぼろくそに言っていたこと、ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』をモチーフにしたタンジェリン・ドリーム(Tangerine Dream)の作品(Eastgate / 2011)があること。


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 ジョイス自身も音楽に造詣が深く、ステージに立ったこともあるし、作家にならなかったら音楽(声楽)で身を立てていたかもしれなかったということ。ジョイスの作品にも音楽が引用されることが多いということ。

 音楽と小説の絡みをひもとけば、またまた別項を起こす必要が出てくる。スティーリー・ダン(Steely Dan)の名前の由来も、ウィリアム・バロウズ(William Burroughs)の『裸のランチ』(The Naked Lunch)にあるそうで、興味はつきない。

 かくして、眠れぬ夜を過ごすことになるのだ。その時にはこのブログ・タイトルを『不眠症患者(インソムニア)のための音楽夜話』と変えねばならないだろう。


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 さて、次回はジャズ。「リリシズム・崇高・繊細・ユーモア・耽美・静謐」で評される某左利きのピアニストについての二・三のことなどを。
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 音楽ネタを中心とした雑記帳です。

 60年代後半から70年代にかけてのワールドワイドなロック、ポップス、プログレ、アシッド、サイケ、フォーク、ジャズロック、ジャズなどの話題を主に、ひっそりメモってます。

 それぞれの記事はその時々のフィーリングで書いていますが、基本形はある曲をきっかけに感じた雑感が題材になっています。

 私は単なる音楽愛好家ですので、記事に関しては、思い込みや勘違いがたっぷりあることかと思います。その点はご容赦願います。もし、お気づきの点があれば、ご指摘下さい。

 個人的に思い入れのあるものを主に綴っていますので、マイナーかつ気まぐれなセレクション、お許し下さい。

 それでは、今宵の音楽夜話におつきあい下さい。

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